92. 英雄の存在
シドとリュウは、“デュラハンの兜”の3人と別れた後、ダイモスの街の中心近くにあった、“虹色の雨”という宿に辿り着いた。
そこはその辺の安宿ではなく、快適な空間が保たれた部屋となっており、流石にA級が利用するだけの事はあるな、という感想の宿であった。
シドとリュウは部屋に入ってから、今後の事を話し合っている。
「僕達が歩いてきたスチュワート領では、まだ魔物の被害は無かったよね?」
リュウが、疑問に感じている事を聞いてみる。
「そうかも知れないな。俺達は今回の移動中に、魔物と遭遇はしていない。だが、ウドの街の冒険者ギルドには、魔物討伐の依頼が、まだ沢山残っていた」
「え?そうだったの?」
「ああ。護衛依頼は残っていなかったが、魔物の討伐依頼は、まだ貼ってあった。その時は、C級以上の冒険者が少ない街なのかとも思ったが、今考えると多分、そういう事なのだろうと思う」
シドとリュウは、そこで黙り込む。
大森林から少し離れているウドの街でも、魔物が増えていると言っていた。2人が見えている所以外では、もう既に、何かが始まっているのかも知れない。
「王都に行くの?」
リュウはこの先を尋ねる。
「……いいや。王都はやはり避けよう」
「じゃあどうするの?暫くはここにいる?それともアルフォルト領へ、南下する?」
「…ノックス領へ出ようかと思っている」
「大森林の南だね…」
「ああ。王都は、王都のギルドが人員を集めるだろうから、南部が手薄になってくる可能性がある」
「…誰かに会ったりしない?」
「それは分からないが、今はどちらを取るか、だ」
「魔物の心配か、知り合いに会う心配か?」
「ああ」
「だったら魔物に決まってるね」
「そういう事だな。これから王都には、今まで以上の混乱が生じて、B級以上の招集が掛かるだろう。そうなれば他の所が手薄となる」
そう言ってシドは、リュウと視線を合わせる。
「俺達はD級パーティだ。王都のギルドから招集が掛かっても、それは俺達には及ばない…という事だな」
「自分達の行きたい所へ行く…」
「ああ。強制はされないからな」
「そうだね」
そう言って2人が頷き合った時、部屋をノックする音が聞こえた。
コンコン
「ブライアンだ。いるか?」
2人は顔を見合わせると、シドが席を立って扉へ行く。すると扉には、ブライアン一人が立っていた。
「俺達の部屋まで来れるか?」
「ああ。構わない」
シドがそう返事をすると、リュウがシドの隣まで来て、そのまま3人はブライアン達の部屋へと向かった。
3人の部屋は、シド達の取っている部屋よりも大きく、居間と寝室がわかれている様である。
シドとリュウが室内に入ると、ボーナムとアドニスが座っているソファーへと促される。
「悪いな、来てもらって」
「いや、構わない」
「それで、早速なんだが」
そうボーナムが言って3人は、シドとリュウへ視線をよこす。
「先程、ギルマスには報告を上げてきた。ダンジョンの件と、当然ウロボロスの件も、だな」
それにシドとリュウは、ただ頷いて返す。
「で、その話をした途端、ギルマスも色々と合点がいった様だった。直ぐに全冒険者ギルドへ、連絡をすると言っていた。そこには王都も含まれる訳だな」
そう言ったボーナムと残り2人は、そこで苦笑いをした。
「これは推測だが…。そうなれば、王都はB級以上に招集を掛けるだろう。王都を護れと。だが大森林は王都にだけ面している訳では無い。王都にばかり、上級が固まっても意味がないとは思うが、それが分かっていても俺達は、行かなくてはならないだろう」
ボーナムが言う事は、シドとリュウが先程まで話していた事だ。それ位は皆、思い付く事である。
「ああ。そうなるだろうな。だから俺達は南へ行く事にした」
シドは3人へそう話す。
「そうしてくれると助かる。俺達に選択肢はないが、君達は自由に、行先を選ぶ事が出来るからな」
と、ブライアンも同意してくれる。
「それで、さっきは伝えられなかったが、ここまで来たからには、ウロボロスの事も話しておく」
そう言ったのはボーナムだが、他の2人も頷いている所をみると、皆でシドとリュウに話そうと、決めたようである。
「ウロボロスの名は、A級に昇格した時、ギルマスから聴かされる事だと、先程話したと思う」
ボーナムはシド達を見て、覚えているかを確認すると、話を続ける。
「言ってしまえば、A級になるまで、その存在すら知る事のない魔物で、これは大森林との契約の中に出てくる魔物だ、という話だ」
「契約…」
シドがその言葉を重ねる。
「ああ。契約に際し、これを破れば厄災が起こる。大森林を守護するもの“ウロボロス”が眠りから覚め、人々を混乱へと導くであろうと」
「それが出てくれば、混乱どころではないと思うが…」
「ああ、王都は壊滅するだろう。まず最初に、契約者の末裔に矛先が向く事になるだろうからな」
「そのウロボロスは、そんなに強いのか?」
シドの問いに、ボーナムは渋い顔をする。
「強さについての言い伝えはないらしいが、森の守護者という名が付いている位だ。弱くはないだろうな」
「大きさや、その魔物の特徴は?」
「何も伝わっていないと。ただ名前だけの魔物。だから今までは、いるかも分からない魔物である為、公には出来ず、A級になった者にしか話されていなかった」
「名前だけ…という事は」
「対峙してみない事には、何も解らん。という事だな」
ボーナムがそう言うと、A級冒険者の3人は困ったように眉を下げた。
A級の冒険者が、ここまで露骨に不安を表しているのは、異常ともいえる。
だがいくらA級の冒険者とは言え、所詮はただの人間だ。皆不安であるのは、同じ事なのである。
「まぁ、王都で招集が掛かれば、“アルフォルト公”も出てこられるだろう」
ボーナムのその言葉に、シドの肩がピクリと揺れた。
「あの…。アルフォルト公はもう、冒険者を引退されているのでは、ないのですか?」
ここでリュウから声がした。
3人はリュウへ、視線を向けて微笑む。
「アルフォルト公は、公爵にはなられたが、冒険者の籍はそのままになっている。A級の“〈英雄〉ネレイド”は、そのまま継続で、今も緊急事態になれば必ず、お出ましになるはずだ。それが王家との約束だからな」
ブライアンはそう言うと、嬉しそうに笑った。そこで隣にいるアドニスから、ちゃちゃが入る。
「ブライアンは“〈英雄〉ネレイド”に憧れて、A級まできたんだ。だからもし会えるなら、今回の事はブライアンには“ご褒美”みたいなもんだな」
アドニスはニッコリ笑って、シドとリュウを見る。
「おい、アドニス。ご褒美とは不謹慎だぞ?」
アドニスとブライアンは、重くなった空気に風を入れてくれたらしい。
しかし話を戻せば、先程ギルドで話し合った事は、そのアルフォルト公が出てくるまでを想定して話した、という事の様で、シドはブルリと身を震わせたのだった。
「あぁ。これは別、と言う話でもないんだが…」
ボーナムがシド達を見る。
「今日、王都まで護衛で出ていた冒険者達が魔物に襲われ、その一行は全滅したとギルドで聞いてきた。今まで護衛の依頼は気楽な物だったが、今はそういう事も、言えなくなっている様だな」
「全滅…」
リュウが呟く。
「兎に角、魔物の出現が、今までに例を見ない程の数となってきている。2人も気を付けておいてくれ」
ボーナム達は真摯な眼差しで、シドとリュウを見据える。
「ああ。肝に銘じる」
シドはそう返すと、3人へ翌日にこの街を出る旨を伝え、2人は自室へ戻って行ったのであった。
「なぁ。あの2人、D級パーティの様だが、あれは等級詐欺ではないのか?」
ポツリと言ったアドニスに、残る2人は苦笑する。
この3人は国内でも数少ない、A級冒険者なのだ。他人の強さを多少なりとも、見極める目を持っているのである。
その為この3人は、シドとリュウと会ったダンジョン内で、すんなりと後を任せた訳でもあるし、D級を名乗っている事が、不思議に感じられていたのだった。
「まぁ、何か事情でもあるんだろうよ。そのお陰で、彼らに安心して南を任せる事が出来るんだ。自由に動けるB級以上の存在は、そうそう居ないからな」
「そういう事だな」
3人はそう話すと、次の話題へと移っていったのであった。




