45. 逡巡
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(今話は中継ぎのお話となります。)
シドとリュウが宿探しに難航していた昨日、壮麗な家具に囲まれた部屋の風格ある机の上に、一通の封書を乗せたまま頭を抱えている男は、途方に暮れていた。
リュシアンの姿が見えなくなって一ヶ月。
ディーコン達にも折を見て探させてはいるが、今のところ何の報告もない。
当時、ネッサでのスタンピード発生の報告を受け、そこにリュシアンが居合わせた事を確認してから、ディーコンへ“リュシアンを家へ連れ戻すように”と指示を出した。
だが、ディーコンが到着したその時には既に、リュシアンはネッサにおらず移動した後だった。
そして、ネッサの事後処理後にトロイヤへ折り返したディーコンは、そこにリュシアンが来た形跡の無い事を確認すると、タルコスの館へ急ぎ手紙で報告してきたのだ。
それを受け取った“フリードリヒ・ブルフォード伯爵”は、顔を真っ青にした。
早急に領内をくまなく探させるも、全く足取りは掴めず、近隣領の情報までを密かに集めてもみたが、それも不発に終わっていた。かと言って、表立って探す訳にも行かず、フリードリヒは打つ手なしだ。
リュシアンはB級冒険者だ。自領の中だった事もあり、誘拐という線は考え辛い。となれば、あのお転婆の事だから、自分から姿を隠したという線が濃厚である。
それに、同時期に居た冒険者も手を貸しているかも知れず、そうなると、あれの気が済むまではちょっとやそっとでは出てこないだろうと思える。
その上先ほど隣領のソルランジュ伯爵から、四男とリュシアンとの婚約打診の手紙が届き、ほとほと困り果てていた。
「リュシアンには好きな奴がいるから、とでも言って誤魔化しておくかな……」
何とも情けない声で、フリードリヒはそう呟いたのだった。
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ナンナとキャルに見送られた2人は、レステの西門から街道に出た。
ここから西へ続く道を真っすぐ辿ればリーウットの都“オデュッセ”へ。街道の途中で南下の道を辿れば“トニーヤ”の町に到着する。だが、どちらに行っても冒険者達の数が多い気がする。
それは、先日から聞こえてくるギルド内で話に上る、“<ボズ>ダンジョン”の影響ではないのか。そんな事を考えて、シドは行き先を迷っていた。道なりに歩いてはいるが、この先をまだ決めかねている。
「どうしたの?」
シドの様子に気付いたリュウが、声を掛ける。
「この領内は、多分どの街に行っても冒険者の数が多いのだと思う。俺の推測だが、<ボズ>にいた奴らが追い出されて、この領に留まっているのだろう」
「確かにギルドで、<ボズ>の話をしていた人達がいたね。威張っている人達がいるとか何とか」
「ああ。だからオデュッセもトニーヤも、どちらに行っても依頼はなさそうだな、と思ってな」
「そうだね、そうなるよね…」
2人は速度を落として歩きながら、解決策を模索する。
いっその事、リーウット領を出て西のバーネット領に行く事も視野に入れねばならないな…。
シドがそう考えていると、リュウが声を掛ける。
「ねぇ、いっその事その<ボズ>に行ってみる?冒険者が話している事の原因も解るし、何かあるのかも知れないしね?」
リュウはその原因に少し興味がある様で、目をキラキラとさせシドを見ている。
「……」
<ボズ>はファイゼル領にある。
シドには少し、このファイゼル領を避けたい理由もあるが、そこまで深く考えなくても良いのかも知れない。シドも確かに、この剣が出た<ボズ>には、いつかは行きたいとは思っていたが…。
「原因を知りたいと言うのは俺も同じだが、冒険者達は皆、そこを追い出されてきている風だった事を考えれば、泊まれる宿は無いと思うが」
「う…確かに」
リュウは宿の事までは考えていなかったらしい。シドは苦笑して、代替案を出す。
「行くだけ行ってみて、宿が無くても1泊位であれば街の外で野営、というのなら出来ない事もないがな。どうする?」
「むぅ…」
“宿”と“興味”を秤にかけて悩んでいるリュウを見ながら、シドは<ボズ>のある街の事を考えている。
あの街は、確か“モリセット”という名であったと記憶している。
ファイゼル領の北にあり、冬は雪も多く降る。近くにダンジョンがある事で、冒険者達も多いが、穏やかな街だったはずだ。
それが今は、多少なりとも治安が悪くなっている様だ。
街が荒れれば、冒険者ギルドからも上に報告があがるはずで、そこから何らかの対策があっても良さそうなものが、その様子も見られないらしい。
一体どうなっているのか…。
シドが思考に沈んでいると、リュウの声が聞こえた。
「覚悟は出来た。うん。<ボズ>へ行ってみよう」
どうやら“興味”に軍配が上がったらしいリュウは、鼻息荒くシドを見ている。
「ははっ。そうか、では途中で食料を買い溜めして、行ってみるか」
「そうしよう!」
一気に上機嫌になったリュウと歩調を戻して一路、モリセットの街を目指す事となった。
「では、この先で南下だな」
「了解。今日は野営?」
「そうなるかもしれない。一応は“トニーヤ”の町へ行くが、その町に宿が残っていれば、ベッドで眠れるという話にはなるがな」
「そっか。そうだよね」
苦笑いを浮かべたリュシアンが、諦めたようにそう呟いた。
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それから2人は途中で、昼食を摂ったり休憩を挟みつつ、4時間程で分岐路についた。
「左だね」
「ああ」
取り敢えずはトニーヤの町を目指している為、南下の道を進む。
「この近くには、湖があるらしい」
シドが地図を確認して、徐にリュウに告げる。折角の道中なので、色々な景色を楽しむのもありだろう。
「そうなの?僕、湖は見た事が無いや」
「そうだったのか?」
「うん。南部には海はあるけど、今まで行った領では湖が無かったんだ。まぁ行った事があるのは、ブルフォード、ソルランジュ、スワース領だけなんだけどね」
リュウは道の先に視線を置き、そう話す。
「そうだな。南部には湖のある領は少ないのかも知れないな。泉ならありそうだが、湖となると俺も思い付かない」
そう言ってシドはリュウの顔を覗き込む。
「どうする?行ってみるか?」
シドがそう話すと、リュウがシドを見上げ満面の笑みを浮かべる。
「行きたい!」
「はは。了解だ」
話は決まり、嬉しそうなリュウを先頭に暫く歩いてから地図を見れば、湖はこの辺りから東へ逸れて林の中に入った奥となっている。
下草の少ない所を選び、2人は林の中へ入って行った。
林の中は風が通り、木々の葉を揺らしてさやさやと音を奏でている。太陽の光も取り込みながら、明るく爽やかな場所だった。
「気持ちが良いね」
「そうだな。街道より随分と過ごしやすいな」
夏になり、多少服を薄くしているとは言え、冒険者達の服装は肌の露出が少ない。従って夏は暑いのだ。
それを2人共慣れてはいるが、暑いものは暑いのである。
「今は集中を使っている?」
唐突にリュウがシドへ尋ねる。
「いや、今は使っていない」
「何で?」
「今は使う必要が無さそうだと、判断しているからだな」
「その基準はなに?」
リュウはシドの顔を不思議そうに仰ぎ見る。
「今いる場所の見通しは良くないが、普段感じている気配を読むだけで良いと思っている。何でだと思う?」
「え?質問返しなの?」
「ははっ」
「むぅ…足跡を見ているから?」
「それも見る事の一つではあるが。要は“音”だ」
「音?」
「ああ。今いる場所には動物達の気配があり、鳥の鳴き声や小動物の動く音も聴こえるだろう?」
「そうだね」
「もし動物達が危険を察知すれば、一斉に居なくなり音も止む。だから動物達が近くにいる内は、危険は少ないだろうと思って、集中は使っていない。集中は時間制限もあるしな」
「そっか、そうだよね」
フムフムと、リュウは納得した顔を見せて空を見上げた。




