99. 4人の行方
このお話には途中、大きな地震の表現があります。
苦手な方がいらっしゃいましたら、ブラウザバックでお戻りください。
大森林周辺の住人達は、大きな揺れを只の地震と思い、不安をみせつつもまだ、いつもの生活を続けている。
避難指示が出ている街では、避難の準備を。まだその指示が出ていない街では、日常の生活に戻る。
今の揺れが、大森林の魔物のせいであると結び付けて考えられる者は、極少数の人間だけだ。
その者達は、国の終焉すら結びつけて驚愕するが、大多数の人間はその魔物の事すら、知らないのである。
王太子は騎士団に交じり、街中を巡回していた。その時大きな揺れを感じ、危機感を募らせる。
「私は陛下の元へ行く。2人程、付いて来てくれ」
そう言って王太子は、国王が布陣している大森林側へと、急ぎ走った。
そして、その先にいた国王も揺れを感じた事で、騎士団長達と共に大森林へと視線を向けた。
「遅かったか…」
国王の後悔とも取れる言葉に、返事をする者は誰もいない。
皆、大森林だけを見つめ、その場に立っている。
そこへ、冒険者ギルドから走ってきた、A級冒険者達が合流した。
その国王の傍にアルフォルト公の姿を確認すると、国王とアルフォルト公へと、冒険者達は揃って頭を下げた。
「我は奥へ進む。このまま王都まで出てこさせる訳には行かぬ。街の者に避難指示を出し、領内の北へ移動を開始するよう、そうファイゼルへ伝えよ」
「御意」
数日前から、宰相ファイゼル侯は街へ警戒令を出しており、指示が出れば直ぐに避難出来るように、手配をしてくれていたのだ。
騎士団の一名が国王に従い、城へと戻って走っていく。
先程の地震は、眠りから覚めた魔物のせいに違いなく、こんなに早く動き出すとは思いもよらない事であり、又も国王は自分の愚かさを恥じながら、一歩一歩確かめる様にA級冒険者達と騎士団を伴い、大森林の中心へと向かって行ったのであった。
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シドとリュウは、足跡を見落とさぬ様注意しながら、大森林の中を走っていた。
あれから大きな揺れは感じていないが、中心に向かうにつれ、空気が変わってきている事を肌で感じている。
リュウも何かを感じ取っているらしく、表情が硬くなってゆく。2人はただ、冒険者4人を探す為だけに集中し、言葉も交わす事なく、走り続けていたのだった。
「キャー!!」
その時2人の耳に、女性の悲鳴が届く。
シドとリュウはそこで一旦立ち止まり、その方角を確認して顔を見合わせると、最速スピードに切り替えて、その源へと駆け抜けていった。
その辿り着いた先には、蹲る者1人と辛うじて立っている3人が、ワイバーン2頭からの攻撃を受けていた。
ワイバーンは空を飛ぶ魔物で、一言で言えば竜種である。緑青色の体に大きな翼と鋭い鉤爪の付いた足を持ち、風魔法を操って攻撃を仕掛けてくる。
目の前の物は体長が3m程、この一帯の木々は疎らになっており、それらが風魔法で木を切り刻んで出来た空間だと判る。周りにはその排除された木々があちこちに倒れ、足元を不安定にさせていた。
そこに若い4人の冒険者達が固まり、槍を振り、剣を手にして弓使いと魔術師を護る様に動いていた。
しかし、先程悲鳴を上げたであろう魔術師が、体に無数の傷を作り、しゃがみ込んでいたのだった。
状況から見れば上空から風魔法で、魔術師が狙い撃ちにされたのだろうと推測する。
風魔法を操るワイバーンに、弓は届かないだろう。その為、魔術師から放たれる魔法が、唯一の攻撃手段だったに違いない。その魔術師が倒れた事で、彼らは攻撃手段を失った事になる。
その行動を見れば、ワイバーンの知能が高い事は、一目瞭然であった。
≪リュウ、このワイバーンは風魔法を使う。上は俺が対応するから、彼らと共に防御に専念してくれ≫
シドは精神感応を使い、リュウへ伝える。
リュウが一つ頷くのを見て、シドは身体強化の上から硬化、一撃、借受、浮遊、反射、転移のスキルを用意する。ここでは転移を使わない訳には、行かないだろう。
リュウが彼らの下に辿り着いたのを見届けると、シドは転移を使い上空のワイバーンの前へと出た。
虚を突かれたワイバーンが一瞬怯んだ隙に、その首元へと剣を振り下ろす。
―― ズバッ! ――
今回は、初手の一刀で一撃が発動し、その首が飛んだ。
そしてその体は力を失うと、真下へと落下する。
―― ドーンッ!! ――
地響きの様な音と共に、ワイバーンが地に落ちた。
シドは地上へと戻ると、もう1頭に視線を向け、再び上空へと移動した。
シドが目の前に現れても、もう1頭は先程の事を既に学習しており、その体を更に上へと移動させ、シドと距離を取った。
だがシドも、落下途中で水槍をその胸目掛けて放った。
「水槍」
しかし、ワイバーンはシドの放った氷柱を見ると、それを即座に風魔法で軌道を変え、回避する。
―― ビューンッ ――
シドは降下しつつそれを見届けると、そこから地上へと転移し戻ったのだった。
地に戻ったシドがリュウ達を見れば、リュウは水防壁を展開し、後ろの4人を護る様にして立っている。
その後ろでは、倒れた魔術師にポーションを飲ませ、何とか立て直そうとしていた。
そこへシドが声を掛ける。
「その魔術師の、魔法属性は何だ」
シドの問い掛けに、意図は分からないながらも、剣士が答える。
「土と火です」
その言葉にシドは頷いて、“借りるぞ”と声を発した。
そこからシドは、又ワイバーンへと視線を戻せば、こちらに向かって風の刃が飛んで来たところであった。
シドは転移でそれを避けると、そのワイバーンの正面に出て、即時に火魔法を放った。
「大炎爆撃」
巨大な炎がワイバーンを包んだ。
―― ギイィィィーーーー!! ――
そのワイバーンは叫び声をあげ、炎に包まれながらゆっくりと落下して行く。
シドは転移で地面に降り立つと、下からその炎が落ちるのを待った。
―― ドッドーーンッッ ――
落下したワイバーンはピクリとも動かず、そこで燃えている。
先程の火魔法は以前、竜の翼の“ルナレフ”が言っていたものだ。今回初めて使ってみたが、まさかこんなに魔力を消費する大きな魔法だとは、思いも寄らなかったと心で呟くシドであった。
シドはスキルを切ると、集中を入れて念の為に周囲を探った。
その動作は、他にワイバーンがいないかの確認であったのだが、意に反し、その意図とは別の気配を捉える事となる。
「皆!伏せろ!!」
シドは、今まで出した事がない程の大声あげ、5人へと呼びかけた。
リュウはそれを耳にした途端、魔法を解除して身を伏せた。それを見た4人も、訳は分からずともリュウを見て、身を伏せる。
そしてシドが5人の傍に転移した途端、大地が破裂した。
―― メリメリッ ボコッボコッボコッ
ドッドドドーーンッッ!!! ――
「キャー!」
余りの衝撃に、魔術師が悲鳴を上げた。
シドは立っていた為に、大きく揺れた大地に足をすくわれて膝をつく。
今の揺れは先程の揺れなど、そよ風の様だったと感じる程の衝撃が、大地から突き上がってきたのである。
大森林の中心に立っていた木々は根こそぎ倒れ、そして動き続ける土砂に埋もれて行く。
シド達がいる場所は、幸いにもその土石流の外であった為、木々が疎らに倒れるに留まっているが、しかしその揺れはまだ続いており、一向に鎮まる気配はない。
シドは膝をついたまま、リュウの上へ覆いかぶさる様にして、その身を伏せた。
そこへ、その5人の居る場所に、倒れてきた木が迫って来る。
シドはそれを感知すると、水壁を6人の上に展開し、身を護る事に専念する。
「いつまで続くんだ!」
翠髪の槍使いが大声を張り上げているが、その声すら地鳴りによって、聞き取り辛くなっていた。
その問いの答えは誰にも分からず、ただ6人はそこで、この揺れが収まる時を待つしかないのであった。
10分も続いたかの様に感じた緊迫した時間を終え、次第に揺れが収まり木々の倒木もなくなった。
しかし、辺りは一面の砂塵に覆われ、視界は塞がれていた。
シドは皆が伏せている間に魔法を解除すると、今度は周辺に送風を掛けて視界をクリアにする。
だが視界が晴れた事で、逆にその先に見える物を、露呈させる事になってしまったのである。
「マジかよ…」
それを目にした黒髪の弓使いが、上ずった声を上げた。
それは先程、シドが集中を使って感知した物の気配であり、シドとリュウにはその物の名前に、思い当たるものがある。
「ウロボロス…」
リュウが小声で言った言葉は、この場に居る全ての者達の命の危険すら、感じるものだった。
シドは小さな声で、皆に伝える。
「魔力ポーションを飲んでおいてくれ。これから何が起こるのか、誰にもわからない…」
リュウが動き始めたのを見て、シドも鞄からポーションを取り出した。
シドも先程の戦闘で、半分程の魔力を消費してしまっていた為、それを一気に煽った。
「私…もう無いわ…」
魔術師がそうポツリと言った。
それを聞いたリュウが、鞄から魔力ポーションを2本取り出して渡す。
「じゃあ、コレを飲んでおいて。1本は予備だよ」
受け取った魔術師は頭を下げる。
「ありがとう…」
そう言って1本を飲み干した。
「他の者も、少しでも傷があれば回復しておけ。逃げる時は全力で走るぞ」
シドの声に、皆慌ててポーションを出して飲んでいる。
それを見届けたシドは、その視線をウロボロスへと、再び転じたのであった。
いよいよ…登場。
12月17日投稿の最終話は、午前中の投稿を予定しております。




