34. 再会と告白
それから2日程が経ち、宿にオーツから連絡が入った。
「できたぞ」と。
シドとリュシアンは途中の店で“スフーレ”を購入して、オーツの工房へと向かう。手土産はリュシアンからの提案である。
コンッ コンッ
「おう、開いてるから入ってくれ」
中からオーツの声がしたので扉を開けて2人で入って行く。
すると間仕切りの奥からオーツが剣を手にやってきた。
「オーツ!」
リュシアンがオーツに飛びつく。
目を白黒させたオーツが、抱きついている人物を確認すると声を出す。
「リュシアンか?大きくなったなぁ、いつこっちに来た?」
女性に“大きくなった”とは余り言わないと思うが、リュシアンなので問題は無い。
「10年振りよ!大きくもなるわね、ふふふ。一週間位前よ、ここに来たのは」
目をキラキラさせて、リュシアンは話す。
「元気そうで良かったわ」
「儂がくたばるとでも思ったか?まだまだ作るものが沢山ある。そんなに早くはくたばらんぞ」
オーツもまんざらでもない様で嬉しそうだ。
シドが黙って傍で立っていると、オーツがシドに気付いた。
「あー悪い悪い。リュシアンと知り合いかい?」
「ああ」
「そうか。このお転婆は大変だろう?」
ニヤリとオーツが笑う。
「も~オーツってば!私はお転婆ではなく活発なのよ!」
余り意味は違わないとは思うが、単語が気に入らなかったのだろうか訂正が入る。
「ははは。リュシアンは相変わらずだな」
「リュシアンは大変ではないぞ。俺の面倒も見て貰っている位だ」
そこでシドはフォローを入れる。
「ほう、そうかい。リュシアンがねぇ…」
「私ももう21よ、それ位は当たり前だわ」
「ははは。それもそうだな」
オーツが哄笑し、シドも子供の様なリュシアンを見て、微笑む。
「まあ、狭いが座ってくれ」
「あ、これお土産よ。スフーレなの、食べてね」
「ありがとうよ、では今出そう」
そう言うとオーツはその場で袋を破き、広げてからテーブルへそのまま置いた。何とも大雑把である。
「それでシド、仕上がったやつだ。確認してくれ」
オーツはシドへ剣を渡す。受け取ったシドは座っていた体を横に向けると、そこで後ろ側へ剣を抜いた。
黒い刀身のソレは刃先の折れていた場所もわからない位、綺麗になっている。そして気のせいか、前より少しだけ軽いような気もするが、後は見慣れた姿である。
「軽くなったか?」
「おお気付いたか。以前よりも少しだけ軽くなっている。だが、耐久性は上がっているはずだ」
シドは頷き、黒く艶のない剣に見入っている。
「“ハヤブサ改”だ」
「へぇ、その剣の名前ね?」
リュシアンも菓子を食べつつシドの剣を見ている。結局菓子は自分で食べる様だ。
「助かった。大事にさせてもらう」
「おう、そうしてくれ。今度は折らないでくれよ?その剣はそんなに折れるもんでもないが、折っちまったからなぁ。そんなに厄介な魔物だったのか?」
「ああ。馬鹿力で動きも速かった。俺も風魔法を載せた上に力を倍にして使っていたから、威力が載り過ぎたのかも知れないが」
「倍?」
ここでリュシアンが聞き直す。
「ああ。集中を掛けると剣の一撃が倍になる」
このスキルの保持者は多いので、言っても支障はないだろう、多分。
「集中?集中ってスキルの集中よね?」
「ああ」
「戦闘にも使えたのね…私、偵察の時とか位にしか、使えないと思っていたわ」
「そうだな、偵察にも使えるな」
「“にも”って持続時間が1分位なんだもの、それ以外だと使い勝手が悪くない?」
「……」
何か話が嚙み合っていないと思っていたが、普通の集中は1分位で切れるらしい。
「あー“ここぞ”と言う時に使えば良いのね?なるほど。でも戦闘中に忙しそうね、すぐに切れてしまうもの…」
シドには言葉が見付からない。
確か<ウラノス>はまだ小型なダンジョンである為、コレは“大したスキルではない”と言っていなかったか…。だがコレは普通の集中ではなく“規格外”であるらしい。自分の持つスキルの認識を誤っていた事に、やっと気付いたシドである。
「次は大丈夫だ、こいつは“改”だからな。あのデカイ甲羅が良い仕事をしてくれて、思った以上に強化出来たぞ」
オーツが口角を上げ、シドを見る。
「助かる」
「いーや、職人は上を目指すもんだ。これ位当たり前だな」
「そうか」
「おお」
オーツが話を逸らせてくれて助かった。
今後、集中の事を人に話す場合は気を付けねばならない。シドは心の中で自分に忠告した。
「本当に修理代金は要らないのか?」
「要らないぞ。もし修理代金を貰うなら、俺から素材の代金を渡す」
「…ではこのまま有難く受け取っておく」
「おう、そうしてくれ」
はははと笑って
「何かあれば又持ってきてくれ」
そう言うと、今度はリュシアンに話す。
「お前さんにはコイツだな」
手を伸ばし、仕切りの横に立てかけてあった長い包みを出した。
「ほれ。見てみろ」
受け取ったリュシアンが包みを開くと、中から細身の剣が現れた。
「レイピアほど細くは無いが、普通の剣よりは細く軽くしてある。強度も問題は無いはずだが、“ハヤブサ”の様に使われると耐久性に欠けるかも知れんが。リュシアンならばそこまでの怪力でも無さそうだから、大丈夫だろうよ」
リュシアンは、オーツが話している間に剣を鞘から抜くと、うっとりとソレを見つめていた。
「聞いてないな」
オーツが苦笑する。
「その様だ」
シドも同意した。
リュシアンが魅入っている剣はシドの剣とは趣が違い、“可憐”と称するに値する剣だった。
剣の持ち手には細工が施され花の模様が所々に浮かび、刀身は光を受けてキラキラと輝く。“観賞用”だと言っても良い程の出来栄えである。
「美しいな」
シドも思わず呟く。
オーツは自分の作品が褒められて嬉しそうである。
「リュシアンには何年も前に、手紙で剣の製作依頼を受けていた。一から色々と考えて作ったから、出来上がるまでに3年掛かっちまって、やっと渡せたものだ」
「そうか」
「因みに“ハヤブサ”は試作から5年ほどかかったぞ」
「…そうか。それは何だか済まないな…」
「いいや、お前さんが大事に使っている事は解っているから、引き続きそいつを頼むぞ」
「ああ」
「…それで、だ。お前さんのもう1本、腰にあるやつを見せて貰って良いか?」
「構わない」
シドは腰に差してある<ボズ>の剣を抜くと、オーツへ渡した。
「ダンジョンから出た物の様だ」
そう一言添える。
オーツは鞘から剣を抜く。光を受けたその刀身は“美しい”という言葉以上のものである。
「こりゃぁまた…」
オーツは二の句が継げないらしい。
「儂は“錬金術”と“対話”のスキルを持っていてな。物を作る時はそいつと対話しながらやっているんだ。言葉での疎通ではないが気持ちの様な物が流れてくるんだが…こいつは“じゃじゃ馬”の様だな」
この剣がじゃじゃ馬かは判らないが、人によって切れ味が悪かったり重かったりするらしいので、そういう事なのかも知れない。
「そうか…」
「だが機嫌は良さそうだな。今の持ち主に満足している…という事か、なるほどな。そういやお前さん、剣が2本になったが、普段はどちらを使うんだ?多分2本共、やきもち焼きだぞ?」
ニヤリとそこでオーツが笑った。
「考える…」
そこから3人で武器の話に花が咲き、夕方頃までオーツの工房で過ごしたのだった。
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宿に戻ったシドとリュシアンは、シドの部屋で一緒に夕食を食べていた。
今日は山岳鳥のステーキと、その骨から旨味を取った琥珀色のスープ、芋をつぶしたサラダとフワフワのパンである。この土地ならではの味で全体的にスパイシーだ。そんな夕食を食べながらシドは話す。
「俺はそろそろネッサを離れる。剣も直ったし目的は果たしたからな」
「…そう。私もそろそろネッサを出ると思うわ」
「そうか。今まで色々と助かった。ありがとう」
「…私も色々と助けてもらって感謝しているわ…ありがとう」
そもそも2人の旅はここまでだ。ここまでの約束だった。
リュシアンに今後の事は伝えない。だが心のどこかでは、まだ一緒に行動をしたいとも思っていた。
シドはリュシアンに対し、特別な感情を持っている事は理解しているが、それはそれ、これはこれ。
それこそ直接本人から聞いた訳では無いが、リュシアンは恐らく貴族令嬢だ。
この機に自分達の立場を見直す必要があり、シドは又一人で旅に出る事にしたのだった。
それからは黙々と食事をするも、折角の料理だが味がしなかった。
夕食が終っても2人はそのままシドの部屋に居る。2人共座ったまま、会話をする事もなくお茶を飲んでいた。
シドは貴族を避けている。否、避けていた。今はリュシアンと一緒に行動しているので過去形だ。
だがやはり、貴族とは関わり合いたくはないと思っている事もあり、シドはリュシアンに事情の一部を伝える事にした。
≪リュシアン≫
精神感応を入れて、シドはリュシアンに話しかける。
俯き気味であったリュシアンの顔が上がりシドを見る。目を大きく開いて。
「シド?」
≪ああ、俺だ≫
「頭の中で声が聞こえるわ」
≪ああ“精神感応”だ。少し話を聞いてもらいたくて使った。大きな声で話せることでもないからな≫
「そういうスキルもあるのね。シドは色々と持っていて凄い…」
≪俺が凄い訳では無く少し事情があってな。…それで、話を聞いてくれるか?≫
リュシアンはシドの顔を見て頷く。
≪俺は…貴族に追われている。“シド”と言う名も本当の名ではない≫
シドは初っ端からそう切り出した。
≪リュシアンは何故昇級しないのかと聞いたが、それは貴族との接点を避けるためだ。B級以上になれば国や貴族とも必然的に関わり合いが生まれる。そうなると、俺を追っている貴族にも俺の居場所がばれる事になる。だから俺はなるべく目立たぬよう行動し、逃げる様に国中を渡っているんだ≫
リュシアンを見れば大きく見開いた眼とぶつかる。
「私も…貴族なのよ」
≪そうだな≫
「気付いていたの?」
≪何となくは…≫
「だから…行ってしまうの?」
≪だからという訳ではない。これ以上俺と一緒に行動すれば、君にも火の粉がかかるだろう、それだけだ。それに君は、信用に値する人物だと思うからこうして話している≫
リュシアンは真っ直ぐ、シドを見つめる。
「シドが今まで、色々と避けようとしていた理由は解ったわ。少しスッキリした」
≪そうか。不快な思いをさせて済まなかった≫
「でも理由が解ったのだもの、私も少しは協力できるわね」
今度はシドが目を見開く番の様だ。
≪何を言っている?リュシアンは貴族だ。そろそろ家にも戻ると言っていただろう?≫
「あら?シド、“戻る”のではなく“戻される”よ。私は戻りたくはないから、シドと一緒に行くわ」
≪俺の話を聞いていたか?一緒に居れば、リュシアンに迷惑が掛かると言っているんだ≫
リュシアンが“ふふん”と鼻で言う。
「ちょっと、私の話を聞いていたの?連れ戻されないように “私を守って”と言っているのよ?」
リュシアンは口角を上げてシドを見る。
彼女は、シドと一緒に旅をすると決めたらしい。
(参ったな…)
そう思いつつも少しホッとしている自分もいる。
≪自分もお尋ね者になるつもりか…?≫
「望むところよ」
何とも思いきりの良い返事が返ってきた。リュシアンらしい答えだ。
「そうか…俺も万能ではないから、ある程度は自分で処理してくれよ?」
シドは精神感応を切ってそう話す。
すると了承を得られたと理解したリュシアンは、花が綻ぶように笑った。
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
この回で、自分なりに一度区切りが付きましたので、次話の投稿は明後日となり
“毎日”の更新は、ここで一旦お休みとさせていただきます。
今後の予定は活動報告に記載いたしますので、お時間がある時にでも覗いてみてください。
これからも引き続き、C級冒険者シドにお付き合い下さると幸いです。
爽秋の候にて 盛嵜 柊




