25話:お出かけ
竜の騒動が起こってから数週間後、ようやく街でのお祭り騒ぎも落ち着き、アルファルマは普段の平穏な街へと戻っていた。
クロアもこの数週間で大分街の雰囲気にも慣れ、最近では一人で出歩けるようにもなった。もっともそれはアシリギが絵の製作に集中している為、二人で外出する機会がないだけだからだが、それでも彼女は気ままな散歩を楽しめるだけの余裕は出来ていた。そして今日もまた、アシリギの部屋に居ても窮屈なだけな為、彼女はのんびりと街を散歩する。
「ふんふんふ~ん」
アシリギから貰った帽子を被り、鼻歌を歌いながらクロアは道を進む。
特に目的地はないが、それでもアルファルマの街は歩いているだけで様々な店が見れるし、変わった建物などを発見することが出来る。時には美しい景色にも出会える為、クロアにとっては十分実りのある時間であった。
「お、クロアちゃんじゃないか」
「おじさん、こんにちはー」
ふとクロアは果物の屋台を出している優しい顔つきをした男に声を掛けられる。彼はアシリギの知り合いであり、クロアもこの何日か顔を出している店であった。
この数週間でクロアも大分住人に顔を覚えられ、挨拶をし合うくらいの仲になったのだ。最初はアシリギの助手として変人なのかと警戒していたが、今では十分交流を持った為、街の人はクロアにかなり優しい。
「今日はアシリギの奴は一緒じゃないのか?」
「うん。絵の製作に忙しいみたい。一日中描いてるよ」
「は~、相変わらずだな。あいつも」
現在アシリギは例の竜の絵の製作に集中しており、寝る間もなく描き続けている。その集中力は凄まじいもので、クロアからすれば竜と対決していた時よりも迫力があった。そのことに何だか複雑な心境を抱くが、とりあえずクロアも芸術家の一人ではある為、アシリギのことを応援していた。
「クロアちゃんも大変だろう? あんな変わり者の助手なんて」
「んー、確かにね」
屋台の男はカウンターにひじ掛けながら尋ね、クロアもその質問に品物を眺めながら答えた。
アシリギはとにかく変わり者だ。その変人ぶりは街の多くの人達に広まっており、冒険者達にすら警戒する相手として認識されている。
とにかく普通ではなく、その影響はパートナーであるクロアが一番多く受けていた。
「この前なんか絵の具に必要な魔鉄岩を取って来いって言われたからね。そんな貴重なの簡単に手に入るわけないじゃん。他にも急に出掛けるとか言って一日戻ってこないこともあったし、行動に脈略がなさすぎ!」
アシリギとの生活はクロアにとってとにかくハチャメチャだ。絵の製作中は静かだというのに、急に何かを思いつくと行動し、危険なことでも構わず実行するのである。本人が何を考えているのかもよく分からない為、クロアからすればそれは目が回るような生活であった。
「ハハハ、やっぱり苦労してるみたいだな」
「毎日ヘトヘトだよ。あいつ無茶ばっかりするから」
屋台の男は笑ってクロアのことを同情する。クロアも肩を落としてため息を吐き、やれやれと首を左右に振った。
「でも、綺麗な絵描くんだよねぇ。アシリギって」
そう言ってクロアは悔しそうな表情をし、そっと拳を握り締めた。
彼女にとってアシリギは同じ金の筆を持つ芸術家で、祖父に認められた人物である。故にライバル視し、自分では表現出来ない絵を作る彼を羨んでいた。何よりも創造魔法を駆使し、あらゆるものを創り出す彼の姿はあまりにも次元が違った。はっきり言って、クロアはアシリギに複雑な気持ちを抱いているのだ。せめて彼の性格がもう少しまともだったならば、こんなもやもやとした感情を持たずには済んだのかも知れない。
「クロアちゃんは、アシリギのことが好きなのかい?」
「うーん、どうなんだろう……分かんない」
屋台の男に質問にクロアは首を傾げながら曖昧に答える。
もちろん異性としての特別な感情はない。単純に人として好きかどうかを考えれば、微妙ということだ。
尊敬をそのまま好意と捉えるべきかは分からないし、アシリギに対して不満を抱くことは多い。好きと嫌いがごちゃごちゃになった相手、と認識するのが正しいのかも知れない。
「ハハハ、そうかい。あいつはラッキーな奴だね。クロアちゃんみたいな良い子が助手になってくれて」
「助手じゃなくてパートナーだけどね」
クロアの答えを聞いて男は豪快に笑い、カウンターを手でバンバンと叩く。そして急に誉め言葉を言う為、クロアは恥ずかしそうに頬を掻いた。
何にせよクロアはアシリギとパートナーとして生活していくことを誓った。それはきちんと貫かなければならない。例えアシリギがどれだけ変わっていようと、どれだけ無茶をしようと、共に歩んで行くのだ。そしていつしか、彼の技術を盗み、超えたいとも思っている。
(そう……今はパートナー。人族の世界で生活していく為にも、おじいちゃんがアシリギを認めた理由を探る為にも、一緒に居なくちゃならない)
クロアは心の中で改めて己の目的を確認する。
人族の文化を知ることはもちろん。景色や建物、様々な世界を知ることが最大の目的。だがクロアにはもう一つ目的が出来ていた。それはアシリギを観察すること。彼の芸術性、創造魔法、それら全てを知り、技術を吸収する。そんな野望を持つようになっていたのだ。
(でもいつか必ず、超えてみせる)
クロアは拳を強く握り締め、自分の小さな拳を見つめながらそう決意を固めた。
アシリギのことを認めるのは悔しいが、彼が芸術家として優れており、独特の感性を持っているのは事実。もしかしたら魔族の国ならばかなりの評価を与えられるかも知れない。故に、そんな模範となる人物が居るのならば、利用しない手はない。
それからクロアは屋台の果物を幾つか購入し、それを持っていた鞄に入れて帰る事にする。最近はフルーツに凝っており、アシリギも休憩中に食べる為、蓄えておく必要があった。
「ほら、オマケだよクロアちゃん」
「わー、ありがとう。おじさん。また来るからね」
去り際に屋台の男はクロアに赤い果実を二つ投げ渡す。クロアはそれを受け取ってお辞儀をし、お礼を言ってから立ち去った。
オマケも貰ったことでほくほく顔のクロアは軽い足取りで帰り道を進んで行く。赤い果実は手に持ったまま、今にも食べてしまいそうな雰囲気であった。




