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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第一章 王立陸軍士官学校
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第二十二話 脱出

 ヴィクトールのその声と共に大砲を引っ張りあげるのに使った馬車馬を繋いでおいた木から解き放った。

 馬は臆病で神経質な生き物である。先程の火薬の大爆発で起こった大音響に驚いて、繋いでいる間も口から泡を吹いて暴れまわっていた二頭の馬は、解き放たれるや否や鞭をくれる間も無く開かれた空間に向けて真っ直ぐに走り出す。

 そこはヴィクトールの思惑とは違う場所であったが、敵陣の只中であることには変わりは無い。

「やや? 敵か!?」

「敵襲だああああああ!!!」

 逃げる者、めったやたらに銃を撃つ者、僅か二頭の馬であっても元々混乱してた敵陣はさらなる大混乱へと見舞われた。

 謎の爆発、そして砲弾の飛来音、最後に騎馬の突撃と敵軍が定石どおりに順を追って自陣に攻撃を加えたのだと思い込んだのだ。

 爆発そして砲撃に畳み掛けるように引き続いて起きた喧騒に敵兵の目がその一点に集中した。それはヴィクトールの狙いでもある。

 馬に敵兵が気を取られている隙に、ヴィクトールたちは違う場所で一塊の小さな集団となって敵兵の表情が分かる距離にまで走り寄り、その顔目掛けて小銃を打ち放つ。

 フランシア軍の小銃は何よりも射撃速度第一の為、装填時間を少しでも短くしようと銃弾は砲口より僅かに小さい。施条(ライフリング)の無い滑腔銃身であることもあいまって弾道予測が非常にしにくい武器である。一人一人が個別の目標を狙うと言うよりは、横一線に広がって人数で持って弾幕を張って固まっている敵兵に打撃を与えると言う使用方法をされる武器だ。

 打つのが素人である生徒たちで、その人数も弾幕を張るには少なすぎることを考えれば実際に与えた被害は極めて軽微なものであったろう。

 だが敵兵はその僅かな攻撃に敵の全面攻勢が始まったと思い、我がちに逃げ出した。それほどブルグント軍は混乱していたのだ。

 混乱だけでなく、火薬庫の爆発によって敵軍が分断されていたことも幸いした。

 敵が攻撃をかけてきていることはなんとなく全ての兵が気付いてはいたが、どこでどのような攻撃が今現在加えられているといった情報が総司令官であるボードゥアンにすら集まってきていなかった。

 ブルグント軍は指揮命令系統が満足に機能していなかったのだ。

 だから四十人に満たない数の生徒たちの散発的な攻撃にも関わらず、その攻撃の規模が把握できずに大規模な攻撃であると勘違いを起こしたのだ。

 銃声に怯えて巣穴に逃げ込もうとする狐のように敵兵は無防備に背中を見せて見苦しく逃げ惑う。

 反撃が弱いことに気を良くした生徒たちは先程までの臆病の虫はどこへやら、銃を撃ちはなって喚声を上げ、猪のように突進する。

 銃撃で乱れた敵陣に抜刀した生徒たちが突撃して距離を詰めた。これで銃はもう使えない。

 まだ銃剣は無い。小銃という字面だが一丁五キロはある獲物だ。重量的にも国家財政的にも他の獲物を持つ余裕は銃兵には無い。そして銃兵は銃だけ持っていればよしとする時代だった。

 銃兵には護衛として歩兵や槍兵、パイク兵が付くのが一般的な姿だったのである。かの有名なテルシオを思い浮かべていただけると分かりやすい。

 だが先程の火薬庫の爆発で混乱した敵軍は指揮系統は寸断され隊列はバラバラ、もはや軍隊としての体をなしていなかった。

 剣を振るっただけで多くの兵は逃げ去る。生徒たちは伝説の勇者ででもあるかのような頼もしい働きを行っていた。立ちふさがる兵士は僅かだった。

 そんな中でも目立ったのはアルマンだった。アルマンはあらかじめ装填した複数の小銃を担いでおり、それを撃っては惜しげもなく棄てることで、弾込の隙を狙って近づこうとした敵兵を狙撃して出鼻を挫き、反撃の糸口を与えなかった。

「思ったとおりだ。敵陣は薄い。容易く突破できる」

 奇襲をかけられ混乱し、その後も闇に包まれた森の中で追撃を受けた。敵軍の全体像を把握する機会を一度も得ることは無かったが、フランシアのラインラント駐留軍だってバカじゃない。最前線からそれほど大規模な軍隊の進入をやすやすと許すはずはないとヴィクトールは考えていた。

 広い戦場で方陣を組んで戦うならともかくも、移動もままならない森の中を包囲陣形を敷いたのなら、その戦列は薄く、援兵を送るのもままならないことだろう。隙を突けば突破してそのまま逃げおおすことは不可能ではない。

「よし! このまま押し切るぞ!!」

 ヴィクトールの掛け声に励まされるように生徒たちの一隊は木を盾にして交戦しつつ前進し、徐々に包囲網を突破しつつあった。

 作戦が成功裏に終わる道筋がおおまかにであっても見えてきたことで、成功に懐疑的で他にとるべき手段が無いからしぶしぶやってやるといったふうだった消極的な連中も今では率先して敵兵を追い散らし、味方の援護を行っていた。

 敵は多、味方は寡。だが敵兵の心は一つにまとまっておらず、対して味方の心は今や一つにまとまっている。

 ヴィクトールはこの作戦が成功裏に終わることに十分なだけの手ごたえを感じていた。

「あと一息だ! 敵の腰は引けている! 立ち向かうだけの根性がある奴はいない!! 前へ、前へと進むんだ!!」

「おうっ!!」

 幾多の声がヴィクトールの声に応え、勇気付けられたかのように生徒たちは前へ前へと進んでいった。全てが順調である。ヴィクトールはここでようやく周囲の状況を省みるだけの心の余裕を取り戻した。

 ざっと見たところ怪我人は幾人か出ているようだったが、幸い行動不能となるような大怪我を負ったものはいないようである。

 ラウラやアルマンの姿も無事だった。二人とも敵の数が多い右側で敵を追い払い、自分たちに近づけないように苦闘している。

 エミリエンヌの姿が見えずに一瞬、胸にひやりとしたものを感じたが、その二人の後ろに隠れるようにツインテールの小さな頭が揺れたのを見て安堵の溜息を漏らした。

 そのままの流れで左方向を確認する。左方にはつい先程までフランシア軍の補給拠点があった丘がある。そこを占拠するために多くの敵兵が集まってきていた。

 もっとも爆発で丘の地形が変わり、生じた火が木々に燃え移っており、そこにいた兵の多くは死んだか少なくとも戦闘不能状況に陥ったため、そちら側からの攻撃は散発的で手薄だ。

 そこにソフィーと例のお友達二人の姿を見つけた。

 ソフィーはあまりこういったことは馴れていないのかショートカットの友人に手伝ってもらいながら、おぼつかない手つきで銃を撃っていた。

 いくら攻撃が手薄であるとはいえ、まったく無いわけではない。あれで大丈夫かな、手助けをしたほうがよいかなと考えたが、すぐさまその自分の考えを訂正しなければならなかった。

 敵兵の姿を見るや、もう一方のガタイのいいお友達とやらが身を低くしたかと思うと地面を蹴り、銃弾が髪をかすめるのにもまったく怯むことなく地面すれすれをツバメが飛ぶかのように駈け、抜き打ち気味に一刀の下に敵兵を切り捨てたのである。

 胸甲をつけているとはいえ大した心臓の持ち主である。そしてあの年で自らの手で人を殺すだけの覚悟と度胸、何よりも技量を持っているということでもある。

「とんだ化け物もいるものだ」

 ソフィーは悪い子だとは思わないが、そのお友達二人はヴィクトールに向けるどことなく非友好的な視線などを総合的に踏まえて考えるとあまりお近づきになりたくないなと思った。

 その間も生徒たちはひたすら前進する。やがてヴィクトールはそれまでと周囲の状況が少し変化していることに気が付いた。

 弾は後ろからしか飛んでこない。前方にも横にも敵兵の姿は見られなかった。

 生徒たちは遂に敵による完璧な包囲を突破して網の向こう側に出たのである。

「ここからは敵はいない! 攻撃することは考えず、ただただ逃げろ! 一気に敵から離れるぞ! ラウラ、先導してくれ! 殿(しんがり)は俺が務める!」

「わかったわ!」

 ラウラは天空の月と星の位置から方角をざっと割り出し、皆を誘導する。

「モゼル・ル・デュック城はこっちね。さ、みんな急ぐわよ! 今度こそ敵の追撃を振り切るのよ!」

 だが生徒たちがそこから撤退するのには少なからず奮戦しなければならなかった。

 逃げる生徒たちを威嚇しようとする敵の射撃に伏せなければならなかったし、追撃のそぶりを見せる敵兵を今度は逆に威嚇射撃しなければならなかったからだ。

 ブルグント軍の兵士たちは自分たちに向かってきた生徒たちの数の少なさに、ようやく自分たちが一杯食わされたことに気が付いたのだ。それに爆発の余韻が冷めて冷静さを取り戻し、指揮系統が回復しつつあった。

「さて、第一関門は越えたわけだ・・・うまく追撃をかわせればしめたものなんだが」

 生徒たちがだいぶ遠ざかったことを確認してから、銃撃のタイミングを計ってヴィクトールらは敵に気取られぬようにそっとその場を離れた。


 火薬庫の爆発によって引き起こされた混乱を収拾するのにボードゥアンは一時間もの時間を費やした。

 つまりヴィクトールらが攻撃を加え包囲網を脱出し終わるまでまったく報告が入っていなかったということだ。

 火薬庫の大爆発をてっきり兵士の火の不始末で引火したのだとばかりに軽く考えていたので、それが敵の策の一環であったと全てが終わってから知った時のボードゥアンほど間抜けな顔を晒した将軍を副官は見たことが無かった。

 混乱の中、行き違いがあって報告がどこかで止まってしまっていたらしい。

「将軍、例の生徒共は小ざかしくも混乱した隙を突いて包囲網を突破した模様です。いかがいたしましょうか?」

 副官にそう声をかけられボードゥアンは我に返り、慌てて命令を下した。

「もちろん追うぞ! 逃がすな! まだ遠くには行ってないはずだ!! 見つけ次第、ガキどもの首根っこを掴んで一人残らず引きずって来い!!」

「しかし我らは所詮小規模な部隊。ここで兵を分散し深追いしますとフランシアの前線部隊の後背に回り、敵の命令と補給とを遮断し、前線部隊を孤立、無力化させるという主たる目的を果たせなくなるのではないでしょうか!?」

「わかっている。だが一度袋の中に閉じ込めたのに逃がしたとあっては武人としてこのうえない恥辱、このボードゥアン、生涯笑いものとなるだろうよ。なによりも全てをお膳立てしてやったのに、命じられたことも満足にできないのかと馬鹿にされるのは我慢ならん。これ以上、あの若僧に大きな顔をされてたまるかよ」

 ボードゥアンと今回の攻撃を計画指揮しているガヤエ将軍とはよほどそりが合わないらしい。

 若くして出世したことに対する羨みだろうか、それとも自分に割り振られた役割に対する不満なのか、あるいは根本的に人間としての相性が悪いのか。ガヤエ将軍は執政の覚えもめでたい将来有望な若手士官である。副官などにしてみればむやみやたらに噛み付いてもなんら得することはないような気がするのであるが、ボードゥアンにとってはそうではないらしい。

 その考えの違いが小なりとはいえ一軍の将軍であるボードゥアンと単なる副官に過ぎない自分との立場の違いから来る考え方の差異と言うものだろうかと首を捻った。

 どちらにせよボードゥアンが意識するほど向こうはボードゥアンを意識していないことだけは確かである。

「はぁ・・・」

 副官としては心の大変籠っていない相槌を打つくらいしかできることはない。彼にとっては所詮は他人事である。

 だがボードゥアンは将軍で彼はその副官である。

 いちおう自身の見解は述べたのだ。それを踏まえてボードゥアンが出した結論ならば、彼はそれに従うほか無かった。

 夜間に起きた大爆発である。夜の方が音は遠くまで届き、爆発の閃光は遠くからでも観察できるであろう。ひょっとしなくても、モゼル・ル・デュック城では何らかの異常事態が前線で起きたと確実に知ったと考えておいたほうが良い。

 森の木々に燃え移った火の始末、怪我人の手当て、部隊の再編成の他に、フランシアの最前線にいる部隊あるいはモゼル・ル・デュック城の部隊が攻め寄せてきた時のことも考えなければならないということだ。

 ぎりぎりにまで人数を減らしてそれらに割り振っても、追撃に使える兵数を揃えるのは容易い作業ではなかった。

 多くない兵にボードゥアンは大いに不満の体で、苦労に苦労を重ねてその数をそろえた副官を憤慨させた。

 だが既にヴィクトールらは暗闇に紛れて遠くに行っており、当初は発見も容易かった生徒たちの足跡も乾いた固い地面の前で見失い、前途に分かれ道が幾度も現れたことで部隊は追跡を断念せざるを得なかった。

「残念だが、ここまでだな。これ以上は手がかりもなしに前に進むのは危険が大きすぎる」

「部隊を分けて追撃してみてはどうでしょうか? 手ぶらで帰ってはボードゥアン将軍に怒られませんかね?」

 数が少ない分、気力で補おうとでも言うのかボードゥアンは出立前に繰り返し、粘着質にアイリスの三公女なるものをひっ捕らえて来るように彼らに厳命したのだ。

 生半可な言い訳ではきっと許してもらえないであろう。

「怒られるだろうな。だがここはその手法でいいとしても、この先さらに道に分岐があったっらどうするのだ? これ以上部隊を小分けにすると追っている部隊よりも人数が少なくなりかねんぞ。他の敵部隊に会うという可能性だって無いわけじゃない。それでは向こうを捕まえるどころか、こっちが捕まってしまう。何より見知らぬ土地だ。道に迷って帰還できない兵も多くでよう。兵を損じて怒られるよりはよほどマシさ」

「それもそうですな」

 隊長の言うことも正論だったし、何より怒られるのは自身でなくて隊長なのである。その隊長がこう言うのであれば、それでいいではないか。その兵は至ってあっさりと自説を引っ込めた。

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