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会議室とトイレ以外の場所へ行くのは、今回がはじめてのことだった。給湯室は一階上の三階フロアにあるらしい。
てっきりエレベーターで行くと思い込んだおれは、先に立って歩き、扉の前に立った。
すると、堀越に「こっち、こっち」と手招きされた。
「悪いな。エレベーターは来客時にしか使わないことになってるんだ。社員は、こっち」
堀越はすまなさそうに言いながら、エレベーターの隣にある階段を指さした。明かりは灯っているが、なんとなく薄暗い階段だ。
「どうして? あるのに……」
もったいないような気がして尋ねたら、堀越は小さく苦笑いをした。
「古いビルだから、光熱費がバカにならないんだってさ。それに節電にもなるし。チリつもだよ」
「ふうん、会社の経営って大変なんだなあ」
「おれも詳しくは知らないんだけどな。じゃ、行こうぜ。暗いから足、踏み外さないように気をつけろよ」
「うん」
堀越につづいて、おれも階段をのぼった。
この四階建ての昭和っぽいビル、堀越ビルヂングは、もともと堀越のお祖母さんの不動産だったそうだ。昔は借り手があったけど、バブルがはじけたあとの失われた十年のあいだに、入っていたテナントがどんどん撤退していった。
そして、お祖母さんが亡くなり、ビルをどうしようか持て余していたところ、離婚して家に戻ってきた堀越の母ちゃんが引継ぎ、キャラクター・ビジネスを起業したのだ。
はじめはファンシー文房具なるものをデザインしていたらしい。今では昨今のゆるキャラブームに乗っかって、グッズの他に着ぐるみ製作やゲーム・コンテンツまで手広く展開しているとのことだ。
学校で堀越にバイトの話を持ちかけられ、この話を聞いたとき、おれは正直すごいなあと思った。
堀越のおふくろさんは、先見の明があったのだ。
ふうん、バリバリのキャリアウーマンかあ。
パートをしながら、家でのんびり主婦をやっている、おれの母ちゃんとずいぶんちがってるな。公務員の妻だから、あたりまえかもしれないが。
――などと、ぼんやり考えていたら、とつぜん堀越の声がした。
「どこまで行くんだ? ぶつかるぞ!」
「へ? って……おうわっ!」
視界いっぱいに入ってきた、白に近いクリーム色。
ひいー、危ねえ。
堀越が声をかけてくれなければ、危うく壁に激突するところだった。
「佐古、何をやってたんだよ」
「え? あ、うん」
まさか、おまえの母ちゃんとおれの母ちゃんを比べていたんだよ。とは、言えず。
「あはは。うっかり、目をあけて寝てたよ」
と笑ってごまかす、おれだった。




