25. 夜明け
シドは暗闇の中、目を開けた。ここは何処だろうか。
暗くて余りよく見えないが、目が慣れてきたのか、薄っすらと浮かび上がる周りの様子から、どこかの部屋であろう事が分った。
俺は何をしていたのだったか…記憶がなかなか繋がらない。ゆっくりと体を起こすも、あちこちが軋んだ様な感じがした。
(寝すぎたのか?)
“ガタリ”
とその時、傍で音がした。
人の気配があった事には気付いていたので驚きはしないが。誰だ?
「シド、気が付いたのね」
「………」
記憶が繋がっていないので、何と答えれば良いのか分からずにいると、1つ小さな灯りが付いた。顔を見ればリュシアンだ。
(ああそうか…俺は森で、サーペントとやり合ったんだったな)
そんな事を思い出していると、リュシアンの顔が近付いてきた。
「大丈夫?」
傍でそう声を掛けられる。
「ああ…何だか面倒を掛けた様だな。すまなかった」
その言葉にホッとした様に目じりを下げたリュシアンは、話してくれた。
リュシアンが倒れていた2人を治療し終わると、サーペントは倒れていて、俺も傍で転がっていたらしい。俺の体には毒が回っていた様で、リュシアンが急いで解毒し体の傷も治してくれた。そして町の人達を呼んできて、俺と倒れていた2人を運んでもらった、と言う事だった。
「貴方、何をしたのよ…1人でサーペントを倒すなんて。普通は2人以上で討伐するものでしょう?私が入るまで持ち耐えてねって、言ったのに…」
「悪い、ちょっと先走ったようだ」
「本当よ…次は、気を付けてね」
「そうだな、善処する。…それでここは何処なんだ?」
灯りを頼りに部屋を見るも、見覚えのない部屋だ。
「ここはヨナの薬屋がやっている、治療院の部屋なの。薬師の人が貸してくれたわ」
「そうか…それで、今はもう夜なのか」
「ええ。貴方は1日近く眠っていたのよ」
「…そうか。ちょっと疲れたから、よく眠れたんだな」
「ばかね、何を言っているのよ。…本当に心配していたのよ?」
「あぁ…すまなかった」
「それで、どこか痛むところはある?一応、魔法で治癒はしたのだけど」
「いや、大丈夫だ」
「それなら良いわ」
「………。一つ聞きたいのだが、リュシアンは治癒魔法が使えるんだよな。森では話を流したが、治癒魔法が使えるのに、何故アーマーベアの時は使わなかった?」
「それは…私の魔力量は多くはないの。あの時は、もうアイテムを使い切って、その上魔力も殆ど残っていなかったのよ。アーマーベアを追っている途中でも、魔物が出ていたから。でもそれで、本番で魔力が足りなくなっては、本末転倒なんだけれどね」
「なるほどな」
「本当に、私もまだまだね…」
「でも今回は、俺を治してくれたんだ。礼を言う、助かった」
「それはいいのよ」
薄っすらと微笑んだリュシアンの影が、灯りの揺らぎに合わせて揺れた。
「それで、サーペントは?」
「問題ないわ。仕留めてあったから、ヤリフの街に回収を頼んだの」
「そうか。では明日、出発できるな」
「…貴方、体は良いの?もう1日、滞在しても良いのよ?」
「問題ない」
「…わかったわ」
「予定を狂わせてすまなかった。少々しくじったな」
「本当よ…死んでしまうかと思ったわ…」
リュシアンの影がまた揺れる。
「それよりも…リュシアンは眠ったのか?」
「…眠れる訳ないでしょう」
「もうすぐ夜明けだろう。明日の為に少し眠ってくれ。また歩き通しになるかも知れないからな」
シドの言い様に、リュシアンが苦笑したのがみえる。
「わかったわ。隣の部屋で眠るから、何かあったら起こしてね」
「ああ、お休み」
「…お休みなさい、シド」
リュシアンはそう言ってから、灯りを持って部屋を出て行った。その時にシドは、灯りに光った自分の剣を見付け、本当にすっかり迷惑をかけてしまったなと、ベッドに横になりながら反省しつつ、また眠りに引き込まれて行った。
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シドはベッドの上で再び目を開けた。部屋が薄っすらと明るくなっている、もう朝なのか。そう思い、シドは起き上がる。まず初めに、自分の体の感覚を確認するも、問題はない。
まだリュシアンは、眠っているのだろう。辺りは静かだった。
眠りを妨げぬよう、シドは静かに扉を閉めて外を目指す。知らない場所だが、大きくはない建物らしく、外へと続く扉はすぐに見つかった。
気配を消して外に出る。外は夏の空気を纏い始めていて、少し生温い空気をはらんでいた。もうすぐ真夏がやって来る、陽も長くなるだろう。
そんな何でもない事を考えつつ、建物の庭へ出た。
徐に手にしていた剣を見る。リュシアンがサーペントから回収してくれたらしい。最後は剣を握る力も尽き、剣を手放してしまった。この剣を見離してしまった気がして、心の中でコイツに謝っておく。
そして、朝の鍛錬を始めた。
「兄さん、もう大丈夫なのかい?」
シドの額に汗が滲みだした頃、そう声を掛けられた。
人が近づいてくる気配はしていたが、話しかけられるとは思っていなかった。
「ああ」
シドは、振っていた剣を止め、少し汗ばんだ顔を相手に向ける。見ると、白い清潔そうな長い羽織を着た年配の女性が、こちらを見ていた。
多分この人が、薬師だろう。
薬師に建物をかりていると聞いていたせいもあるが、女性の雰囲気でそう思ったのだ。
その女性はシドの返事を聞くと、薄っすらと笑みをたたえ一つ頷く。
「そうかい。冒険者は体が出来ているから、回復も早いんだね」
一人納得する薬師に、シドは話しかけた。
「部屋を貸してもらった様で、感謝する」
「あぁ、気になさんな。この町の者を助けてくれたんだ。当たり前だろう?」
「そうか。それであの場に居た者達は、大丈夫だったか?」
「彼らも無事さ。彼女が治療してくれて、命に別状はない。だが体力はまだ回復していないから、家で大人しくさせているよ」
それを聞き、シドは頷いた。
「まぁ…あの2人よりも兄さんの方が危なかった様だからね。自分で治癒した彼女も、ずっと心配していたよ。ちゃんとお礼を言っておくんだね」
「…そうする」
薬師は頷き笑顔を浮かべた。
「彼女を大切にするんだよ」
そう言って掌を上げた薬師は、朝食を持って行くから部屋で待っていろと伝え、庭を出て行った。
シドは言われた通り素直に部屋へ戻ると、部屋にシドが居ない事を心配していたリュシアンに怒られ、朝食を運んできた薬師に見つかって、笑われたのだった。
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店が開き始める時間になった頃、治療院と呼ばれる小さな建物に、昨日見た顔が現れた。
道を走って呼びに来た“彼”だ。そして、昨日の顛末を話してくれた。
「俺達は、狩人をしているんだ。普段は西の森で獣を獲ったりしている。だから、昨日も早朝から森に入っていたんだ。そして移動している時、いきなり魔物の気配が猛スピードで近付いてきて、逃げる間もなく、あそこで対峙する事になっちまった」
話を聞いている皆は、神妙な顔で頷く。
「弓で追い払おうとしてみたが、全く意味も無くてな。仲間が捕まっちまって、俺は一人、助けを呼びに町へ戻ったんだ」
ここまで黙って聞いていたシドが、声を発する。
「どうして俺達を追ってきた?」
「俺は前日、たまたま宿の前にある飲み屋で飲んでいて、兄さん達が宿へ入るところを見ていたんだ。“ああ、冒険者なんだろうな”って、雰囲気でそう思った。それを思い出して宿へ行ったら、もう出発したと言われたから、町の外へ向かって追いかけて、あそこで追いつく事が出来たんだ…何とか間に合って良かったよ」
彼はそう言ってから、本当に安堵した様に息をついた。
「西の森には魔物は出ないのか?」
シドは彼に尋ねる。
「いいや、魔物は出るさ。狩人は、魔物が町に来ない様に駆除する仕事も兼ねている。この辺りでは大物は出ないから、3人で組んで対処しているんだ。この町には冒険者ギルドも無いし、何かあると拙いからな」
シドは頷いた。
「でもまさか、サーペントが出るとは…。俺はもう、この町はおしまいだと思ったよ」
彼が初めて見たであろう大型の魔物は、よりにも寄って“サーペント”だった。動きも速く、捕食する量も多いであろうアレを見ては、そう思うのも至極当然である。
ましてや、アレが出てから他の街に助けを求めたところで、援軍が着いた頃には町は壊滅しているだろう。たかが魔物1匹だが、されど魔物1匹だ。
「だけど、却って兄さんにも酷い怪我をさせちまった様で、申し訳なかったな…。しかしアレを2人で倒すなんて、兄さん達は凄い冒険者なんだな。本当に助かったよ、俺達の恩人だ。有難うな」
本当はシド一人で倒したのだが、そこは言わないでおく。
「たまたま運が良かったからな。皆が無事ならそれで良い」
そう答えるに留めた。
隣でリュシアンが、呆れた目をシドに向けていたのは見えていない事にした。
こうして彼は、一通りの経緯と感謝の意を伝えると、足取りも軽く帰って行った。




