67. エリクサー
シドとリュウが冒険者ギルドを出て行った後、報告を受けたギルド職員は、2人の依頼書類と森の地図を持って、ギルドマスターの執務室へ来た。
コンコン
「入れ」
中からの声で職員が部屋に入ると、机にいる者が声を掛ける。
「“カロン”か。何かあったか?」
言われたカロンは机の前まで来ると、2種類の紙を机の上に出した。
「はい。今戻ってきた冒険者からの情報で、この印の所にダンジョンがあるはずなので、確認して欲しいと」
それを聞いたギルドマスターの“クロード”は目を見開く。
「本当か?」
「はい。この依頼を受けた者達からの報告です。ただ、入口が塞がっている為に、しっかりと確認は出来ていない様ですが、この辺りにダンジョンがあったと記載された書物があったらしく、恐らくはそれではないか、と言っていました」
カロンの説明を聞いたクロードは、キラービーの依頼書類の紙を見た。
手にしたそれには、依頼を受けた者の名前等が記載されている。それを見たクロードは、何かが引っかかった。
じっとそれを眺めていたクロードが、唐突に引っかかりの正体を思い出した。
「そうか…“C級のシド”か…」
クロードの言葉に、カロンが瞬きをする。
「その者が、何かありましたか?」
カロンの問いに、書類から顔を上げたクロードは答える。
「いやなに。この“シド”という奴は、実力はC級以上あるらしいのだが、もう何年もC級のままという奴なんだ」
「素行が悪いのですか?」
「いや、そういう事でもないらしくてな。他の街のギルマスが昇級を勧めても、頑なに断っているという事で、ある意味では有名な奴なんだ…ははは。そうか、この街に来ているのか…」
「はい。今朝初めて見た顔だったので、昨日か今朝にこの街に着いたのではと」
「そうか。ではこのダンジョンの話も強ち嘘ではないだろう。ギルマスから昇級を勧められる程度の、信頼はある奴だからな」
クロードはそう言って、顔を引き締めた。
「では明日から、この件は調査を始める事にしよう。カロンが指揮を執れるか?」
「はい。ではこちらは私の方で進めます」
「頼んだぞ」
「承知いたしました」
そう言って、カロンは書類を持って一礼すると、執務室を出て行った。
「そうか…C級のシド…ね。面白そうな奴だな」
クロードはそうポツリと言って、機嫌良さそうに口角を上げたのだった。
-----
一方、シドとリュウは街の中を歩いている。まだ、これから夕方になろうかという時間で、腹も減っていない。
その為、時々街の地図を見ながら探検でもする様に、当て所もなく観光を楽しんでいる。
主に店が建ち並ぶエリアを歩いていたのだが、そこで1軒の薬屋が見えた。
「そう言えば、そろそろポーション類も補充した方が良いかな?」
「まだあるが、持っているに越したことはないな。行ってみるか?」
「うん」
そして1軒の薬屋へ入る。
“カララン”と、店の扉に付いたベルが音を鳴らす。
「いらっしゃい。ゆっくり見て行って」
そう言われて声の主を見れば、カウンターの奥に見える扉の無い小部屋に、一人の年配の女性が座り何かの作業をしていた。
「はい。見せてください」
リュウがそれに答える。
シドは言葉が足りず、少しだけ警戒される節があるからだ。少しだけ…だよな?
お言葉に甘え、2人は店内を見て回る。
店内の薬草の匂いがナンナを思い出させてくれ、カルーが食べたくなった2人は“食べ物が思い出”らしいのである。
シドとリュウは、珍しい薬などを見ながら店内を歩く。
ポーションは緊急用なので程々の数あれば良いのだが、魔力ポーションは在庫を切らす訳にも行かないので、5本程補充しておこうとシドは考えていた。
「何てこと…」
その時、奥の部屋から呟き声が聞こえた。
2人は顔を見合わせると、出直した方が良いのかと店主に声を掛ける。
「あの…お取込み中の様なので、出直しますね」
リュウが奥の部屋にそう声を掛けると、店主がこちらに出てきてくれた。
「あらご免なさいね、声を出してしまって。今、手紙を読んでいたのだけど、内容にびっくりしてしまったのよ」
その言葉に2人は顔を見合わせる。やはり取り込み中の様であるようだ。
「他の街の薬師達と、情報交換で手紙のやり取りをしているの。それを読んでいただけなんだけどね…ちょっと拙い事になっているなと思ってね…」
2人は聴いて良いのか分からないまでも、ただ聴いている。
「この事は、少しすれば国中で噂になると思うけど、まだ皆には内緒よ?」
どうやらそのビックリ話を、シドとリュウに話してくれるらしい。
「何かあったんですか?」
リュウがそこでやっと、問いかける。
「ええ…王太子殿下がご病気みたいでね。王領の薬師達に色々と聞き回っているらしいの」
それを聴いて2人は顔を見合わせる。それは大変な事ではないだろうか。
確か王太子はシドより下の21歳で、リュシアンとは同じ歳。今まで病気一つしてなかったであろう者が、噂になるほどの病気になるとは…。
それに王家にはお抱えの治癒魔術師もいるだろうに。
そう思っていると“治癒魔法は掛けているらしい”と店主の声が聞こえた。
「掛けているのに完治しないんですか?」
「そうみたいね。一時的には良いみたいだけど、治りはしないみたいなのよ」
今の王家の息子は1人。王家ではさぞ気を揉んでいる事だろう。
「何の病気なんですか?」
「王家お抱えの薬師の話では、何かわからず原因も不明。体の力が出なくなっているらしくてね、体を起こす事も出来ないみたいなの。今は栄養のある水分と治癒魔法で、何とか耐えて頂いているみたいだけど、今のままだと長くはもたないかも、と…」
「“呪い”みたいな物でしょうか?」
「それも判らないみたいね。後はもう“エリクサー”に頼るしかないみたいよ…」
エリクサーとは、錬金術師の作る、何にでも効くとされる完全薬である。シドは噂話位でなら聞いた事はあるが、主原料は“賢者の石”とされ、その石が存在する事ですら伝説の様な話である。
「その材料はあるんですか?」
「…コレは内密にね」
と言って店主は声を小さくする。
「主原料である“賢者の石”は、大昔から王家の宝物庫に大事に格納してあるらしいのよ。それを使えば作れるみたいね」
そんな伝説の様な物を王家は持っているらしい。凄すぎて言葉も出ない2人である。
「では、じきに良くなるのですね?」
「…そうでもないみたい。エリクサーは、薬師の中で錬金術スキルを持っている者がいるから、作る事は出来るけれど、材料が全部揃わないみたいでね、今冒険者ギルドに残りの素材発注を出しているのですって」
店主の言葉に、自分達が見た掲示板に何か貼ってあっただろうかと考える。
2人が黙っていると、店主が続ける。
「まだ地方のギルドには、話を止めているみたいよ。王領内で先に発注しているみたいだから、その話がこちらに回って来るのは、多分これからね」
そう言って店主は、自分の口元に人差し指を持って行く。
「この話は、まだ薬師の間位でしか流れていない話だから、王領の冒険者ギルドも、発注の詳細は知らないのかもしれないわ」
そう言ってニッコリと笑った。
確かに、まだギルドの中はいつも通りである事から、こちらには知らせは届いていないのだろうと思える。
何だか大変だなと、他人事の様に聴いていたシドだった。
「その“揃わない物”って何ですか?」
「何かの魔物のどこか…だったかしら?」
この店主の話では、全く何だか判らなかった。2人は顔を見合わせ、苦笑した。
「ちょっと待ってね、手紙に書いてあったのよね」
そう言って店主は奥の小部屋に行くと、手紙を持って戻ってきた。
いや、聞いたのはリュウであるが、そこまで詳しく話してくれて大丈夫なのだろうか…内心ドキドキしている2人である。
「ああコレね…“マンイーターの種”と書いてあるわね…。魔物の種って何かしらね?」
何だか既視感を覚えた2人は、そっと店主から顔を逸らす。
「私は魔物に詳しくないから分からないけど、魔物の種とは珍しい表現ね。貴方達は意味が解るかしら?」
問われたシドは、そこで声を出した。
「魔物の種だろう…」
シドの言葉に店主は、困った子を見る様な顔をしてシドを見ている。
そこでリュウがフォローを入れた。
「植物系の魔物であれば、“種”という表現があると思います」
「ああそうねぇ、そう言う事ね。貴方は物知りね。ありがとうスッキリしたわ」
そう言って店主が笑った。どうやらこの薬師は、余り魔物の素材を使った薬を作らない様だ。
「いえ…」
そしてリュウは、小さな声で返事をするに留めた。
「材料としては、後は“ユニコーンの角”だとか“クラーケンの粘膜”とか、他にもあるらしいけど、それらは何とか入手出来たらしいわね。後はその種だけらしいの。直ぐに見つかるといいけどね…」
そう言って店主は眉を下げた。
何年経ったとしても、それが入手出来るかどうかは疑問である。
その魔物自体を見掛ける事も少ない上に、その種となると、宿主となる物に植え付けた後でなければ、種自体が存在しない。その限定された物を探す事も又、不可能に近い。ある意味マンイーター本体よりも稀少である。
≪リュウ、出すか?≫
そう問いかけてリュウを見れば、リュウは苦笑している。
≪これは一応、出すなら交渉するつもりだぞ?≫
そうシドは追加して話しかけると、それにリュウはコクリと一つ頷いた。
それを確認してシドは、店主に問いかける。
「その種を持ってくれば、この店で買い取ってくれるのか?」
と、取り敢えず聞いてみる。
「ええ、勿論よ。私から王都の薬師経由で回すから、買取はするわよ。確かギルドに出している報酬は、金貨50枚だったはずだわ」
「では金貨30枚で、コレを買い取ってくれるか?」
そう言ってシドは小さく亜空間保存を開くと、中から布に包まれた丸い物を取り出して、徐に店主に言う。
「マンイーターの“種”だ」
そうシドが伝えれば店主は、つぶらな瞳を大きく見開いたのだった。
追記:もうお分かりかと思いますが、エリクサーの材料は適当に書いています。笑
エリクサー自体が賢者の石である等記述も云々ありまして、それを脚色させていただいています。
色々混ぜて作ります、的な感じでよろしくお願いいたします。




