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クライマックスなう!~彼女の秘密とおれのうそ~  作者: このはな
1.トホホなおれのバイト始め
5/27

 会議室とトイレ以外の場所へ行くのは、今回がはじめてのことだった。給湯室は一階上の三階フロアにあるらしい。

 てっきりエレベーターで行くと思い込んだおれは、先に立って歩き、扉の前に立った。

 すると、堀越に「こっち、こっち」と手招きされた。

「悪いな。エレベーターは来客時にしか使わないことになってるんだ。社員は、こっち」

 堀越はすまなさそうに言いながら、エレベーターの隣にある階段を指さした。明かりは灯っているが、なんとなく薄暗い階段だ。

「どうして? あるのに……」

 もったいないような気がして尋ねたら、堀越は小さく苦笑いをした。

「古いビルだから、光熱費がバカにならないんだってさ。それに節電にもなるし。チリつもだよ」

「ふうん、会社の経営って大変なんだなあ」

「おれも詳しくは知らないんだけどな。じゃ、行こうぜ。暗いから足、踏み外さないように気をつけろよ」

「うん」

 堀越につづいて、おれも階段をのぼった。


 この四階建ての昭和っぽいビル、堀越ビルヂングは、もともと堀越のお祖母さんの不動産だったそうだ。昔は借り手があったけど、バブルがはじけたあとの失われた十年のあいだに、入っていたテナントがどんどん撤退していった。

 そして、お祖母さんが亡くなり、ビルをどうしようか持て余していたところ、離婚して家に戻ってきた堀越の母ちゃんが引継ぎ、キャラクター・ビジネスを起業したのだ。

 はじめはファンシー文房具なるものをデザインしていたらしい。今では昨今のゆるキャラブームに乗っかって、グッズの他に着ぐるみ製作やゲーム・コンテンツまで手広く展開しているとのことだ。


 学校で堀越にバイトの話を持ちかけられ、この話を聞いたとき、おれは正直すごいなあと思った。

 堀越のおふくろさんは、先見の明があったのだ。

 ふうん、バリバリのキャリアウーマンかあ。

 パートをしながら、家でのんびり主婦をやっている、おれの母ちゃんとずいぶんちがってるな。公務員の妻だから、あたりまえかもしれないが。


 ――などと、ぼんやり考えていたら、とつぜん堀越の声がした。

「どこまで行くんだ? ぶつかるぞ!」


「へ? って……おうわっ!」

 視界いっぱいに入ってきた、白に近いクリーム色。

 ひいー、危ねえ。

 堀越が声をかけてくれなければ、危うく壁に激突するところだった。

「佐古、何をやってたんだよ」

「え? あ、うん」

 まさか、おまえの母ちゃんとおれの母ちゃんを比べていたんだよ。とは、言えず。

「あはは。うっかり、目をあけて寝てたよ」

 と笑ってごまかす、おれだった。



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