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軟式ボールとはいえ、その破壊力は侮れなかった。おれの左の頬には、くっきりとした跡が残ってしまったのだ。
「さっ、佐古くん?」
桃ちゃんはおれの顔を見た瞬間、あんぐりと口をあけた。
「こ、こんちわっす」
会議室の出入り口で、軽く会釈をする。
「あ、えーと、ですね。そのう」
と、しどろもどろ。さっそくパンダ傘について質問するきっかけを失なった。
まー、正直、驚かれるとは思っていたけれど。彼女の反応を目の当たりにするのは、けっこうキツイ。
おれのこと、なんてどんくさいヤツなんだと思うだろうなあ。
ところがだ。
「これは、えっとですね。学校で体育の時間に――」
あざの理由を言いかけたら、桃ちゃんは手に持っていたファイルをデスクの上に放り投げたのだった。
「どうしたの、それっ」
ダダーッと駆け寄り、ピタッと、おれの両頬に手を添える。
い、うええっ?
直に触れた、彼女の手の柔らかさと温もり。
おれの体は、たちまち熱くなった。
「やだ、ひどいじゃない。ボールの跡?」
情けないやら、恥ずかしいやら。だけど、むちゃくちゃうれしい。いろんな感情がおれの中でぐるぐる混ざり合っている。いつビッグバンが起こってもおかしくないぐらいカオスだ。
「痛そう。だいじょうぶ……?」
ぐっと身を乗り出し、大きな瞳でおれの顔を覗きこむ。桃ちゃんは角度を変えながら、左右まんべんなく、おれの顔を観察した。
「は、はい……。なんとか……」
おれは大ウソつきだ。息がかかりそうなぐらいの至近距離でいながら、だいじょうぶなわけがない。ほんの少しかがんで顔を傾ければ、彼女の前髪にくちびるが届きそうだっていうのに。
あー、いい匂いだ。甘い蜜の匂いがする。
シャンプーの香りなんだろうか。
夢を見てるみたいだなあ。
スウーッと大きく、鼻から息を吸い込む。
すると、彼女の口角がニッと上向きになった。
「よかった、思ったより腫れがひどくなくて。マスクでかくせるから、いいわね」
「え?」
「さっき集合がかかったの。できるだけ人手が欲しいんだって。佐古くんも行くわよ、今すぐに!」
その一言で、一気に夢から覚める。
はあ、そうですか。どうせね!
桃ちゃん、君はずるい女だよ。若い男をこんなにもどぎまぎさせるなんてさ……。
なんか、どっと疲れてしまった。




