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23話:女神官マリー



「そんな警戒しないでください。勇者様も今は居ませんし、私個人の用事で来ただけですから」

「へぇ、そうかい。だったら早く要件を言ってくれよ」


 マリーは警無害であることを示すように両手を振るうが、アシリギはそれくらいで心を許さなかった。むしろそんな言葉だけで信じる方が難しいだろう。だが隣に座っているクロアは少し迷ったように視線を動かした後、自分の前にある料理ののったお皿をマリーの方へと動かした。


「ど、どうぞ」

「あら、有難うございます」


 同じテーブルに居ながら一人だけ料理がないのは気まずいと思ったのか、クロアは変な気を遣って彼女に料理を勧める。マリーはそれを見て嬉しそうにお礼を言い、遠慮なくフォークを手に取った。


「美味しいですよねー。ここの料理。私は結構気に入ってるんですけど、勇者様が騒がしいところ嫌いだー、って言って中々来れないんですよ」

「いやいやいや、本題はどうした?」


 美味しそうに料理を頬張るマリーを見てアシリギは思わずそう指摘してしまう。本当は話など聞きたくもないのに、彼女があまりにもくつろいでいる為、つい突っ込んでしまったのだ。


「ああ、ごめんなさい。このお店久々だったのでつい……」


 マリーはハッとなって手を止め、ナプキンで口元を拭いながら気持ちを切り替える。どうやらこのお店の料理が好きなのは本当らしい。


「ええと、お話でしたね。この度は私達勇者一行が力及ばず、代わりに竜を討伐し、街を救ってくれて有難うございました。勇者一行を代表してお礼を言います。アシリギ様」


 急に改まったお礼を言い、マリーは深く頭を下げる。その態度を見てクロアは面喰ってしまうが、アシリギは相変わらず興味無さげに食事を続けていた。


「別に、礼はいらねぇよ。あんただってクロアとレオンのこと助けてくれただろ。それでおあいこだ」

「そう言ってもらえると助かります。いやぁ、本当にギリギリの戦いだったから危なかったですよ」


 アシリギの言葉を聞いてマリーは安堵したように息を吐き、テーブルにもたれ掛かる。そして先程のように気の抜けた態度へと戻ってしまった。


「だって伝説の竜ですよ? 勇者様もまだ聖剣を持って間もないですし、他の二人もあの通りですからね。正直今回は駄目なんじゃないかって、焦りました」


 神官らしさはどこへ行ったのやら、まるで愚痴を零すように手を振りながらマリーはそう言う。それだけ彼女にとっても竜との戦闘は命の危険があり、一か八かの戦いだったのだ。何とか生き残った後は言いたいことの一つや二つはあるだろう。何せ普段から足手まといが居るのだから、不満は溜まるだろう。

 そんな彼女を見てアシリギは気になったよう口を開く。


「あんただったらある程度太刀打ち出来ただろ。攻撃魔法だって使えるんだし、竜規模の魔物とも戦ったことあるだろ?」


 戦闘中、マリーは殆ど防御魔法で味方のサポートを行っていた。本人も戦闘はあまり得意ではないと言っており、出来るだけ援護を中心に立ち回っているのだ。だが彼女は何も防御だけしか出来ない訳ではない。ちゃんと攻撃魔法も習得しているし、それどころか勇者よりも高い実力を秘めている。少なくともアシリギはそう認識していた。


「あはは、それは買い被り過ぎですって。私はあくまでも皆さんのサポートを任されているだけですから、ね」


 だがマリーはそれを肯定することなく、冗談のように受け止めた。

 自分はあくまでも神官、前衛で戦う勇者達の援護をするのが役目、と主張する。そう言われてしまえばアシリギも、それ以上問い詰めるようなことは出来ない。


「そういうもんかい」

「そういうものですよ。貴方の創造魔法と同じように」


 マリーはそう言ってスープを口にする。意外と大食いなのか、彼女はクロアが差し出しものに殆ど手を付け、お皿が真っ白になる程綺麗に平らげていた。


「ああそれと、お礼代わりと言いますか、ちょっとした情報があるんですよ」

「んぁ? 情報?」


 一通り食べて満足したのか、マリーはナプキンで口元を吹きながらそう話を切り替える。アシリギもその言葉に多少興味を持ち、視線を動かした。


「この街の北の方にあるイデアの街は知ってるでしょう? あそこに今、色んな地域の劇団が集まっているそうですよ。何でも劇団祭りが行われてるとか」


 イデアはアルファルマを出て真っすぐ北に向かうとある大きな街だ。少し寒い地方だが、様々な旅人や行商人が集まり、そこで取引を行ったりしている。今回はそこに劇団も集まって来ているらしい。


「その中には〈歌姫〉と呼ばれる美しい女性も居るそうです。あくまで噂ですけどね。興味あるんじゃないんですか?」


 更にマリーは席から立つとアシリギに顔を近づけ、少しだけ声を小さくしてそう言った。

 と言うことは多少はレアな情報、ということらしい。それにはアシリギも少しだけ反応を示し、気になったように眉を動かす。


「それじゃ、私はこれで失礼します。ご馳走様でした」


 最後にマリーはそう言ってペコリをお辞儀をし、席から立ち去った。

 意外とがっつり食べた癖にちゃっかりご馳走になるらしい。情報込みで勘定に入れているつもりなのか、神官らしくないその図太さにアシリギはため息を吐く。


「……やれやれ、相変わらず面倒くさい人だな」

「……アシリギは知り合いなの? マリーさんと」


 ふとクロアは気になったことを素直に尋ねる。

 アシリギは以前勇者一行と出会った時もマリーを警戒していたし、会話も初対面らしくないものであった。だが仲が良いという訳でもないので、多少知っている程度の仲なのだろうかと気になったのだ。

 その疑問に対して、アシリギはフォークをクルクルと回しながら面倒くさそうに答える。


「まぁ前にちょっと仕事でな……何回か顔を合わせただけで、それ程仲が良い訳ではねぇよ」


 どうやらアシリギが絵の依頼を受けた時か何かで一緒に行動したことがあるらしい。だがアシリギの方はマリーに心を許していないようで、むしろ警戒しているようだ。


「ていうかあらかたあいつに食われちまったな。お代わりしようぜ」


 ふとテーブルに目を向ければ、綺麗な空のお皿ばかりが並んでいた。どうやら話している間にマリーが殆ど食べてしまったようだ。

 まだ食べ足りていないアシリギは店長にお代わりを要求し、クロアと共に食事を再開した。




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