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「えっ?」
桃ちゃんは、なぜだかぎょっとして、おどおどしだした。
「べっ、別に。理由なんか何もないわよ」
と言いながらも、目が泳いでいる。
むむっ? かなり、あやしい反応だぞ。
おれは、もうひと押しすることにした。
「いーえ、だめです。教えてください。ていうか、おれには答えを知る権利があります!」
「どっ、どうしてよっ?」
「決まってるじゃないですか! おれは、パンダ傘をさして家に帰った男なんですよ? みんなに笑われて、恥ずかしかったんですからっ」
桃ちゃんは、しばらく考えたあと、おれを見た。
「そうだよね。確かに、佐古くんには知る権利がある」
「じゃあ、教えてくれるんですね?」
「だめ!」
桃ちゃんは首をブンブンと横に振った。
「わたしだって、恥ずかしいんだもの。絶対、無理!」
「そこをなんとか!」
たくっ、強情だなあ。彼女の心の内を知りたいと思うのは、いけないことなんだろうか。
互いに、にらみ合う。
桃ちゃんの方が先に「ぷぷっ」とふきだし、二人してけらけら笑いあった。
ああ、いい笑顔だなあ。
大好きな笑顔だ。
おれたちの笑い声で、部屋が満ちる。
しばらくして真顔に戻ると、彼女はぽつりと言った。
「もしかして、気にしてくれているの?」
「えっ?」
「わたしが、いつも忙しくしてることを」
「あ、まー、はい。なんていうか……」
おれは頭をかいた。
「もっと仕事を減らせばいいのに、と思います。アシスタントが必要なんじゃないかと、堀越から聞いていたので」
桃ちゃんは、「ふう」と息を吐いた。
「そうだよねえ。いつまででも、わたしが忙しくしてたら、佐古くんの立場がないわよね」
「おれ、別に、そういうつもりで言ったんじゃあ……」
「いいの、本当のことなんだから。だけど、このスケッチの仕事、わたしにとっては大切なんだ。途中ではやめられない。でも、他の仕事も手を抜きたくないし。困ったなあ」
「そうですか。わかりました……」
と引き下がったものの、この機会を逃したら今度はいつ話ができるのか。
どうして、おれを名指しで雇ったのかも気になるし。アシスタントが欲しいだけならば、誰が来てもいいだろうし。
やっぱ、めちゃくちゃ気になることだらけだっ。
「じゃあ、せめて、どうしてスケッチをするのか教えてくれませんか? おれ、理由を知りたいんです」
遠まわしに訊けば、彼女の真意を確かめることができるかもしれない。そう思ったおれは、質問を変えてみた。
それが功を奏す。
「あ、そっかあ。言われてみれば、そうだよねえ。まだ話してなかったんだっけ」
桃ちゃんは笑ってうなずいた。
「わかった、教えてあげる。ただし、わたしの出す宿題ができたらね。答えがあってたら、教えてあげてもいいわ」
「へ、宿題?」
「別にいいじゃない。このぐらいの意地悪、したってかまわないでしょう? ねえ、いいわよね?」
と間近に迫る桃ちゃん。有無を言わせない迫力だ。
「は、はあ……」
これは思わぬ展開になってしまったぞ。質問を投げかけたのは、こっちだっていうのにさ。
しかし、ここは承諾するしかない。
「いいですよ。そのかわり約束、忘れないでくださいね!」
けれども、その宿題とは、ちょっと変わった内容だった。




