表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クライマックスなう!~彼女の秘密とおれのうそ~  作者: このはな
3.彼女のひみつとおれのうそ
22/27

21

 イベントが終わり着ぐるみを脱いだら、Tシャツが汗でぐっしょり濡れていた。

 冬でも着ぐるみの中は暑かった。風船配りをしているあいだ、ヘマをしないか焦ってたし。おまけに暖房がしっかりかかっていたからなあ。普段の数倍は汗をかいただろう。


「やれやれだ。やっと終わったかあ」

 控室に用意されていた椅子に、どっこいしょと腰を下ろす。

「へへっ」

 気持ちのいい疲労感だった。重い鎖から解放されたみたいだ。体が軽く感じる。

「ふうー」

 長い息を吐きながら、ゆっくり背中を倒し、椅子の背にもたれた。


 思いきって、やってみてよかったよ。

 あんなに喜んでくれたんだもんなあ。


 子供たちの笑顔を思い出し、余韻に浸っていたところ。

「佐古くん、おつかれさまー。入ってもいい?」

 桃ちゃんが外からドアをノックしてきた。


「はい、いいっすよ」

 と返事をしたが。どういうわけか桃ちゃんはドアの向こうから顔だけを出し、コンビニのレジ袋を差しだしたのだった。

「水分補給用に、スポーツドリンクを買ってきたよ」

 廊下に立ったままで、中に入ってこようとしない。まったく意味不いみふな行動だ。


 今度はなんだってんだよ。

 うーむ、女の人は何を考えてるのかわからんなあ。 


 おれは立ってドアに近づき、桃ちゃんの背の高さにあわせてかがんだ。

「ありがとうございます。念のために訊きますけど、またパンダじゃないですよね?」

「あっ、あたりまえじゃない。そこまで用意周到じゃないわよ」

 桃ちゃんは口を尖らせた。でも次の瞬間、

「あ、だけど、そのアイディアすてきだね。今度は飲料メーカーとのコラボを提案してみようかな……」

 と、ブツブツ言い出す。

 おいおい。油断も隙もないよ、ほんとに。

「今終わったばっかなのに、また仕事の話ですか? 少しぐらい休憩させてくださいよ」

 おれが愚痴ったら、桃ちゃんは「あはは」と笑った。

「佐古くん、がんばったもんね。本当にありがとう。君に頼んで間違いなかったわ。ちゃんと期待に応えてくれたし」

「それ、いやみですか?」

「ぜんぜん。佐古くんがステージの上から転げ落ちたことなんか、わたし覚えていないよ」

「やっぱ、いやみじゃないですか!」

「いやみじゃないわよ。転んだおかげでウケたんだから、みんな演出だと思ったんじゃないかな。わたしと君を除けば、だけどね!」


 なんじゃ、そりゃ。おれが何かやらかすと、確信していたわけか。

 それって、ほめられてるのかなー。

 これも桃ちゃんなりのほめ方だと思えばいいかー。などと、勝手に納得のいく答えを出す。


「それより、中に入ってきたらどうですか? 他の人が見たら、変に思いますよ」

 しばらく会話を続けても、桃ちゃんは未だ部屋に入ってこようとしないので、何気にそう言ってみた。

「え? う、うん。入りたいのは、やまやまだけど……」

 桃ちゃんの声の調子が少し重くなったのを感じた。歯切れが悪い。

 いつもの彼女らしくない。

「どうしたんですか?」

 心配になったおれは、その理由を考える前に彼女に問いかけた。

 

「佐古くん、汗をいっぱいかいてるから……」

「はあ」

「わたし……」

 声が小さくて聞きとれない。

「ん? なんて言ったんですか?」

 かーっ、じれったいなあ!

 ドアの端を右手でつかみ、手前に大きく引こうとしたら、

「いやっ!」

 桃ちゃんはコンビニ袋をおれに向かって投げつけた。

「うわっぷ!」

 おそらくペットボトルだろう。おれの鼻先をかすめたあと、ガコン! と大きな音を立てて袋ごと床に転がった。


「ごっ、ごめんなさい、佐古くん! また、あとで来るからっ」

 彼女は早口でまくしたてると、強くドアを叩きつけた。それはもう、本当に、ものすごい勢いで。

 バタバタと足音が遠ざかっていく。


 おれの心の中を、ぴゅーっと冷たい北風が通り抜けていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ