65. ウィルコックの街
本日は64話と併せ、2話を更新しております。
この頁からお入りになった方は、前頁からお読みくださると幸いです。
翌日2人は、朝から冒険者ギルドへ行くために宿を出る。
まだ皆は朝食の支度をしている時間で、時々美味しそうな匂いが風に乗って届く。
道行く人は疎らだが、歩いている人は冒険者と思しき格好をしている者が多い。その者達は、これから冒険者ギルドへ顔を出すのだろうと思われた。
「付いて行ってみるか…」
「それっぽいもんね。付いて行けばギルドに着けそうだね…」
シドとリュウは、この街の冒険者ギルドの場所を知らないのである。
2人は顔を見合わせると、冒険者らしき者と距離を取りつつ、その人にこっそりと着いて行った。
お店の並ぶエリアを北上してから、途中で西へ進路を変える。街の奥となるエリアに、冒険者ギルドがあるのだろう。そして、やはりその者が辿り着いた先は、重厚な扉を設えた冒険者ギルドであった。男性はその中にスルリと消えて行く。
「初めて来たけど、分り辛いね」
「ああ。大きい街なのに地図も無いから、何処に何があるのか、さっぱりだな」
2人は顔を見合わせ苦笑してから、その使い込まれた扉を開けて中に入って行った。
今は受付が賑わう時間の為、それなりの人数がこの中にいる。
シドとリュウは、依頼が貼ってある掲示板の前まで来るが、多少人がいる為見え辛くリュウでは確認できそうもない。シドは前にいる者の間を抜けると、1枚の紙を取ってリュウの隣へ戻った。
「これを受けてみるか?」
シドはそう言って、その紙をリュウへ渡した。
その紙には『D級冒険者への依頼。街の北の森、木材の伐採エリアに出る魔物“キラービー”の討伐』と書いてある。
「キラービーか。僕はまだ見た事がないや」
「そうか。俺は何度かある。動きが速いから、それさえ対応できれば大丈夫だろう」
「基礎知識だけでいける?」
「ああ。知識があれば問題はない」
「じゃあ、これで良いよ」
リュウの返事にシドは一つ頷くと、それを持って受付に並ぶ。
あの商人にも遭いたくないので、一日街の中に居るよりは森に行った方が余程有意義そうだと、シドはそんな事を考えていた。
自分達の順番になり受付へ紙を出す。
「これを頼む」
受付けには30代位の男性職員が、対応に当たっていた。
「はい。では先にギルドカードのご提示をお願いいたします」
流石にベテランなのか、初見の冒険者だと分かっているらしい。2人はカードを出す。
他の所ではまず“こちらは初めてですか?”と、聞かれるのである。
そして顔見知りのギルドであれば、完了報告時の報酬手続きの際に、カードを提示する事が多いのだ。
「はい。D級パーティの方ですね。ではこちらの依頼との事で承りました。お気を付けて行ってらっしゃい」
そう話すと、シドとリュウは冒険者ギルドを出る。
今受付けからは、依頼の当該場所を含む地図と共に、街の地図も一緒に渡された。依頼の行先の事は勿論だが、街の事も分からないだろうと気を利かせてくれたらしい。何とも有能なギルド職員である。
「手慣れている人で良かったね。街の地図も貰えたし」
「ああ。やはりベテランは違うな」
シドとリュウは、心から有難いと思ったのだった。
2人は森に入る前、いつもの様に昼食の準備は欠かさない。今となってはもう、絶対に干し肉などの食料は食べたくないと思っている2人である。
昼食分はもとより、温かいスープに菓子やジュース等も一緒に買い込んでから、シドとリュウは街の東門から、森へと北上した。
もらった森の地図を確認すれば、木材伐採エリアは、街の北の山岳近くらしい。少し距離があるが、杣人が使っている獣道がある為、道に迷う事もなさそうである。
「キラービーは毒持ちだったよね?」
歩きながらリュウが問いかける。
「ああ。腹の下から出ている針に毒を送り込んでくる。それに刺されると毒に侵されるが、リュウは解毒できるから問題はないだろう」
「そうだけど。その前に、刺されたら痛いでしょう?痛いのは嫌だよぅ…」
「はははっそうだな。では刺されない様にしないとな」
「こっちからは魔法対応になる?数も居るだろうし、飛んでくるし」
「そうだな。俺の場合だと、広域の礫の風で羽を使えなくして落としてから、切っている」
「そう言う手もあるね…なるほど。やっぱり魔法で落とさないとダメだね」
2人は作戦を練りながら、目的地へ向かって歩く。
街を出てから4時間程で、目的地付近へと到着した。
シドは集中を入れて周辺を探る。すると北の方角に羽音を捉えた。
「北にいるな。距離は2キロ…といった所か。複数の羽音がするから、巣が近いのかも知れない。気を付けてくれ」
「了解」
シドとリュウは北に向かう。するとリュウからも見える木々の間に、それを見付けた。
「いた…」
「ああ。では行くか」
「うん」
シドは集中を切り、身体強化の上から硬化と借受、一撃も入れておく。2人は確かな足取りで、それに近付いた。
キラービーが2人に気付くと、黄色い集団となって向かってきた。リュウは防楯を展開し、剣を抜くと魔法を放つ。
「氷針筵」
リュウの放った魔法は、殆どがそれらの羽に当たる。そして落ちてきたキラービーを、剣で切る。
シドも礫の風を放ち、それらを切って行く。
キラービーは林や森に居る事が多く、姿は蜂の形をしていて飛行し移動する。1匹が25cm位の大きさで黄色と黒の縞模様を体に付けている為、森の中でも良く目立つ。
一つの巣からは大凡で50~70匹いるとされ、動きは速く、追いかけられれば逃げ切る事は難しい。逃げたとしても、何処までも追いかけて来るからである。
その為、攻撃手段のない者が遭遇すれば、毒針に刺されて、最悪は死に至るという魔物である。
この辺りで作業している杣人達はいつも、毒消薬や傷薬等を持ち歩いているらしく、今回の依頼が出された件では、死人が出ていない様なのが幸いである。
2人はどんどんとそれらの数を減らし、出現元へと辿り着いた。キラービーの巣である。
キラービーが出てきた所を見れば、山肌が剥き出しになった崖下付近に40cm程の穴がぽっかりと開き、そこからの出入りを確認する。
そして、その穴から出てくる物が殆どなくなると、2人は顔を見合わせる。どうせなら“巣”も潰しておいた方が良いだろうと、思っての事だ。
シドが使える魔法は風。リュウは水である。
リュウの水攻めでも良いが、それだと卵が生き残り、殲滅出来ない可能性もある。
さて、どうするか…。
せめて火か土魔法でも使えれば簡単だったのにな…こっそり2人は心の中で同じ事を思っていたのだった。
シドが先に声を出す。
「原始的にやるか…」
「く…火魔法が欲しい…」
後から呟いたのはリュウである。2人は苦笑を浮かべると、シドが話しを進める。
「入口から燃えるものを投げ込んで、それに火をつけよう…」
「何かスマートじゃないけど、仕方ないよね…」
そう言って諦め、枯草や小さな枝を集める。それを20cm位の袋に詰めて球形の物を20個作り、巣の前に置いた。
それをシドが一つずつ、穴の奥へ投げ込んで行く。入れ終わるとカンテラの火種から枝に火を移すと、穴の奥へ放り投げた。
シドとリュウはそこから距離を取って後退すると、それを見守る。少しすれば赤い火が穴の中に見え、煙が噴き出してきた。何かキーキーと鳴いているが、入口に火がある為に外には出て来られない様である。
中では、火を纏ったキラービーが巣の中を動き回って、互いに火を着け合っている事だろう。
やがて穴から煙が出なくなった。多分これで巣は殲滅できたとは思うが、中は見る事ができないので一応集中を入れて気配を探る。…動いている物はないな。
「多分、終了だ」
「多分ね」
結構いい加減な2人だった。
2人は先程倒したキラービーから、ギルドに提出する物として1枚、羽を取る。キラービーの細切れは、そのうち無くなるだろうと放置する事にした。
そして今日も一撃は不発に終り、スキルを終了した。
これでこの辺りは静かになっただろう。そう思い、気付けばもう昼になる頃であった。
「腹は減っているか?」
「そうだね、もう昼だしね…」
「では、休憩場所を探すか」
「うん」
そう言ってキラービーの巣から少し離れて、その山肌の崖際を添う様に西へ移動する。5分程離れると、戦闘場所が視界から消えたので、2人はそこで腰を下ろした。
この場所は、街からは随分と登ってきた場所になる。この森では一番高い場所にあるらしく木々の間から見える景色には、ウィルコックの街も含まれる。
「街も見えるね…やっぱり大きな街だね。ウィルコックって」
「そうだな」
シドはそう答えると、亜空間保存の中から飲み物と昼食を取り出す。
「ありがとう」
リュウが嬉しそうに飲み物を取って飲んでいる。
喉を揺らすリュウを見つつ、山の上で過ごすひと時も中々良い物だなと、風景を堪能するシドなのであった。




