84. 愁いを帯びて 【登場人物まとめ・地図】
カツッ カツッ カツッ カツッ
白く輝く長い廊下を、迷いなく歩く。
金色の髪をさらさらと靡かせ、浅葱色の眼は真っすぐに前を見つめている。
後ろには2人の近衛が付いてるが、それもいない者として歩いていた。
この人物は最近まで床に臥せっていた、このアルトラス国の次期国王となる予定の、“クリストファ・ツウィン・アルトラス”王太子殿下である。
今は執務中の為、装いは豪華ではないが、シャツとジャケットにパンツという簡易装束であっても、良質な素材を使っている物だと判る。
別に贅沢をしたい訳ではないだろうが、国の威厳という物が付いて回る事であるし、生まれた時から贅沢な物を身に付けている本人には、これが贅沢とも思っていないのかも知れない。
そして彼は、1つの大きな扉の前で止まった。この扉の両脇にも、2人の近衛が立っている。
コン コン コン
「クリスです」
その声に中から扉が開き、2人の近衛がそれを開けている。クリストファは、それが見えないかの様に扉を抜けると、机に向かっている人物の前で足を止めた。
「お呼びですか、陛下」
「うむ」
声を掛けられた者はそう返事をすると、重厚な机の前に設えてある豪華なソファーへとクリストファを促し、自らも腰を掛ける。
すると、2人の前へ紅茶が音もなく置かれる。
陛下と呼ばれた者はそれに頷くと、目の前のクリストファへ、彼と同じ浅葱色の眼を向ける。
「クリス、もう体調は良いのか?」
「はい。もうすっかり良くなり、以前よりも万全な程。お気遣いをいただき、ありがとうございます」
そう返すクリストファは、テーブルから紅茶を取るとそれを口に含む。
「それは良かった。あの薬のお陰だな」
「はい。その様です」
クリストファは、それを当たり前の様に言ってみせる。
その様子を見ている“メルクリウス・ロド・アルトラス”国王は苦笑した。
「それで、クリスの今行っている企画は、進めているのか?」
「はい。私が戻りましたので、再開しております」
「クリスはもう少し、十分な休息を取った方がよかろう…」
「いいえ。王都をより良くするため、私が身を粉にして働く事は当たり前です」
このクリストファは、仕事に全力を注ぐタイプである。次期国王としての自負と責任を、しっかりと果たそうとする謹厳実直な人物なのであった。
ただ、今回の件については、国王は不安を抱えている。
「クリス、大森林の件は考え直さぬか?」
「考え直す事などございましょうか。国民たちに、より良い環境をもたらす事は、国の永遠の課題でもあります。その為の一つとして、行っているだけです」
このクリスは少々真っ直ぐ過ぎる故、彼の周りには、もう少し柔軟性を持った思考の者を配置せねばな、と国王は心の片隅で考える。
「そうか…だが、クリスが倒れた事の噂も、聞いていない訳ではあるまい。この国に伝わる事であるからな」
「あれですか…今回は偶々、私の体調が悪くなっただけで、それにあの薬も既に手元にありますので、問題はないでしょう。“大森林との契約”とは、お伽噺の世界です。呪いであるという事は、事実ではありません」
そう言い切って、クリストファは真っ直ぐ国王を見る。
「それにあの大森林には、魔物も多く住み着いておりますし、住処を小さくすれば魔物の数も、自ずと減って行くでしょう。一石二鳥です」
そう話すクリストファは、自信を漲らせている。
そしてこの件は4カ月前に、議会での承認も得られている為、3か月程前から人員を集め、計画を進めてしまっている事でもあった。
その時にも国王は、この計画を通さぬ様に国の記録を調べ、その伝承についても調べてはいたが、余りに古い事であった為か確かな記述もなく、皆を説得するまでには至らなかったのである。
王家は代々、アルトラスの伝承と共に“大森林との契約を守る様に”と、親から聴かされて育つ。
しかし、クリストファにはその伝承そのものが、お伽噺として聴こえてしまっていた様であった。
それにこの工事は、王太子が初めて立案して行う事業となる為、彼もこれを完遂させようと、必死なのである。
勅命で計画を中止させる事も出来るが、親としての甘い気持ちで見守っている事を、国王自身が重々承知していたのだった。
クリストファは話を終えると、再び近衛の開ける扉を抜け、自室の執務室へと戻って行った。
それを見送ったメルクリウス国王は、ソファーから机へ戻る。
そして背後にある大きな窓を見つめ、呟く。
「何事も起こらねば良いが…」
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シドとリュウは街道を南下して、昼を過ぎた頃にスチュワート領へ入った。
スチュワート領は、王都へ行く為には通過する中継地点となる事も多く、サトリアーネからの商品も当然、スチュワートを通って王都まで運ぶ事となる。
そしてスチュワート領と王領の境には、この国最大の河が流れ、その河は王領の水源として、豊かさを手助けしている。しかし、数年に一度は河川の氾濫がある為、王領の治水工事はその都度、しっかりと成されている様であった。
スチュワート領からその河を渡れば、王都は目の前と言っても良い距離となるのである。
そして、このスチュワート領にもダンジョンがあり、冒険者達も良く訪れている場所でもある。
隣のシュナイ領にも<ハノイ>はあるが、スチュワート領のダンジョンはそれよりも規模が小さく、気軽に入れるダンジョンなのである。
今回このスチュワート領へ来た事もあり、シドはそのダンジョンへも行ってみるつもりだ。
一応、ダンジョンの近くまで行く事があれば、立ち寄ってみようと思っているシドは、案外律儀なのかも知れない。
「今日は、次の町まで行こうと思っている」
太陽が低くなるまでには、まだ2時間はある。
先程通過した所に分岐があり、途中の町に寄ることも出来たが、そこは通過をしてその先へと進んできた。
「少し急いでる?」
「…そう言う訳でも無いが、何か余り良くない感じはするな。少しソワソワする、とでも言うか…」
「そっか。兄さんの勘は当たりそうだからね。任せるよ」
「ああ。では今日は、次の町で泊まろう」
「了解。その町は流石に、昨日みたいな宿はないよね」
リュウは笑いながら、そう話す。
「ああいう宿は大きい街か、王都位でしかないだろうな」
「小さな町に、あんなに高級な宿があっても、誰も入らないもんね」
「そう言う事だな」
2人は昨日の宿には大満足であったが、また同じ様な宿を取りたいかと言えば、“数年に一度のご褒美なら”という感じの様だ。やはり普通の宿の方が落ち着くよねと、庶民的な2人なのである。
「今度は、宿がすぐに見つかるかな?」
「シムノンとは違うから、すぐに見つかるだろう。町の規模としては、“ヨナ”位だと思うぞ」
「ヨナかー。何だか懐かしいね」
「ああ。もう随分と昔の様な気がするな」
「そうだね。あれは出会ってすぐ位の時だったね」
「そうだったな」
あの時は色々とあって、ヨナは思い出深い町となっている。
シドとリュウはそれから少しの間、当時に思いを馳せていたのであった。
2人が今歩いている道は、スチュワート領内を縦に二分する様に通っていて、そこを次の分岐で西へ入る。
この分岐のすぐ先に、“ベスク”という町が見えてきた。
その町の手前には畑が広がり、まだ作業をしている者もいて、人々の動きを感じる。
今の季節は、イモ類や青く細長い野菜などを栽培しているらしく、それを掘り起こしている人達も見える。
リュウは楽しそうに、それを眺めて歩いていた。
そして2人は、ベスクの町に到着する。
ベスクの町中の道は、中心に通っているのではなく、町の北側を添う様にして、東西に延びる形になっていた。
そこがメイン通りの様で、食料品店や飲食店などの、カラフルな店が建ち並んでいる。
そして宿屋はその通りの最奥となっていて、旅人の動線を考え、店の前を通らせる造りとなっていた。
店の前を通りながら、早速リュウが目を輝かせている。リュウはまんまと、この町の思惑にはまった様である。
その姿に目を細めながら、シドは町の雰囲気も確認していた。
小さい町の割に、旅人が多い様だ。
憶測ではあるが、王都の人員募集を聞き、そこへ向かう者もいるのだろう。男性が多いので、多分そう言う事なのだと思う。
シドとリュウは偶々目に留まった、この町では大きい部類の宿へ入ってみる。するとこの宿には空きがあり、2人部屋をすんなり取る事が出来た。
宿の者に聞けば、この町の宿屋は4軒。
シド達が泊まる宿は朝夕の食事付で、主に商人達が利用する事が多いらしい。
そしてここ以外の宿は素泊まりとなっている様で、旅人はそちらを利用する者が多いとの事であった。
“なるほどな”と思い、今度から食事付の宿を先に探してみよう、と心に留めたシドである。
さて、宿を取れたのは良いが、今の時間はまだ夕食にも早い。その為2人は、町の中を散策する事にした。
2人は来た道を戻り、メイン通りを歩く。
途中、甘い匂いが漂えばそれに反応する者がいて、シドは苦笑しつつもその店に次々と寄っていく。
外の畑で採れた、赤イモで作ったしっとりとした菓子や、可愛らしい形の飴などを購入し、リュウは嬉しそうにそれを持って歩いている。シドは飲み物類を購入するなどして店々を満喫し、宿へと戻ったのである。
こうしてシドとリュウは、スチュワート領初日を、ベスクの町に一泊したのであった。
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――【追加・登場人物等のまとめ】――
▶主人公「シド(シルフィード)」…頑なにC級冒険者として活動する剣士、189cm、スラリとしているが筋肉質、くすんだ金髪を後ろで束ねている→茶色く染める、切れ長の翠眼、顔半分が髭で覆われている→髭を剃る、23歳、出身ファイゼル領
<魔法=風魔法、スキル=身体強化・迷宮再生・亜空間保存・集中・硬化・走査・精神感応・借受・一撃・転移・浮遊・神の慈悲>
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▶B級冒険者「リュシアン・ブルフォード」…貴族令嬢、シドとはアーマーベア討伐で出会う、21歳、剣士、160cm、新緑色の長髪をサイドで編込んでいる、蒼眼、シドの彼女
<魔法=治癒魔法・水魔法、スキル=軽量化・防楯>
★後F→D級冒険者「リュウ」と名乗りシドと行動を共にする、茶色く染めたショートカット、16歳の男の子設定、シドとのパーティはD級“グリフォンの嘴”
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●ラウカンの街 バーネット領の北東、熱い湯が湧き出ている観光地
○冒険者ギルド
・冒険者ギルド職員「ソフィー」…23歳、ナイスバディ、他のギルド職員と共にシド達を愛でていた
・C級冒険者「ロバート」…C級パーティ“ケルベロスの尾”リーダー(後に解散)、41歳、裏葉色の髪に蒼色の眼、剣士、175cm(後、消息不明)
・C級冒険者「コナー」…C級パーティ“ケルベロスの尾”メンバー(後に解散)、40歳、赤茶の髪と髭に蜜柑色の眼、ぽっちゃり型、176cm(後、消息不明)
○街人
・商人「オロン・カルナイ」…カルナイ商会を経営、50歳位、黒眼に黒髪、生地の薄い服を着ている、今まで人に騙され続け信じる物はお金だけという寂しい人、自分は嘘をつかないと誓っている
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●ウィルコックの街(後に迷宮<ガニメテ>を発表する)バーネット領の西、領の都
○冒険者ギルド
・ギルドマスター「クロード」…49歳、元冒険者で斧使い
・ギルド職員「カロン」…33歳、受付からギルマス補佐まで何でもこなす有能な職員
○街人
・薬屋…シド達から“マンイーターの種”を受け取り王都へ送った、占いも出来る
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●アンガスの街(迷宮<ストラマー>)サトリアーネ領の北東
○冒険者ギルド
・ギルドマスター「フリップ」…45歳、淡藤色の髪に灰色の眼、180cm、事務員の様な見た目の割に実は戦闘も得意
・C級冒険者「エッジ」…25歳、藍色の髪に藤色の眼、そばかすがあり人懐こい性格
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●シムノンの街 サトリアーネ領の南西
・宿屋「白鱗閣」…1名様1泊で銀貨10枚(最上階)、部屋も食事も大満足致します
▼シド達は、地図北部“サトリアーネ領”の西「シムノン」から出発します▼
(見え辛くてすみません)




