25
翌日。学校が終わると、すぐバイトへ向かった。
今度こそ誰にも邪魔されたくなかった。固い決意を持って、会議室のドアノブを握る。
ドアをあけるのと同時に、前方を見据える。桃ちゃんがいつもの席に座っているのが見えた。
「春夏冬さん、おれ、わかってんですからね。宿題の答えがっ」
会議室へ入るなり、桃ちゃんへ詰め寄った。声に力が入る。
「答えはズバリ、口コミ宣伝ですね!」
「佐古くん……」
桃ちゃんはびっくりしたように目を見張ったあと、おれの名をつぶやきながら見上げた。
「ネットでパンダ傘について調べたら、一発で正体が判明しましたよ。あの傘は、よい子の動物園シリーズの新商品でした」
「うん、それで?」
「おれ、考えました。一介の高校生が、しかも男がですよ。あんな傘をさして街中を歩いたらどうなるか。もちろん、いい笑い者です。ていうか、実際そうだったし!」
あのときのことを今思い出してみても、めっちゃ恥ずかしいー。
おれは室内をうろうろ歩きだした。
「パンダ傘をさした男子高校生、つまり、おれを目撃した人たちは、家族や友達、恋人などにも話したはずです。今日、変な奴を見かけたよと」
行き止まりの壁まで行ってしまったので、やむなく振り向いた。桃ちゃんは胸の前で腕を組んでいる。
彼女を目指して、おれは歩みをすすめた。
「広告でパンダ傘を見つけたら、あの変な高校生が持っていたのは、この傘だった! と興味をさそわれますよね?」
「おそらく」
桃ちゃんは、こくんとうなずいた。
「口コミの宣伝効果はハンパないもの。通常の広告と比べたら効果は高いし、宣伝費も安く抑えられるしね」
とうとう白状したな。
「やっぱり……」
言わずにはいられなかった。気づいたときには、すでに愚痴をこぼしていた。
「ひどいじゃないですか、春夏冬さん」
おれは彼女の前に立った。
「親切に傘を貸してくれたのは、打算があったからなんですね。そうとも知らずに、おれは喜んだりなんかして……」
「ごめんね、佐古くん。お詫びのしようがないわ」
桃ちゃんも立ち上がった。
「でも傘がないと風邪をひくんじゃないかと思ったのは本当よ。ボールの跡が痛いんじゃないかと心配したことも」
「それだけじゃありません。おれと母ちゃんがそっくりだったからだ。あの星川なんとかと」
ついに核心に迫る言葉を口にする。
「どうなんですか、春夏冬さん?」
「あ、あのね……」
一瞬、手をあげて抵抗する気配を見せたものの、あきらめたらしい。桃ちゃんは途中で手を下ろした。それから、ぽつりぽつりと話しだす。
「凛々しくて、男らしくて。本当に王子さまみたいだったんだよ。歌野さんは、わたしの初恋の人だったの」
熱に浮かされているかのような発言に、思わずぎょっとする。
「へっ、初恋の人……?」
そこまで思い入れがあるとは予想していなかった。
だけど、桃ちゃんは気にもとめず、話を続けた。
「でもね、男役のトップになってからは、たったの一年でやめてしまって。わたし、すごく悲しかった……」
さっきと打って変わり、どよよーんとした重い雰囲気に。
「あ、春夏冬さん。そんなに気を落とさなくても」
「退団した理由が、やっとわかった。佐古くんの年齢と、ちょうど時期が重なるもんね」
おれのなぐさめの言葉など、彼女の耳に入っていないようだった。
「子供だっただけに、すごくショックだったんだよ。急にいなくなった理由がわからなくて」
「ふ、ふうん」
返事のしようがない。
「ははは……」
視線をそらし、苦笑するしかなかった。




