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クライマックスなう!~彼女の秘密とおれのうそ~  作者: このはな
3.彼女のひみつとおれのうそ
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 母ちゃんが倒れた? まさか、そんな。

 あんなに元気だったのに。


『おい、佐古! 聞いてるのかっ?』

 床に落ちた携帯から、堀越の声が流れてくる。

 おれはハッとして、携帯を拾い上げた。

「ああ、聞いてる。すぐに向かうよ」

『おう。おれも行くから。気をしっかり持てよ!』

「うん、サンキューな」

 携帯を切り、濡れたTシャツを脱ぎ捨てる。

 だけど、どういうわけか、それ以上、手が動かなかった。


 まるで冷たい水の中に全身が浸っているようだ。

 痛いのを通り越して何も感じない。


 とつぜん目の前を重いシャッターが下りたような気がした――。


「佐古くん!」


 バサッと何かが頭から降ってきた。反射的に、閉じかけたまぶたがひらく。手に取ってみたら、それはタオルだった。

「ボーっとしてるヒマないよっ。汗を拭いたら、はやく着替えて! わたしは車を玄関に持ってくるから」

 いつのまにか桃ちゃんがいた。彼女の方にも連絡が入ったらしく、すべてを承知しているかのようだった。部屋に置かれたパン太郎を段ボールの箱の中に詰め込む、彼女の姿が。

「春夏冬さん……」

 桃ちゃんを見たら、熱いものが胸にこみ上げてきた。視界がにじんで、声が漏れる。

「うくっ。うっ。も、戻ってきてくれたんですねっ……」

 のどを詰まらせながら言ったら、桃ちゃんは箱のふたを閉じて身を起こした。

「あたりまえだっつーの。こんなときに佐古くんをひとりにしないって」

 桃ちゃんはそう言って、Vサインをした。

 頼もしい言葉だった。おれはひとりじゃない。


「うう、ううっ。おれ、おれ……」


 ぜんぜんツイていない、おれの日常。

 こんなにもあっけなく、その日常が崩れるとは思っていなかった。

 なんの変わり映えのない日々を送るのだと信じていた。


 なのに、バカだよなあ。何を根拠に信じていたのだろう。おれの平凡な日常というやつは、ただ普通にあるんじゃない。周囲の人たちによって支えられ、守られていたのだ。こうして、自分の気づかないところで――。


「佐古くん」

 桃ちゃんがツカツカとやってきて、おれの前に立った。

「しっかりしなさい!」

 彼女の声がした瞬間、おでこがパチンと弾かれる。

「いでっ!」

 ズキズキする部分を手で押さえつつ、桃ちゃんの顔を見た。

「お母さんが待ってるよ。さ、はやく行こう。一秒でもはやく」

 と、おれに手を差しだした彼女。


 ああ、この手がおれを冷たい水の中から引き揚げてくれたんだ。


「はい、春夏冬さん」

 目元をこすって、おれはうなずき返した。



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