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ことの発端は、一週間前――。
体育の時間、隣のクラスとソフトボールの試合をすることになり、おれと堀越は同じチームに振り分けられた。野球部員がチーム内にいるのは心強いものだ。
「――ということが、あったんだ」
安心してベンチでチームを応援しつつ、堀越にパンダ傘の一件を小声で話した(ただし、胸きゅんはのぞく)。
「よかったな、佐古!」
堀越は最後まで話を聞き終えると、満面の笑みを浮べ、おれの肩をポンとたたいた。
「よせよ、冷やかすのは」
照れくさいのをごまかし、憮然とした態度で答える。
堀越はますます調子に乗って、白い歯を見せて笑った。
「そんな顔をするなよ。本当はうれしかったんだろ?」
心臓がぴょこん、と跳ねる。
「うっ」
「うれしくなかったとは言わせないぜ?」
「うー」
痛いところをつかれてしまった。
確かにうれしかった。うれしかったのは事実なのだが……。
「はあ」とため息をこぼす。
堀越は不思議そうな顔をした。
「おろ? 気になりますなあ。その反応」
「だってさ、パンダだったんだぞ。春夏冬さんの指導があった手前、風邪をひけないから。傘をささないわけにはいかなかったし」
「うーん」
「いったい、どういうつもりであの傘を貸してくれたんだろう、あの人は。おれ、ぜんぜんわかんないよ」
「べつに他意はないと思うけど。春夏冬さんのことだし」
グローブをあごに置いて考え込む堀越。
「ただ、親切にしてあげただけじゃないのかなあ」
考え込んだ割には、普通の答えだった。
がっくりとうなだれる。
「そうかなあ。だったら、いいけど。わざとやってるんだとしたら、おれ、きっと立ち直れないよ……」
「おいおい!」
堀越は、あわてた。
「佐古、そんな理由でバイトをやめるなんて言わないよな? 気になるんだったら、本人に訊けばいいじゃん」
「春夏冬さんに?」
「おう。そのくらい訊けるだろう? 仕事中でもさ」
「う、うん……」
はたして、彼女から答えを訊きだせるだろうか。
どんなに考えても無理だ。きっかけをつかめるか、どうかさえも自信がない。
「わかった。訊いてみるよ」
と返事をしたものの、そのことばかりが気になって……。
「おーい、ライトー! 行ったぞーっ」
白球が弧を描き、おれに向かって飛んでくることに気づかなかったのだ。
「だいじょうぶか、佐古っ?」
そのあと、おれが保健室に運ばれたのは、言うまでもない。




