5
そのとき、あるフロアに気づいた。今まで通って来たところとちがい、そこだけが煌々(こうこう)と明かりが照っていて、大勢の人の気配がしたのだ。
「できた!」
「よし、こっちも頼むっ」
「チェックよろしく!」
――ん?
飛び交う会話を偶然聞いてしまい、妙に気になってしまったおれ。電灯の明かりにひかれた虫のように、ふらふらと引き寄せられ、室内をのぞいてしまった。
ただならぬ様子の人たちがデスクの上のパソコンに向かい、何やらキーボードをたたいている。殺伐とした雰囲気だ。だれもが真っ直ぐモニター画面を見つめ、何かをさがしているようだった。
そんな中、ひとりの女性に目がいった。
さっき会議室で、おれをスケッチした女性だ。他の人と同じようにパソコンを操作している。
へえー、ただスケッチするだけの人じゃなかったんだ。
普通の会社員みたいな仕事をしているところ、はじめて見たな。
いったい、ここはどんな仕事をするところなんだろう。
と、彼女のかたわらに男が立った。
男はかがんでモニターを見つめると、ひそひそ彼女に話しかけた。
二人はどんな話をしているんだろう。仕事の話だとは思うけど。彼女の顔が男のからだに隠れてしまったため、おれの方からは表情が見えない。うなずいているらしく、時折、彼女の頭が揺れている。
もしかして、さっき、おれに見せたような笑顔で話をしているんだろうか。
彼女がどんな顔をして、あの男と話をしているのか、なぜか気になる。怖いもの見たさというか、なんていうか……。
男が急に立ち去り、彼女の姿が見えた。
いきなり、こっちを向く。
おっ! おおうっ?
キッとにらまれるような予感がして、おれは一目散にその場を逃げ出した。
「おい、堀越」
堀越に追いついて、たずねてみた。
「さっきの、あそこのフロア、なんだったんだ? なんかすごかったけど」
堀越はきょとん、としたあとに「あー、あそこね。見たのかー」とうなずいた。
「バグをチェックしているんじゃないかな。納期が近いと、いつもああいうふうなんだ。気にしなくていいよ」
「へ、そうなん?」
「おう。うちビルは大きいけど、社員は二十人ぐらいしかいないからな。総動員して仕事をこなす場合があるんだ。吹けば飛ぶような小さな会社の性だよなあ」
「そんな。吹けば飛ぶようなって……」
どんなに小さくても、会社は会社じゃん。
と、言おうとして気がついた。
ああ。だから、おれをバイトに雇ったのか……。
ん? 待てよ。バイトなら、他にも宛があるだろう。どうして、堀越は、おれを誘ったんだ?
バイトを雇おうとして、たまたま目についたヤツがおれだった。という話ならば、わかるが……。
そういえば、なんでおれを雇ったのか、まだ理由を訊いていなかったな。
堀越を呼び止めようと、声を出した。
「あのさ、ちょっと訊きたいことがあるんだけど――」
しかし、だれかの声にさえぎられてしまった。
「陽一郎さん、いらっしゃい!」
かわいらしい、弾むような女の人の……というより、女の子の声。
「あっ」
気づくと、数メートル離れたところで、給湯室と表示された扉が開いていた。笑顔を浮かべた女性が、おれたちに向かって手を振っている。
ふわふわの綿菓子みたいな、ウエーブがかった髪が印象的な彼女。
もし彼女がラノベのキャラだったら、髪の色はまちがいなくピンクだろう。そう思った。




