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 さいわいにして、桃ちゃんとやつの会話はすぐに終わった。一言、二言、言葉を交わしただけで、二人は離れた。そのおかげで耳にふたをする必要は、なくなったのだけど。

 ――くっそ面白くね。

 おれはハサミに恨みを込めて、ジョキジョキ両面テープを切り続けた。


 恋愛経験値ゼロのおれにも推測できる。桃ちゃんは、やつのことが好きなんだ。

 おまけにやつも、桃ちゃんのことをにくからず思っている……――。

 つまり、二人は両想いってわけか。


 ちらっと再び、桃ちゃんの顔を盗み見る。

 桃ちゃんは作業に没頭しているようだった。せっせとテープをメッキ品に貼りつけては、目視チェックを行っている。先ほど、やつに見せた笑顔はどこへやら。真剣そのものだ。


 あー、くっそ。なんだよ、この敗北感は。

 なんで、こんな辛気くさい思いをしてまで、働かなくちゃならないんだろう。うんざりだよ。


 もう、やめた!


 ついにおれは、ハサミを机の上に置いた。


「佐古くん、どうしたの?」

 桃ちゃんが手を休め、心配そうに尋ねてきた。彼女の大きな瞳には、まったく陰りがなく、本当に心配してくれているのだと悟ることができる。

 何も知らなかった今までのおれだったら、飛びあがって喜んだことだろう。クライマックスなう! ってさ。ところが、そうはかんたんに問屋をおろさないぜっ。

 

「ふっ」

 ありがとう、桃ちゃん。いい夢を見させてくれて。

 おれは一歩、大人になったんだ。現実というものがなんなのか、つくづく思い知らされたよ。


 だからといって、おれは泣いたりなんかしない。こんなにもたくさんの人目があるところで。しかも、告白する前にフラれてしまった、女の人の前なんかで……。そのくらいの分別ならある。

 とりあえず、余裕のあるふりをしておこう。

 限界ギリギリまで、顔の筋肉のちからを抜く。

「ふっ」

 桃ちゃんは小首を傾げた。

「何かあった? 変な顔で、ため息なんかついて」

「変な顔だなんて。普通の顔をしているつもりですけど。きっとマスクのせいで、わからないんですよ」

 と自嘲気味じちょうぎみに返事をするおれ。

「だって、眉間みけんにしわが寄ってるし。もしかして、ボールの当たったところが痛いんじゃないの?」

 おれは、ゆるゆると首を横に振った。

「だいじょうぶです。痛くはないので、気にしないでください」

「え、そ……う?」

 桃ちゃんは、ためらいがちに答えた。彼女の顔がたちまち曇る。

「わかった。もし、気分が悪くなったり、痛くなったりしたら、すぐに言ってね。ガマンしたらダメだよ」

「春夏冬さん……」


 けれど、おれは、素直にうなずけなくて。

「すいません。ちょっと。トイレに行ってきます」

 作業を中断したまま、席を外した。


 ふっ、ううええん!

 おれ、今、どんな顔をしているんだよっ?

 

 目と鼻の奥が、じわりと熱くなってきた。



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