59. 出現
シドとリュシアンは階層を下り、今は最下層にあるダンジョンの扉の前にいた。
「用意は出来たか?」
先程リュシアンへ、オーツの剣を渡してある。
「ええ」
2人の眼差しは、真剣だ。
「リュシアンは必ず防楯を入れておいてくれ。防楯は魔力の消費が少ないから、気軽に使えるだろう」
「それだと、私だけの防御になってしまうわ」
「俺の事は気にしなくて良い。俺も水魔法を借りる事も出来るし、何より硬化もある。何かあれば後で回復を掛けてくれれば問題ない。それよりも魔力ポーションは持っているな?」
「ええ。5本は用意してあるから、何とか凌げると思うわ」
「そうだな」
シドとリュシアンが話をしていると、シドの頭の中に又声が響く。
≪再生者よ…先にスキルを渡しておく。“転移”を付与した。戦闘に役立つだろう≫
「…そうか…礼を言う」
≪礼には及ばぬ。我が無理を言っておる事は、少なからず理解をしておるからの。そのスキルは魔力を使い発動するもの。魔力が切れれば転移は出来ぬと、肝に銘じておくと良い≫
「解った。気を付けて使わせてもらう」
≪そしてその魔力の使用量は、距離に比例する。目視出来る場所への移動では微量。だが、遠距離となれば魔力を大量に使うと心しておけ。そして見た事のない場所にも行けぬ≫
「そうか…」
≪まだ補足がある。我の使う“空間転移”とは違うもの故、他の物のみを移動させる事は叶わん。必ず己自身を含み移動させるものと留意しておくとよい≫
「承知した」
シドが<ボズ>からの説明を聴いた後にリュシアンを見れば、“まだ何かあるの?”という顔をしていた。
「今、ボズに“転移”のスキルを付与された。今から使えるから、防御も何とかなりそうだ」
そう言ってシドは苦笑する。
「あはは…。今回はまた大層なスキルだね…」
「…そうだな」
2人は顔を見合わせる。
では行くか。
「<ボズ>また後でな」
≪武運を祈る≫
そう言うとシドは扉に手を添えて、重たい扉を開いた。
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扉の先には<ハノイ>の最下層よりも大きな空間があった。そして2人が空間に入った途端扉は閉まり、最奥に紅い塊が現れた。
『ガァァァァーーー!!』
2人を感知したサラマンダーが咆哮する。
その時にはもう紅い塊はトカゲの様な姿で、巨体をこちらへ向けていた。
それを捉えたシドとリュシアンは、目線を交わすとその50m程の距離を一気に駆け出した。
リュシアンは軽量化と防楯を、シドは集中以外の使えるスキルを全て入れる。
集中には時間制限がある為、この戦闘にはタイミングをみて使う必要がある。
一気に距離を詰めた2人だったが、サラマンダーが炎を吐き出した事で、2人は横へ逸れる。
遠くにいるリュシアンを見れば、左手には防楯を展開していた。
「水槍!」
リュシアンの持つ剣先から放たれた魔法は、魔物に当たり衝撃が起こる。
―― ドーンッ!! ――
今度は反対側からシドも放つ。
「爆風!」
―― ボンッ!! ――
大したダメージではなさそうだが、左右から繰り出される魔法に魔物は苛立ったのか、口から扇状に火球が放たれた。
―― ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ! ――
シド達が避けたそれらは、壁に当たり爆音を立てる。
≪出る!≫
その音が鳴り止まぬうちに、シドは一瞬で魔物の横へ転移すると、両手の剣を薙いだ。
――ザシュッ!――
シドの剣は浅い傷を付けて魔物を横切るが、その気配に気付いた魔物の尾がシドに迫る。
だがシドは瞬時に移動してその攻撃を躱すと、元の位置へ戻り風魔法と水魔法を送り出す。
「風の刃!」「水槍!」
シドが下がった事に気付いたリュシアンも、続けて魔法を放つ。
先程シドからは、転移を使う際にはリュシアンに声を送ると、予め話されていたのである。
「水圧爆撃!」
その放たれた巨大な水の塊が、魔物を襲う。
2人は魔物との距離を取りつつ、魔法で攻撃を繰り返す。この魔物とは、距離が詰められないのだ。
サラマンダーは炎を吐き出したり、魔法を使って炎球を放つからである。
≪距離が詰められないな。しかも奴は硬いぞ≫
2人は左右に別れて離れている為に、声は届かない。リュシアンを見れば、シドの声に頷いていた。
≪今のパターンで続ける。出る!≫
シドはそうリュシアンに伝えると、転移で魔物の横に出て、剣を振い戻る。続けて魔法を連発して放った。
―― ドドドーンッッ ――
戦闘は延々と続く。
今回は互いに魔法の攻撃がメインとなっている為、魔力が先に無くなるのは当然シド達だ。
サラマンダーは<ボズ>から魔素を奪い取っている為に、無尽蔵に魔法が放てるのである。
(厄介だな…)
リュシアンを見れば魔力も少なくなってきたのか、肩で息をしている。
相手の攻撃を避けながら魔法を放っているので、余計に負担が掛かるのだろう。
≪リュシアンは、そろそろ魔力ポーションを飲んでおいた方が良いだろう?その間は俺が対応する≫
リュシアンがその声に少し後退したのを見てから、シドは魔物の正面に転移する。
魔物の顔に魔法を一発当てると、横へ回り込み剣を振う。
だが、それに気が付いていた様に、サラマンダーの前足が横なぎに振われた。
更にシドは、それを躱してまた正面に出ると、集中を入れて両手を一文字に振った。
――ザシュ ザシュッ――
シドの剣はサラマンダーの顔に当たり、一筋は左目に傷を付けたらしい。
『ガァアアア!!』
大きな咆哮を上げたサラマンダーから、シドへ向けて火が放たれる。それを間一髪で避けたシドは、距離を取って転移で後退する。
リュシアンを確認すれば補給ができたらしく、頷いていた。
先程よりも怒り狂っている魔物が、無差別に連続して炎を放ちだす。
そして壁や地面に当たったそれらのせいで、一瞬にして視界が悪くなり周りが見えなくなった。
「キャー!」
リュシアンの悲鳴で彼女の近くに転移すれば、サラマンダーがリュシアンに迫り攻撃を仕掛けていた。
サラマンダーの前足が、リュシアンを連撃で襲っている。
それをリュシアンは防楯と剣で必死に防いでいたが、力で押されて後退を続けていた。
「くぅ…」
シドは、その脇腹を目掛けて剣を振りかぶる。
だが、それに気付いていた魔物が尾を使い、シドを横に吹っ飛ばした。
シドは体を丸めて、次に来る衝撃に備える。
―― ドコーンッ! ――
そのままシドは、壁に当たり落ちた。
「シドっ!!」
気付いたリュシアンが声を発するも、直ぐに返事が返ってくる。
≪問題ない。気を散じるな≫
リュシアンの頭にそれが響いた頃には、もう魔物の横にシドが居て、再度剣を振りかぶっていた。
「ハッ!」
シドは声と共に剣を薙ぎ、迫って来ていた尾を切り落とした。
――ザシュッ――
その一振りでサラマンダーの尾の半分が飛んだ。
『ガウゥアァー!』
サラマンダーが吠える。
そして標的をシドへと移したサラマンダーの口から、炎が噴射される。
シドは風衣を入れて一気に上空へ跳び上がると、それを躱してそのまま魔物の頭上から落下する。
そして2本の剣を突き立てる様にして、サラマンダーの頭へと狙いを定める。
“キーンッ” シドの剣が呼応するように鳴いた。
―― ズズシュッ ズン! ――
硬いはずのサラマンダーの頭に、シドの剣が突き刺さる。
『キョガァアーー!!』
サラマンダーは大声を上げてゆっくりと体を地面へ着けると、そのまま動かなくなった。
頭に乗っていたシドが2本の剣を抜き取り、地に降りた。
2人は魔物から距離を取り、後退する。
すると、サラマンダーがチラチラと瞬き、溶ける様にして姿を消した。
やっと終わった…。
結局は最後の一刀は“一撃”が発動し、貫けるはずのない硬い頭を貫いた事で、サラマンダーを倒す事が出来たのだった。
シドはスキルを切ると、リュシアンに向き直る。
「一撃が出たぞ」
シドはリュシアンに報告をする。
「そっか。最後のアレは“一撃”だったんだね…」
「ああ。やっと出たな」
そう言って2人は疲れた笑みを交わしたのだった。
いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
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これからも冒険者シドにお付き合いの程、よろしくお願いいたします。




