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29話:炎竜と氷



「ふーん、イデアの街は有名な仕立屋があるんだ。見てみたいなぁ」


 ソファの上でイデアの街についての本を読みながらクロアはそう呟く。

 劇団が多く集まる街である為か、イデアには劇で用意する為のセットや服など、あらゆる物を作る店が揃っているらしい。

 氷の造形が主な魔法であるクロアとしては、それは是非とも見てみたい内容であった。


「でもアシリギはこういうの興味ないかなぁ? いや、資料とかって言えば行かせてくれるかも……」


 次の目的地はイデアかも知れない為、クロアはつい街へ行った際のことを想像してしまう。アルファルマを去ることが寂しいと思いつつも、新たな街への好奇心が勝ってしまう為、どうしてもそんなことを考えてしまうのだ。


「にしても、あいつずっと製作してるけど大丈夫なのかな?」


 ふとクロアは部屋の奥の方にある作業場の方に視線を向ける。そこではアシリギが熱心に製作しており、凄まじい集中力で手を動かしていた。先日何かを閃いて以来、彼はずっとあの調子で制作に没頭しているのだ。


「出来たーーー!!」

「……!?」


 突如、部屋の奥でずっと作業を行っていたアシリギが大声を上げる。その声にクロアは跳び上がり、思わずソファから落ちそうになってしまった。


「出来た出来た出来た! 完成だ! 完成したぞクロア!!」

「え、えっ、な、なになに?」


 急にアシリギはドタバタと騒ぎ出し、クロアに何かを自慢するように詰め寄って来る。その仕草の意味が分からず、クロアはただただ混乱することしか出来なかった。

 どうやらずっと製作していた絵が完成したらしい。アシリギの作業場には大量の紙が敷かれており、その中心にある一枚を彼は指差している。


「見ろ! これが俺の渾身の作品、〈炎竜と氷〉だ!!」


 ドタドタと慌ただしい足音を立てながら作業場に移動するとアシリギは作品を手に取り、作品名を叫びながら堂々とクロアに見せつける。そこにはあの炎竜マガフレギアが君臨する姿と、氷の世界が広がっていた。

 マガフレギアはクロアが実際に見た時と同じくらいの迫力があり、鱗の一つ一つ、更には首筋から目玉まで、全てが細密に描かれていた。色合いもまるで本物のように鱗の部分は刺々しく、柔らかい腹部などはなめらかに着彩されている。その姿はまさしく伝説の竜と称するにふさわしい程禍々しく、そして美しいものであった。

 だが今回の作品はそれだけでなく、マガフレギアが君臨している大地には巨大な氷の山が幾つも出来ていた。マガフレギアが炎を象徴しているのに対して、氷の大地はまるでそこだけ別世界のように存在感を出している。そしてその中心には、竜を迎え撃つように人影が描かれていた。


「お、ぉ……ぉぉぉ~~~」


 クロアはその絵を見た瞬間、思わず感嘆とも取れない意味不明な声を漏らしてしまった。それはアシリギの絵のあまりの完成度と、その美しさからつい出てしまった声であった。


「す、すごい……よ。うん、本当に。こんな綺麗で迫力のある絵は魔国でも見たことない」


 コクコクと頷きながらなんとかそう言葉を絞り出し、クロアは感想を言う。だがあまりにもその作品の完成度が高い為、その先の言葉が続かなかった。とりあえず再度絵を凝視し、どのように構成されているのかを観察する。


「へぇ、鱗の部分は岩絵具使ってるんだ。素材の雰囲気が出てて良いね。氷の方は水彩なんだ。透明感が出ててすごく綺麗だよ」

「フッフッフ、そうだろう。そうだろう」


 クロアの感想を聞いてアシリギは両腕を組みながら満足そうに頷く。その様子は普段のいい加減な態度ばかり取る彼とは違い、まるで子供が褒められることを喜ぶように生き生きとしていた。


「あれ? ……っていうかこの氷……もしかしてここに居る人影って、私?」


 まじまじと観察を続けていたクロアは描かれている氷の世界が自分の魔法と似ていることに気が付く。更によく見てみると、この絵はあの時マガフレギアと戦っているクロアの状況とよく似ていた。


「ああ、よく気付いたな。あの時のクロアをイメージして描いたんだ。竜だけじゃなんか足りなくてさぁ、炎との対比にもなると思って」


 どうやら描かれている氷はあの時クロアが魔法で発動した氷をイメージしているらしい。確かに人影の形は大人ではなく、小さな子供のように見える。

 描かれている人影が自分をイメージしていると知ってクロアは複雑な気持ちを抱く。嬉しいような、恥ずかしいような、反応に困る気持ち。しかも相手が変人のアシリギである為、彼が真剣なのかふざけているのかも分からなかった。


「ええ~、なんか、恥ずかしいんだけど……」

「何言ってるんだ。めちゃくちゃ綺麗だろ。巨大な竜に立ち向かう影、炎と氷の共存、人智を超えた生物……! 完璧だ。初めて満足いく作品が描けた気がする」


 グッと拳を握り締め、アシリギは絵に込めた自分の思いを語る。それを聞くとクロアは何だか自分のことも褒められているように感じてしまい、少し顔が赤くなった。


「お前のおかげだよ。クロア。俺は竜のことばっかり考えてたから、周りのことが見えてなかった。クロアが助言してくれなかったら、俺は竜と対比になる存在を作るってのをも思いつけなかった」

「っ……そう言われると、ちょっとは嬉しいかな」


 急にアシリギが真面目な顔をしてお礼を言ってくれる為、クロアは顔を背けてしまう。

 アシリギは普段はふざけているが、何かを実行しようとする時はとことん貫き通す。それは自分がやりたいことはやるという信条を持っているからだ。だから感謝する時は素直に感謝する。それがあまりにも真っすぐである為、クロアは逆に恥ずかしかった。


「いやー、完成して良かった良かった。俺の今まで描いてきたものの中で一番良い出来かも知れないな」


 アシリギは満足げにそう言いながら自分の荷物の中から黒いケースを取り出す。それはいつか見た、クロアの祖父から貰ったと言っていたケースであった。


「あ、それって、ポートフォリオ?」

「ああ。師匠から貰ったやつだ。ようやくこれに作品を入れる時が来た」


 人生の作品集を完成させた時、光り輝いて何かが起こると言われている謎のアイテム。アシリギにとってこれは師匠に対して自分の成長を証明するものであり、完成させれば一人前になれるという目標であった。

 そのケースに、とうとう最初の一ページを入れる時が来た。

 アシリギは珍しく緊張した様子でケースに作品を入れる。そして留め具で固定した瞬間、真っ黒なケースが一瞬眩しく輝いた。


「……! おぉ!」

「わっ……!!」


 それは本当に一瞬の出来事であったが、確かにケースは光を発した。まるで足りなかったピースが一つ埋まったような、確かな手応え。それをアシリギはしっかりと感じていた。


「これが、俺の最初の一ページだ。ここから人生の作品集を完成させる」


 ケースを閉じ、ぐっと拳を握り締めてアシリギは自分の目標を再確認する。

 いつか師匠に出会えた時、自分がどのような生きざまを貫いたかを見せつける為に。あの時の少年がどれだけ変わったのかを教える為に。アシリギは芸術師の道を突き進む。


「と言うことは、いよいよ行くの? 次の街に」

「ああ……目的も達成したからな」


 アルファルマで描ける絵は殆ど描き、長い間狙っていたダンジョンの主とも遭遇することが出来た。そして人生の作品集の一枚を完成させたのだ。もうこの街に留まる理由はない。新たなステップへと進む為に、次の街を目指す。


「次の街はイデアだ。さぞかし賑やかな劇が見られるぜ」


 ニヤリと笑みを浮かべ、アシリギはケースを鞄の中へとしまう。クロアもその言葉を聞いて目を輝かせ、新たな世界に胸を高鳴らせた。

 変わり者の芸術師は、その歩みを着々と進めていく。




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