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つまり、こういうことだ。
ただの専業主婦だとばかり思っていたおれの母ちゃんは、結婚前の若いころオケラヅカ歌劇団のオケラジェンヌだったのだ。しかも伝説のスターだった。
それから十六年後、堀越の写メにうつりこんだ、憧れの王子さまと瓜二つのおれを発見し、桃ちゃんは驚いた。いてもたってもいられず、堀越を通じてスカウト。仕事にかこつけて、おれを新しいキャラクターのスケッチ・モデルに起用する。
かいつまんで言うと、そのような経緯であった。
「だったら、はじめから真実を教える気はなかったんですね。春夏冬さん、隠すつもりだったんですか?」
「佐古くん……」
「口コミ宣伝という答えに、新キャラの開発。ミスリードさせようと思ったんだ。おれを雇った本当の理由を知られたくなくて」
桃ちゃんが息を呑んだ。
「おれ、一生懸命考えて答えを出したのに。それ、ずるくないですか?」
しばらく無言になる。
「佐古くん」
桃ちゃんは、つと顔をあげると、くちびるを尖らせた。
「だって、佐古くんったら、かわいいんだもん。お肌だってすべすべでキレイだし」
「ひえっ、マジですか?」
こんな反撃に出るとは。はっ、反則だよっ。大いに焦りまくる。
桃ちゃんは、悔しそうにうなずいた。
「マジだよ。パン太郎のイベントのときまで、佐古くんが女の子だったらいいなあと思ってたぐらいだもん」
「えっ、そんなに思いつめていたんですか?」
おれは「あー」と長いタメをつくってから話した。
「もしかして、あのとき控室に入ってこなかったのは、そのせいなんですか? おれが女の子だと、疑っているんですかっ?」
「ううん、もう疑ってない。むしろ、その逆」
桃ちゃんは即座に否定した。
「佐古くんが男の子なのはわかってる。控室のドアを開けたとき、見ちゃったから」
「はあ」
「やっぱり男の子なんだなあって、がっかりしたの。そう思ったら、自分のやったことが急に恥ずかしくなって。逃げだしてしまったの……」
あー、そうだったのか。
おれのせいじゃなかった。弾みでやってしまっただけなんだ。
彼女にペットボトルを投げつけられた理由がわかって、ホッとした。
「だけど、お願いだから、誰にも言わないでね! わたしが佐古くんの顔、すごく好きなことっ。歌野さんと重ねて見てたことっ」
と、これ以上ないぐらい真っ赤な顔をして懇願する彼女。
「年甲斐もなく大人げないことして、わたし後悔してます。ごめんなさい、佐古くん……」
さらに消え入りそうな声で言う。
おれの胸に、ずきゅん、と痛みが走った。
桃ちゃんが親切にしてくれたのは、おれ自身にではなく、おれの顔にだったのか。
かなりややこしいが、これほど明快な理由はない。すべて納得がいく。
ただ、一言。ミーハー魂、おそるべし。
失恋確定か……。
がっくりとうなだれる。
だが、待てよ。
「顔が好きだ」と言われて悪い気はしない。「顔だけが好きだ」と宣言されるよりは、断然いい。
そうだ、ポジティブに考えよう。こんなときほど、背筋を真っ直ぐピンと伸ばすんだ。
おれは胸を張って、桃ちゃんを見下ろした。
「いやです。おれ、口が軽いから。今だって、ほら! こーんなに口がむずむずしちゃったりしてー」
などと言って、うそぶく。もちろん、彼女の秘密をばらす気はない。
すると、次の瞬間、
「佐古くん、ひどい! こんなにあやまってるのにっ」
おれのおでこを目がけて、桃ちゃんの腕がサッと伸びてきたのだ。
「また、でこピンですか? ダメですよー。おれ、打たれ強いんですから。ちっとも利きませんって!」
余裕で軽く、ひょいっと避けた。
いや、避けたつもりだったのだが。デスクの足に自分の足を引っかけてしまった。
「あっ!」
バランスを崩し、両腕を左右に広げ、片足立ちになりながらも、必死に耐える。
「とっ!」
やはり重力には逆らうことができず、ぐらっと前にからだが傾いた。
その先には、なんと桃ちゃんが。
薄紅色の艶やかなくちびるが目に入る。
もっ、もしや……!
このパターンはっ!
ぶつかった拍子にキッスをしてしまう、嬉し恥ずかしの黄金パターンではっ。
よっしゃあ、クライマックスなう、だっ!
ドンと来おーい!
彼女と目があう。
そして……
――このあと、どうなったのかは、おれと彼女だけが知る♡
おわり




