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17話:思わぬ援軍



「すばしっこい蠅が。これだから下等生物は面倒なのだ」

「な、なんて奴……」


 クロアは竜のあまりの恐ろしさから手が震え、力が入らなくなっていた。

 たった一度の攻撃。だがその炎の攻撃を避けられていなければ、自分は間違いなく死んでいた。あっという間に、何の抵抗することが出来ず。そんな攻撃を簡単に出来る程、竜という生き物は強大な存在なのだ。それを改めて痛感し、彼女の身体は恐怖を覚えてしまう。


「クロアちゃん、走って!」


 突如、背後からレオンの声が聞こえて来る。彼は懐から何か黒い塊を取り出すと、それを竜に向かって投げ付けて。当然その程度の攻撃が竜に効くはずがない。だが竜の鱗にぶつかった瞬間、黒い塊は煙を吹き始めた。瞬く間に辺りが濃霧のように煙で覆われる。


「止まっちゃ駄目だ! 一瞬でやられちゃうぞ!」

「う、うん……!」


 走り寄って来たレオンに腕を掴まれ、無理やり立たされる。クロアも正気に戻ると、まだ若干おぼつかない足取りでレオンと共に岩陰に隠れた。


「ぬぅ……下等生物は面妖なことをする。どこへ行った? すぐに見つけて焼き殺してくれるわ」


 翼で煙を払いながら竜はクロア達のことを探す。だが中々見つけ出すことが出来ない。竜からすれば彼女達はまさしく虫のように小さな存在なのだ。煙に紛れ、岩陰に隠れられてしまえば探し出すのは容易ではないだろう。


「ええい、面倒だ。ならばここら一帯、焼き尽くしてくれる」


 どれだけ周りを見てもそれらしい姿が見つからない為、苛立ちを抑えられなくなった竜は咆哮を上げる。そして大きく息を吸い込むと、口から炎が揺らめいた。


「……ッ!!」

「やばい!!」


 それを見た瞬間、クロアとレオンは周囲が熱いのにも関わらず背筋が凍った。そして慌ててその場から離れ、出来るだけ竜から距離を取る為に岩陰の間を走り抜ける。

 次の瞬間、世界が赤色に染まる。強烈な熱風と共に周囲に炎がまき散らされ、轟音が響き渡った。







「ひゅー、凄い熱だな。流石は伝説の竜」


 トンと別の岩の上に着地し、アシリギは画材道具を持ちながら竜のブレスを見て感嘆の声を漏らす。

 伝説の生物と称されることだけはあって竜が放った炎は辺り一帯を火の海にし、巨大な岩を跡形もなく消してしまう程であった。先程までアシリギが座っていた場所も今では更地となっており、その様子を見て彼は口笛を吹く。


「地形を変化させてしまう程のブレスか。それに言葉を発するとは驚きだな」


 クルリとペンを回しアシリギは竜のことを観察する。

 聞いていた伝承や噂だけでは分からないことがある。何より竜が言葉を発するのは聞いたこともなかった。やはり観察は実物を見るのが一番だとアシリギは改めて実感する。そして彼は目を細め、竜の観察を続けた。


「スケイルタートル並みに頑丈な鱗にインフェルノデーモンの数倍の熱を持つ炎か。前足は少し退化しているな。翼の付け根はどうなっているんだ? 鳥類と同じ骨格か?」


 様々な情報を分析しながらアシリギは紙に竜の絵を素早く描いていく。竜の顔をアップに描いたもの、竜の身体だけを細密に描いたもの、あらゆる絵を完成させていき、アシリギの頭の中に少しずつ伝説の竜のイメージが構築されていく。

 ふと、視線を前に向ければ炎を出し切った竜は口から黒い煙を吐き出し、自身が更地にした岩場を確認していた。あれだけの攻撃を行えば小さな生物に過ぎないクロアとレオンの死体があるはずだと思っているのだ。だが意外にもそれらしい物体は見つからず、段々と煙が晴れていくのを待つこととなる。


「フン、所詮は蠅よ。我が灼熱の炎の前では生きている訳がない」


 広範囲に広がる炎のブレス。あれ程の威力ならばクロアの氷魔法を以てしても防ぐのは難しいだろう。だがアシリギがそれを不安がる様子はなく、ブレずに竜の観察を続けていた。

 やがて周りを覆っていた煙が晴れていく。するとそこには、神々しい光の球体が展開されていた。


「むぅ? 蠅共が増えおったか」

「はぁ……はぁ……」

「あ、貴方達は……!」


 クロアとレオンの前に、四人の人物が現れる。それは勇者達一行であり、光の球体を展開しているのは女神官であった。


「おわわわぁぁ! あ、危なかった。ナイスだぞ! マリー!」

「ダンジョンから出た途端、炎に襲われるなんて……それに、どうやら危機一髪の状況だったみたいですね」


 見れば勇者達一行はボロボロであり、全員服が焼け焦げていたり、防具が溶けかかっていたりなど散々な状態であった。特に勇者は顔まで真っ黒になっており、残念な姿となってしまっている。


「ゆ、勇者パーティー! ダンジョンから脱出して来たのか……!」

「む? 見知らぬ男と……お前は! あの時の小娘か!」

「勇者様、今はそんなことしてる場合じゃないみたいですよ。前をご覧になってください」


 勇者はクロアとレオンのことに気が付き、露骨に不愉快そうな表情を浮かべる。だが女神官はそれを聡し、杖を振るって光の球体を解除し、立ち上がる。彼女の表情は険しく、普段の余裕のある雰囲気が消えていた。他の仲間達も怯えるように言葉を失っており、勇者もその異変に気が付いて前を向く。そして声にならない悲鳴を上げ、その場に尻もちをついた。


「ハァァァァ……どれだけ蠅が群がろうが無駄なことだ。我の前では皆虫けらに過ぎぬ」


 竜は更に人が増えたことにため息を吐いた。それだけ周りに散らばっている石ころが転がり、クロア達の髪もなびく。


「数年振りに目覚めて見れば随分と目障りな人間共が増えたものだな。街もあるのか……ァァ、鬱陶しい。さっさと消し炭にしてくれる」


 ふと竜は視線を上げて遠くに街が見えることに気が付いた。すると怒気が籠った声でそう言い、口から炎の揺らめきを覗かせる。


「な、な、なっ……竜! これ竜? 本物か!?」

「どうやら伝説に聞くあの竜のようですね……。まさかダンジョンの主の噂が本当だったとは」


 普段は上から目線で気に喰わない態度を取る勇者だが、今回ばかりは流石に竜の存在に怯え、混乱している。他の仲間達ももう殆どボロボロの状態の為、ただ恐怖で肩を震わせていた。そんな中、女神官だけは冷静に竜と向かい合い、いつでも動けるように杖を構えていた。



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