27話:主役と敵役
「ん~、こっちのフルーツは美味しいものが多いねぇ。甘くて蕩けちゃいそう」
「お前はホントにうまそうに食べ物を食うなー。見てて気持ち良いわ」
「だってホントに美味しいんだもん」
小さい身体からは想像出来ないほどクロアはモリモリとフルーツを食べていく。彼女にとって人族の世界の食べ物は未知な味のものばかりの為、ついついたくさん食べてしまうのだ。
「そういえば街の人達が噂してたよ。イデアの街で〈劇団祭り〉がやってるって」
ふとフルーツを頬張りながらクロアが思い出したかのようにそう言う。それを聞いてアシリギもピクリと肩を揺らして反応を示し、口を付けていた果実を思い切り齧った。
「ああ、マリーが言ってたやつか……」
「結構評判良くて、商人達も次はそこに向かうつもりなんだって。良いよねぇ。私も久々に劇観たい」
以前女神官のマリーが言っていた劇団祭り。数年に一度しか行われない大行事が今イデアの街で開かれているらしい。クロアはそれに興味があるらしく、天井を見上げてほぅと息を漏らしていた。
「観たことあるのか?」
「うん、魔族の劇だけどね。迫力があって面白いんだよ~。主役がやっぱり格好良くてさ~」
どうやらクロアは故郷で何度か劇を観たことがあり、結構気に入っているらしい。アシリギも数回なら勉強で観たことはあるが、まだ彼女程興味を抱いてはいなかった。
「劇なぁ……確かに劇団祭りってのは中々見れないし、興味あるな。次の目的地はイデアにするか」
手に顎を乗せ、テーブルに肘をつきながらアシリギはふとそう言葉を零す。それにクロアは反応し、フルーツを食べていた口をピタリと止める。
「え、移動するの? アルファルマから?」
「ああ。元々ここも少しの間滞在するだけの予定だったからな。もうあらかた資料は揃ったし、念願のダンジョンの主とも会えた。思い残すことはない」
まさかアルファルマの街を離れるとは思っていなかった為、急な通告にクロアは戸惑う。
「えー、せっかく慣れてきたのにぃ、もう次の街に行っちゃうの~?」
「なんだ? 随分とアルファルマが気に入ったみたいだな」
「まぁ、多少はね」
クロアからすればアルファルマの街はアシリギと出会った場所であり、明確な目的を持てるようになった記念の街でもある。少し前では伝説の竜とも戦ったばかりの為、色々と思い入れがある。知人も多く居る為、出来る事ならもう少し滞在したいのが本音であった。
「別にすぐ移動するわけじゃない。俺だってまだ製作途中だし、それが終わってからだよ」
「ふーん、でもちょっと寂しくなるなぁ。新しい場所に行くのは楽しみだけど」
アシリギの言葉を聞いてクロアは少し安堵し、再びフルーツを食べ始める。シャクシャクと気持ち良い音が響き、アシリギもお代わりのフルーツに手を伸ばした。
(イデア……劇団祭り。マリーの話だと〈歌姫〉が居るらしいが、本当かね)
フルーツを食べながらアシリギは神官のマリーに言われたことを思い出し、思考する。
歌姫と言えば聞いた事もない美声を持つと噂されている女性だ。旅の劇団に所属している為、その姿を見ることは滅多にないと言われており、ただの噂なのではないかとも言われている。
アシリギも多少はその存在に興味を持っており、出来ることならどのような容姿をしているのか、どれ程の歌声なのか体験したいと思っていた。
(だがその前にはまず、今描いてる絵を完成させないとな)
アシリギは瞼を閉じてふぅと深いため息を吐く。
結局のところ今考えていることは全部予定であり、絵が完成しない限り何も始まらない。今悩んでいる部分を解消しなくては次のステップには一生進めないのだ。
「それでさ、その劇の主役も良いんだけど、やっぱり敵役が居るとなお栄えるんだよー」
話は劇の事へと移り、クロアは昔観た劇の感想を言う。アシリギも魔族の劇は貴重な資料となる為、お茶を飲みながらその話を静かに聞いていた。
「ほーん、敵役が。意外だな。ああいうのって大抵やられ役になるんじゃないのか?」
「いやいや、ちゃんと敵役にも魅力があるんだよ。それにほら、単に敵じゃなくて、ライバルってのもあるじゃん? そういうのが燃えるの」
アシリギの中でイメージしている劇では主役がとにかく派手で、それ以外の役は主役を引き立てる為のもの、と考えていた。だが意外にもクロアは主役の反対とも言える敵役について熱弁しており、むしろそちらの方が気に入っているようであった。
「そりゃ主役は重要だけどさ、他の役が居るからこそ主役って目立つじゃん。敵役が居ることによって主役の魅力もより引き立てられるし、そっちの方がドラマがあるでしょ」
「ん……あー、なるほど」
ふとアシリギは何かに気付いたように顔を上げ、自分の製作途中の絵に視線を向ける。そして考え込むように目を細めると、うんうんと頷いた。
「そうか、主役だけじゃダメだったのか」
アシリギは急に納得したように表情を明るくする。その突然の変化についていけず、クロアはフルーツを手にしたままキョトンと彼のことを見上げていた。
「そうだ。そうだ。閃いた! おおー、これならいける!」
「ど、どうしたの?」
「いや、答えが出たわ。サンキュー、クロア」
そう言ってアシリギは椅子から立ち上がり、作業場へと戻っていく。よほど良い事でも思いついたのか、その表情は子供のようにキラキラと輝いていた。
クロアはその姿を見送り、口に付けたままだったフルーツを齧る。それからゆっくりと噛んで飲み込むと、短くため息を吐いた。
「全く、変な奴……」
クロアの方が見た目的にも年齢的にもまだ幼いというのに、アシリギを見ているとまるで姉にでもなったような気分になる。クロアよりもアシリギの方がよっぽど子供のように無邪気で自分勝手なのだ。
そんな妙な感覚を抱きながらも、クロアはどこか楽し気に彼の様子を眺めていた。




