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19話:ただ絵を描くだけ



「まさかここまでとは……これは少し、撤退も考えた方が良さそうですね」

「でも、そしたらアルファルマの街は……!」


 女神官も竜の力を目の当たりにして弱腰になる。

 高い分析能力を持つ彼女は嫌でも分かってしまったのだ。現状の戦力では竜に太刀打ち出来ない。今はまだ防御に回っているから何とか生き残っているが、このままでは間違いなくこちらが先に体力切れとなる。そうなれば一人一人竜の餌食となっていき、全滅してしまうだろう。


「ギルドや兵士が動くにしても、ここまで来るのにまだ時間が掛かるはずだ。せめてそれまでは俺達で何とかしないと……」

「でもどうやって? 私達の手札は限られています。何か竜に対抗する手段があるんですか?」

「そ、それは……」


 女神官の質問にレオンは返答に困り、顔を俯かせる。

 手段はない。秘密兵器もない。彼らは既に殆どの策、魔法を使い切り、体力も残り少ないギリギリの状態で戦っている。

 生き残っているだけでも奇跡といえる状況なのだ。ならばもう、いっそ逃げた方が良い。それが一般的な考え方だ。だが正義感の強いクロアは街が犠牲になることを恐れ、それが出来ない。


「……竜の奴、何かするつもりだ!」


 ふと岩陰から顔を覗かせて竜の様子を見ていたクロアがそう声を上げる。それを聞いて皆も竜の方を見ると、そこでは空に向かって口を開けている竜の姿があった。


「地を這う虫けら共よ。天空の裁きを受けよ」


 そう言って竜の口から炎が揺らめく。それは今まで以上に大きく、熱を持った炎であった。まるで黄金のように輝くその炎が溢れ出し、竜は咆哮を上げる。


「ゴォォァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 次の瞬間、轟音と共に空に火柱が立つ。そして辺り一帯の景色が染まり、天空から炎の塊が降って来る。それは周りの岩や森に落下し、次々と地獄絵図を創り出していった。


「なっ……これは……!」

「おいおいやばいぞ! あんなのに当たったら……!!」


 天空から振り続ける炎の塊を見て女神官とレオンも慌て、すぐにその場から避難する。先程まで彼らが居た場所に炎の塊が落下し、辺りに爆風が起こった。更に他の炎の塊も別の場所に落下し、その衝撃で勇者達が吹き飛んでしまう。それを見てクロアはこのままでは不味いと悟り、鋏を鳴らして氷を生成する。


「くっ……飛翔、雪魔鷹アイスホーク!!」


 最後の魔力を振り絞ってクロアは巨大な氷の鳥を複数創り出す。すると氷の鳥達は翼を広げて飛び立ち、振って来る炎の塊へと向かっていく。鳥達は次々と炎の塊へとぶつかり、相殺していく。だが幾つかは破壊し損ない、クロアの近くへと塊が落下した。


「あぐぁッ!!」


 爆風によってクロアの小さな身体は吹き飛ばし、地面に落下すると帽子が落ちてしまう。彼女はフラフラになりながらも落とした帽子を取り、慌ててそれを被り直した。


「はぁ……はぁ……くっ……」


 立ち上がれば、レオンや女神官も周りに倒れていた。どうやら先程の爆風に皆も巻き込まれてしまったらしい。目立った怪我は見られない為、気絶しているだけのようだ。だがそれはつまり、もう戦えないことを意味する。それを嘲笑うかのように、彼女の前に竜が現れた。


「まだ生きていたか。しぶとい奴らめ。運が良いのか? それとも我の勘が鈍ったか」

「ッ……」


 言葉通り、竜と比べればクロアなど虫に等しいだろう。それくらい竜は巨大であり、強大であった。全員が力を合わせても全く敵わず、ただ虫のように地面を逃げ回ることしか出来なかった。これが、伝説の竜の力なのだ。


「今楽にしてやろう。光栄に思うが良い。貴様は誇り高き竜に殺されるのだからな」


 歪な口を引き攣らせながら竜は愉しむようにそう言う。既に体力魔力共に尽きているクロアはそれに抗う気力すらなく、ただ悲しそうに竜のことを見上げていることしか出来なかった。だがその時、その場所には不釣り合いな軽快な足音が聞こえて来る。まるでステップでも踏むように軽やかで、ご機嫌な足取り。その足音の正体はすぐに現れた。


「ふんふんふ~ん、良い絵がたくさん描けたぜ。今日は大豊作だな」


 それは予想通りアシリギであった。竜とクロアの間に割って入るように彼はその場に降り立つ。それが意図的なのか、それとも本当にただ歩いている最中に偶然来てしまったのかは分からない。だが彼は伝説の竜を前にしても全く動揺せず、緊張することもなくいつも通りの態度で振舞ってみせていた。


「アシリギ……!!」

「なんだ? 貴様は……」


 クロアはアシリギがようやく来てくれたこよに嬉しいような不満なような複雑な気持ちを抱く。一方で竜は突然現れた意味不明なことを言うアシリギを警戒していた。


「おーうクロア。お前のおかげで良いスケッチがいっぱい描けたぜ。ありがとな」

「ッ……そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが!? ようやく手伝う気になったの!?」

「いやいや、俺は戦う気ねぇよ。伝説の竜相手に敵う訳ないじゃん」


 相変わらずアシリギは呑気なもので、すぐ近くに竜が居るにも関わらず全く警戒していない。それはつまり、本気で戦うつもりがないということだ。


「ふん、不愉快な蠅だ。さっさと捻り潰してくれる」


 そんな適当な態度を取るアシリギを見て竜は相手にする価値もない虫以下だと判断する。そして言葉通り捻り潰そうと腕を動かした。


「俺はただ絵を描くだけさ。いつだって、どんな時だって。俺は俺のやりたいことをする」


 だが次の瞬間、ようやくアシリギは竜の方へと身体を振り返る。そして懐から金の筆を取り出すと、彼は満面の笑みを浮かべてみせた。



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