16. 続く災い
シドも身体強化を掛け、剣を抜き、ハンマークラブへ突っ込んでいった。
混雑する場所を避け、回り込む様に間合いを取って陣取る。
対峙するハンマークラブは大きい。腹回りの横幅は2m近い。そしてその左右には足が付き、頭上には威圧感のある鋏の付いた腕があり、巨大なそれを器用に上下左右へ振り回すので、近付くのもままならない。
冒険者達は2人1組で連携を取り、1匹に対して一人が前から気を逸らせている間に、もう一人が手足を落とし動けなくさせようとしているのだが、今回は大群であったことが災いし、密集して入り乱れ、連携が取れない様であった。
「数が多すぎるな…」
シドがそう、ひとりごちた時、ジョージクが叫ぶ。
「シドッ!!」
それを耳に入れたシドは、押されている冒険者達に群がるハンマークラブに、魔法を放つ。
「風の刃!」
以前、ジョージクと共に魔物討伐の依頼を、少なくない回数受けていた。最初の頃は各々で戦闘していたが、シドの風魔法でフォローを入れてもらいたい時、いつからか今の様に合図が飛ぶようになったのだ。
その風魔法が当たった魔物は、片側の腕や足を切り取られ体勢を崩す。
「今だ!!」
そこへ間髪入れず、ジョージクが冒険者達へ合図する。
「おう!!」
不安定な体勢になったハンマークラブに、冒険者が下から腹を刺し抜く。
―― ドーンッ ――
まずは1匹倒れた。
「やるぞー!」
「おおー!」
その声にシドは魔法を続けて放ち、冒険者達をフォローする。冒険者達も動きの鈍った魔物へ向かい雪崩れ込み、次々とハンマークラブは倒れて行く。
そして魔物達の間に隙間が生まれる。
その様子を確認したシドはそこから離れ、港へ連なる浜辺に続々と上陸してくるハンマークラブへ向かう。
港へ上がって来られると、街へ上陸されてしまう。今は冒険者達が港で留めているが、浜辺にもまだ数がいて、それが向かってしまえば港に居る冒険者達にも限界が来る。
シドは身体強化させた体に“風衣”を掛け、走り跳ぶ。
風衣はシドが編み出したもので、上昇する風を自身に纏わせる魔法だ。身体強化と共に使うと相乗効果が得られ、シドの動きが軽くなりスピードも上がる。
一気にハンマークラブの頭上まで飛び上がると、右側の手足に狙いを定め落下する。すれ違いざまにスピードの乗った剣を思い切り振り下ろす。
『ヒギャー』
切られた物は声を上げる。
シドは魔物の足元へ降り立つと、そのまま片足を軸に280度回転し身をかがめると、下から腹へと剣を突き入れた。
ハンマークラブは急所を突かれ、倒れる。
シドはそれを見定めること無く次々と剣を振い、魔物の中で踊る。
いつの間にかジョージクも合流し、浜辺ではシドとジョージクが剣を振っていた。
ジョージクは身体強化のみではあるが、持って生まれた怪力で、楽々とハンマークラブを大剣で往なしながら倒してゆく。
しかし浜辺からハンマークラブが一掃された頃
「うわー何でだよ!!」
「デカいぞ!」
「魔法が効かねぇー!!!」
港を任されていた冒険者達から声が聞こえてきた。
シドとジョージクがその声に目を向けると、海から直接港へ上がろうとする、他の個体よりも一回りは大きなハンマークラブが出てきたところだった。それの上陸を防ごうと、冒険者達が魔法を放っているが体に当たっても傷一つ付いていない。
“覚醒種” だ。
覚醒種は、魔物の中でその種族から時々出てくる個体で、他の物より大きく何かしらの特徴が出て、その種の上位的な個体となる。
この巨大なハンマークラブは、普通の魔法では当てても影響がほぼ無い様であった。これでは直接攻撃しか通用しない。
「これはマズイな…」
隣にいたジョージクが呟く。
見ている間にも、その巨体が港に上がろうとしていた。
ジョージクとシドがここから走っても辿り着く頃には、巨体は上陸し冒険者へ襲い掛かった後だろう。
それだけ港まで少し距離がある場所に立っていた。
シドは瞬時に動いた。
身体強化に風衣を纏い、その上に集中を重ねる。
途端、浜辺からシドが消える。
走り、跳びあがった動きは肉眼では捉え切れないほどの速さになり、次の瞬間には巨大ハンマークラブの頭上へ現れる。
冒険者達は皆、何が起きているのか解らずにそれを見るが、視えてはいない。
そして現れたシドは、巨大なハンマークラブが振り上げていた鋏の根元から垂直に一刀両断する。
着地するや、流れる様に腹の下へ沈み込むと、下から剣を突き上げた。
『ギィェーーー!!!』
人が瞬きする程の時間で、巨大ハンマークラブは奇声を上げ倒れた。
反撃する間もなく。
―― ドッドドーーンッッ ――
大きな音が去ると、辺りに波の音だけが残る。
シドはその時はもう、浜辺に戻っていた。
「ワーー!!」
「どうなってる!」
「やったかー!」
「何が起こった!」
「遅延で魔法が効いたのか?」
「終わったのか!!」
港で歓声が上がる。
シドは何食わぬ顔で港へ向かって歩き出す。遅れてジョージクも並んだ。
「……お前…何をした?」
「…ちょっと行ってきた」
やはりジョージクには気付かれてしまった。
「他の奴らは良く解かっていないだろうが。何か使ったろう?シド」
「……集中のスキルを使っただけだ。風魔法との相性が良くてな」
「…んん、そうか。…まあいいか。シドだしな、俺は驚かん…」
ジョージクは“なあなあ”で済ませてくれようとしているらしい。
「そんなスキル持ってたんだな」
と、ひとりごちている位で、特に突っ込んでこないでくれている。
「ここは“皆で片付けた”という事だ」
シドは余計な事は報告してくれるなよ と暗に伝える。
「そうかよ…。…そうだな、解った…」
ジョージクは “シドだから” という事である程度は大目に見てくれるようだ。大事にしたい友である。
シドがC級冒険者を頑なに続けている本当の理由を、ジョージクは知らない。だが、何かを察してくれているのか、その辺りに触れそうになると曖昧にしてくれる傾向がある。
ジョージクも何か訳ありの様だから、気持ちを汲んで気遣ってくれているのだろう。シドはそう思っている。
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シドとジョージクが港まで辿り着くと、冒険者達は浮かれた様子も無く、倒れたハンマークラブの解体処理を始めていた。これらは本日の報酬の加算になるので本気で対応している。皆、金は欲しいのである。
街に避難していた人達も、危険は去ったとばかりに近づいてきていて、自警団に止められている。街の人達も皆、タフである。
遅れてギルドマスターのアーロンとギルド職員が、港へ到着した。
アーロンは皆を一度見渡すと、怪我人は多少居るが大きな被害が出ていない事に安堵しつつも、ハンマークラブの数に目を見開いていた。
そして、まとめ役であろうジョージクを見付けると、近づいて来た。
「ジョージクお疲れ、良くやってくれた。こんだけの数を良く倒したなぁ。しかも何だ、あのデカイ個体は!覚醒種まで出ていたとは…。しかし俺が来るまでの間に良く終わらせたな…」
「まー皆でやればこんなもんだろ? 覚醒種は予想外だったが、まぁ…何とかなった、という事だ」
「応援の冒険者達を連れてきたが無駄足だったな。何にせよ、皆無事で済んで良かったよ……」
アーロンの疲れた声に、戦闘後の事を考慮し、死者や街の被害がでた場合の処理の事まで、気が及んでいたのだろうと推測できた。上に立つ者は色々と大変の様だ。
ジョージクの後方に居たシドは、話に入る事無く、魔物の後片付けをする者達に加わった。
いくらもう動かないとは言え、1匹1匹が大きく、それが50匹以上ゴロゴロしていては、いつまで経っても片付かない。
シドは、まだ発動していた集中を切ると、ハンマークラブの解体を始めた。
結局、応援で呼ばれた冒険者達は解体作業に加わり、程なくして全てのハンマークラブは、食材としての道を辿った。
街は多少の損害は出たが、街の者達は文句を言う事無く、冒険者達に感謝し食材に喜んでいた。
「本日参加した者達には、一律で報酬を出す。後でギルドへ来てくれ。あー纏めて来るなよ?事務がパンクするからな」
半分本気のジョークを交え、アーロンはギルドへ戻っていった。
10月6日補足:上記文中、戦闘中に回転するシドの角度についてご連絡を頂戴致しましたが、こちらは敢えてこの角度で記載しております。270度よりは魔物に対し鋭角に切り込んだ...という感じです。意図が解りづらい表現で申し訳ございません。ご連絡頂きありがとうございます。




