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革命のデゼスポワール  作者: 宗篤
第一章 王立陸軍士官学校
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第二十一話 誘爆

 生徒たちを補給拠点に追い詰めた形になったブルグント軍だがそのままの勢いで攻め込んでくることはなかった。

 拠点にたどり着いたことで気力が回復したであろう兵をそのまま撃つのは得策ではないと判断したのだ。

 時間が経てば敵の気も緩むに違いないし、完全に包囲して逃げ場もないといった余裕、朝から走らせてきた味方の兵を休ませる意味合いもあった。

 代わる代わる兵に仮眠を取らせて、部隊として動き出したのは夜の闇が一番深い御前四時ごろである。彼は誰時(かはたれどき)を狙うのは夜討ち朝駆けの常套手段である。

「いいか、最初が肝心だぞ。初手さえ握れば負けることのない戦だ」

 いかにも守りにくそうな基地である。うとうとと眠りこけているであろう敵を一斉射撃で驚かすと同時に釘付けにし、反撃体勢の整わぬままに人海戦術で一気に肩をつける。

 ブルグント軍中入り隊の隊長であるボードゥアンは勝利を確信していた。

 だが完全に勝利の予感に酔いしれていないのは気に食わないことがあるからだ。

 中入り隊の役割は一つはこの補給拠点や街道などの要所を押さえ、前線とモゼル・ル・デュック城の間の補給と連絡を絶ち、前線部隊を孤立させることにある。

 重要な役目ではあるが、やはり正面切って敵と戦い撃破するといった派手な役回りでないだけにボードゥアンは不満だったのだ。

 このパンノニアにはまだ戦略や戦術について正しく体系付けて理論化するクラウゼヴィッツのような偉大な人物が現れていない。

 軍人の中では大軍同士によって決戦を行い戦争の帰趨を決するという考え方、すなわち会戦至上主義が主流であり、もちろん彼もその信奉者だったのだ。

 さらに彼に副次的に命じられた任務がアイリスの三公女という小娘たちの捕獲である。

 一個旅団もの兵力を預けられたにも関わらず、何を好き好んで小娘の青いケツを追いかけなくちゃならんのだと愚痴も言いたくなろうものだった。

 彼にそれを命じた将軍が自分よりも年下の若造であったということも気に食わない原因の一つであった。切れ者だとか枢機卿のお気に入りだとかいった話も聞いてはいるが、そんなことは彼には一切関係ないのである。

 だがボードゥアンもラインラントに配備されて久しい歴戦の将軍の一人である。

 気に食わないからといっても、己が与えられた使命を全うしないなどということは彼の誇りが許さなかった。

 攻撃にかかる前に横の部隊と連携を取り、乱れていた戦列を整えて、念には念を入れ下準備を行った。

 ボードゥアンの命令で直下の部隊が攻撃の口火を切ると、その音を合図として丘の下では続けざまに発砲音がそこかしこから鳴り響いた。

 しばらく発砲しても丘の上からの反撃がないことでボードゥアンは敵が萎縮していると判断し、銃撃を押さえさせ兵を続けざまに丘の上へと駆け上らせた。

 敵にまったく抵抗の気配が見られないことに兵は頭の上に疑問符をつけながらも、ボードゥアンの命令に従ってなだらかな丘を一息で駆け上がる。

 身を低くして敵の銃撃に備えるが、月明かりに浮かび上がるその拠点には影一つ見当たらなかった。

「なんだ・・・誰もいないぞ!」

 逃げ場のない敵は死に物狂いの抵抗を行うに違いないと考えていた兵たちは拍子抜けする思いだった。


 なんと一人の犠牲も出さずに第一目標である敵軍の後方補給基地を制圧できたことにボードゥアンは喜んだ。

「弾薬や多くの食料を押さえただと!? それは良い! 敵軍だけでなく友軍にも心理的物質的双方において良い効果があることは疑う余地がない」

「ですが隊長、もう一つ重要な命令を受けていたんじゃなかったですかい?」

「おっといけねぇ。アイリスの三公女だとかいうむすめっこの身柄を確保しなくちゃならないんだったな」

 あの若い士官の顔を出来る限り思い浮かべないようにしながら、上官命令であるから拒否は出来ないのであると自分に言い聞かせる。実にめんどくさいことであった。

 ふと心に疑問が湧き出てくる。

「・・・死体でも構わないのかな」

「そんなわけはないでしょう。死体に何の価値があるって言うんです。死んでしまったら貴族も平民もない」

「分かっている。愚痴ってみただけだ」

 ボードゥアンはちらりと南面の黒い影となって屹立している山系に目をやった。

「逃げるとすればあちらしかないわけだが・・・山の中に逃げ込まれるとやっかいだな」

 ボードゥアンに抜かりはない。せっかく手に入れた拠点である。基地の現状を把握し、残存兵がいないか建物内を調べさせると同時に、さっそく見張りを立てて周囲を警戒していた。

「やけに油臭くね?」

 二人一組で見張りに立ったその男は同僚にそう指摘されることで、自分の身体をはじめとして周囲をくんくんと犬のように嗅ぎ回っていた。

 やがてその臭気の大元を特定する。

「ああ・・・これだな」と乱雑に山と詰まれた(まぐさ)を指差した。

 兵士は秣の中から藁をひとつまみ掴むと、鼻の前に持って行き匂いを嗅ぐと顔を(しか)めた。油樽と一緒に輸送してそれをこぼしでもしたのだろうか、藁は油をたっぷりと含んで異様な臭気を放っていた。油でべっとりと手に張り付き、一、二度振り払ったくらいでは掌から離れてくれなかった。

「こんなのじゃ、馬どころか牛ですら食いやしねぇ。もったいない話だ」

 油は可燃物であり火薬に次いで取り扱いには慎重にするべき物資だ。秣だってタダではない。

「輸送や兵站などに対する考えが甘いな。フランシアは軍紀が緩んでいるんじゃないのか」

「そうかもな。だがそのおかげで俺たちは苦労しないで、こうして楽に目標を占拠できた。ありがたいことじゃないか」

「違いない」

 とその時、笑う二人の目の前に広がっていた森林の闇の中にぼうっと炬火(きょか)が浮かび上がった。

「うわわわわわわわわわわっつ!!!!」

 炬火は瞬く間にその数を増し、一気に見張りの兵士たちに向かって夜空を駆けて近づいてくる。

 当たると思い顔を両手で守ってガードする二人を無視したかのように火球は近くの建物や例の藁の山、そして多くは地面に転がった。

「火矢だ!」

 見張りの一人はその正体を素早く看破した。

 火矢とはまたレトロな武器であると思ったかもしれない。弓矢は実際にこの時代でも戦場からほぼ消えかけている武器ではある。

 威力、命中精度、発射間隔、なによりも到達距離に大きな優位点を持つ弓矢も習得には長年の熟練が要るという理由から銃の登場と共に廃れていった。

 その中で辛うじて戦場にて活躍の場を失わなかったのがクロスボウである。クロスボウならば小銃ほどではないにしても長弓に比べれば遥かに扱いやすいのだ。そして何より放物線を描いて遮蔽物の向こうの敵を攻撃できるのである。銃ではそうは行かない。

 ヴィクトールはそのクロスボウを使って敵の警戒範囲外から物陰に隠れて火矢を放ったのである。

 生徒たちは軍事教練で弓の扱いを習ったわけではなかったが、貴族の趣味の中には狐狩りだとかウサギ狩りだとかが存在し、それにはいまだ命中精度に劣る銃ではなく、小型の軽量のクロスボウが使われることがままあったことで、生徒たちの中には経験者がいないでもなかったのだ。

 もちろんヴィクトールなどは狩りに行く領地も経済的余裕もなかったから、そこは由緒正しいと称する『気高い貴族様』とやらに存分に腕をふるってもらうことにした。

 二十(せん)ほど放ったにも関わらず目標に命中したのは三本である。口に反してあまり腕のいい射手はいなかったようだ。

 飛んできた火球が超常現象や聖なる奇跡ではなく、火矢であったことは見張りたちにとっては一大事が起きたと言うことを意味する。

 つまり何者かが攻撃してきたと言うことになる。

「敵襲!!!!」

 的確な判断。だがその声が味方の耳に届くことはなかった。その声を打ち消すだけの大音響が周囲一帯に響き渡ったからである。

 音の発生源は例の藁でできた山であった。いや、正確にはそこから横へと移動して、移動先で大々的に発生したのだ。

 起きたのは音だけではない。その音を生じさせた現象こそがブルグント中入り隊に深刻な事態を引き起こすことになったのだ。

 ヴィクトールらが放った火矢は油をたっぷりと(まぶ)された藁に着火することで一気に燃え広がり、急速に燃焼温度を高め、秣の最下層に蓋を開いてひっそりと隠されていた火薬箱に引火したのだ。

 火薬箱は男性が一抱えせねばならぬほどの大きなものだったので爆発はその場だけに留まらず、近くにあった火薬庫代わりの木造家屋を吹き飛ばすと同時に引火し、そこにあった大量の火薬が次々と誘爆することによって大規模な爆発が引き起こされたのだった。


 大規模な爆発に見張りをはじめとして拠点にいたブルグント兵のほとんどが巻き込まれ、戦闘能力を失った。

 被害はそれだけに留まらなかった。

 砲弾の飛び交う戦場での戦いになれた兵士であって、火薬が危険物でちょっとした火気で爆発することも知識として知ってもいたが、さすがの彼らも至近距離で大量の火薬が誘爆するという未曾有の事態に直面して大混乱をきたしたのだ。

「なんだ・・・なんだ! なんだ!?」

「て・・・敵の新兵器か!!?」

 目の視力を一時的に失った者、鼓膜ごと耳をやられて聴力を失った者も多く出た。

 身体的に変調をきたさなかった兵士であっても、心理的に大きなダメージを被り、心を鷲掴みに掴んだ恐怖から逃れようと持ち場を放棄して逃げ惑ったのである。

「コラッ!! 持ち場に戻れ!! 無闇に動くと敵の思う壺だぞ!!」

 そう言って混乱を押し止めようとする士官はむしろ少数派だった。多くは兵たちに混じって、というよりは兵よりも率先してその場から逃げ出していた。

 何が起こったのかわからないのは彼にも同じだったが、この恐ろしい出来事に恐怖で思考停止した結果として命令を遵守する道を選んだのだ。根が生真面目な士官だったのであろう。

 もっとも先程述べたように爆発源に近ければ近いほど聴力を失ったものが多く、どんなに大声で命令を下しても兵士たちは文字通り聞く耳を持たなかったのであるが。


 クロスボウの射程が長いといっても彼らの弓の腕前の問題もある。この手が使えるのは一回だけだ。

 ヴィクトールらも爆発現場から百メートルと離れていなかったため、両手で塞いでいたにも関わらず耳は無事では済まずにきんきんと大きな耳鳴りが鳴り止まず難聴気味だった。

 為にヴィクトールは敵兵に聞こえる危険を冒してまでも大声で叫んで、とりあえずの成功に浮かれる味方に注意を喚起する。

「よし、成功だ!! 第二波、来るぞ! 伏せろ!」

 その声を切り裂くように空中を飛来音が切り裂いて鳴り響いた。

 後方の丘に引っ張り上げた大砲による砲撃である。

 ラウラたち砲兵科の生徒たちが主体となって行った砲撃は狙った位置から大きく逸れることなく着弾する。

 僅か四門の中型大砲による攻撃であり、炸裂弾でも榴弾でも無い唯の丸い石に過ぎない砲弾では実際の損害は期待できないが、至近距離で火薬庫が爆発するという事態に直面して混乱する兵士たちには、さらなる心理的な打撃が期待できると考えたのだ。

 火薬庫の暴発に驚愕したブルグントの兵士たちは、次に砲弾が降り注いできたことに完全に混乱した。夜の闇の中である。飛んできた方角も分からない攻撃であり無理も無い。

 もっともよくよく考えれば飛んで来る方角は一つでしかない。弾は四発だけで極狭い範囲にしか炸裂しなかった。しかも第二射第三射がすぐに飛んでこない。それほど慌てる必要は無いのである。

 だが大砲の装填には時間がかかるものだ。今、敵兵は次弾を装填しているのだと勘違いをしていたし、夜の深い闇が大砲の着弾数が僅か四発であるという事実を覆い隠していたのである。ブルグント軍の兵士の多くは敵の大規模な伏兵による全面攻撃が始まったとさえ感じていた。

 砲撃の兵士に与える心理的効果は想像以上だった。

 後方の丘から滑り降りるようにしてラウラたちが早くも駆け下りてきた。どうやら準備万端整えて導火線に火をつけた段階でこちらに向かって来たようだ。

 これはかく乱による奇襲である。短時間で素早く行わなければ効果が薄れてしまうとラウラにも分かっているのだ。

「ヴィクトール! おまたせ!!」

 ヴィクトールは弾を詰め終えた小銃をラウラに投げて渡す。同じようにアルマンたちから大砲の作業に係っていた者たちは武器を一人ひとり受け取った。

「はぐれたり遅れたりした者はいないな。ここではぐれると敵中に孤立することになるからな」

 念のためにラウラは周囲をぐるりと見回し、共に行動していた顔が揃っているか確認する。

「間違いないわ。向こうを出るときに点呼したもの」

 ラウラの言葉にヴィクトールは頷き、もう一度、敵のほうを向いて、いまだ混乱状態の敵を視認しにやりと不敵に笑った。

「よし・・・では敵陣を突っ切るぞ! チャンスは一瞬、一度だけだ! 遅れるな!!」

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