12話:燃え盛る炎
火山のスケッチが一通り終わった後、アシリギとクロアは何事もないようにアルファルマの街へと戻った。
クロアは相変わらず火山の様子が気になっているようだったが、アシリギは全く興味を示さず、平常運転であった。彼は良くも悪くも自分の好きなことしかしない我の強い人物なのだ。
「アシリギー、本当に良いの? 火山のこと」
「しつこいなぁ。俺が調べなくても兵士達が仕事してるって言ってるだろ。第一俺はただの芸術師だぜ? そんな危険なとこ行く気が起きねぇよ」
「……よく言うよ」
街を歩いている間クロアは何度も火山の状態を探らなくて良いのかと尋ねたが、アシリギはそれを全く聞き入れなかった。
火山の噴火に興味はあるが、それが起っている原因を探る気は全くないのだ。彼からすればただ絵が描ければ良いだけなのだから。
「そんなに気になるならお前が行ってみたらどうだ? 冒険者ギルドに登録すれば調査依頼を受けられるぞ」
「むぐ……ホント良い性格してるね。アシリギって」
「褒めるなよ。照れるだろ」
クロアが嫌味を言ってもアシリギには全く通用せず、彼はスタスタと道を進んで行く。クロアはそんな彼の後ろ姿を見つめ、被っている帽子をぎゅっと握り締めながら後を追い掛けた。
「大体なぁ、火山みたいな場所は熟練の冒険者でも調査するのは危険なんだよ。強い魔物はうじゃうじゃ居るし、謎の爆発が起こったりするし、俺らみたいな素人が行ったらすぐリタイアするわ」
まだ納得いなさそうな顔をしているクロアの方を振り返り、アシリギはそう指摘する。
その様子を見てクロアは彼が火山の調査を体験したことがあるのだと何となく察した。
「おうアシリギ、外から戻って来たのか?」
ふと歩いている途中で果物屋の男に話しかけてきた。アシリギはそのお店の前で立ち止まり、男の方に顔を向ける。
「ああ、ついさっきにな」
「火山の方はどうだった? まだ噴火しそうだったか?」
「あー、ぼちぼちかな。煙も出てたし、まだ活動してるっぽい」
どうやら男は外の火山が気になっているらしい。アシリギがスケッチの為に外に出ていた為、その時の様子を知りたいようだ。アシリギも隠す必要はない為答えると、店の男は困ったように頭を掻いた。
「かー、そうかぁ。これじゃぁ皆怖がって外に出て来なくなっちまうな。商売にならねぇぜ」
「おっさんのとこはいつも売れてないだろ」
「うっせい」
アシリギは軽い冗談を言い、店の男もそれを笑い飛ばす。すると男はふと思い出したように手を叩き、口を開いた。
「そう言えばさっき火山の調査に行った兵士達が戻って来たらしいぜ。かなり大怪我をしてな」
「……なに?」
男の言葉にアシリギはピクリと反応し、後ろに控えていたクロアも気になったように顔を覗かせる。
「怪我って……何か事故でもあったのか?」
「詳しくは俺も聞いただけだからよく分からん。とりあえず調査は失敗したみたいだ」
どうやら調査に赴いた兵士達はアシリギが火山のスケッチを取っている間に街に帰還したらしく、かなり負傷していたらしい。鎧が黒こげになり、酷い火傷で話せる状態じゃない人達も居るとか。それを聞いて魔族でありながらクロアは心配そうな表情を浮かべ、アシリギも気になるように目を細めた。
「話じゃ突然ダンジョン内に炎が吹き荒れたらしい。兵士の殆どがそれにやられちまったのさ」
「物騒だな……それが火山の噴火と関係しているのか?」
「そりゃ分からん。何せ兵士達はその炎の正体を突き止める暇もなくやられちまったんだから」
「…………」
結局火山の謎について分かったことはなく、ダンジョン内に何らかの異変が起こっているということしか分からない。店の男は不安そうな表情を浮かべ、ため息を吐いた。
「ほらやっぱり、何かおかしいよ。アシリギ」
「ん~……そうだな。ちょいと不穏だな」
クロアはアシリギの服を引っ張り、火山で何か異変が起こっていることを訴えかける。流石にアシリギもこの事態になると火山の事件を怪しんだが、それでもわざわざ調査に向かおうとは思わなかった。
「だとしても俺には関係ないだろ。調査が失敗するなんてのはよくある話だ。何も分からない危険な場所を調べるんだから、むしろ失敗するのは当然なんだよ。問題はどれだけ情報を入手出来たかだ」
クロアの方を向いて腕を振り払いながらアシリギはそう言葉を述べる。
調査というのは様々な危険が付きまとうものだ。見たこともない罠、古くから仕掛けられている呪い、時には悪魔が潜んでいるなんてこともある。調査とはそういった危険がどのような物なのかを明らかにする為のものなのだ。
「そうだぜ嬢ちゃん。それに心配はねぇよ。今回の事態を見て次の調査の班が決まったんだ。なんとあの勇者様方だぜ!」
店の男は励ますようにそう言う。その勇者という言葉を聞いた瞬間、クロアとアシリギは目を見開いて固まった。
「え……勇者って、あの勇者達?」
「ああそうだ。自ら調査すると申し出たんだとさ。有難いことだぜ」
クロアが声を震わせながら尋ねると、男は嬉しさで信じられないのかと勘違いして優しい声で答える。だがクロアはその言葉を聞いてもちっとも嬉しいとは思えなかった。彼女は助けを求めるようにアシリギの方に顔を向ける。すると彼も落ち込むようにため息を零した。
「……不安だ」
アシリギは頭を抑え、火山がある方向に視線を向ける。ここからでは建物で遮っていて火山は見えないが、空には黒煙がユラリユラリと漂っていた。
◇
火山ダンジョンへと訪れた勇者一行。リーダーである勇者が先頭を進み、槍使いの青年と女騎士、そして一歩離れたところから女神官が後に続いていた。
「ここが兵士達の言っていた火山ダンジョンか! 蒸し暑いところだな!」
「気を付けてくださいね。勇者様、マグマが近くにありますから、下手したら暑いくらいでは済みませんよ」
ダンジョンの中だというのに警戒せず前に進んで行く勇者に女神官は呆れた表情を浮かべる。そして母親のように注意をするが、彼はちっともそれを聞き入れなかった。
「勇者の僕が来たからには事件も解決したようなものさ! 火山の謎を解いてさっさと帰ろう!」
「ええ、そうですね勇者様。貴方様の力を持ってすれば不可能などありません」
息まく勇者に女騎士も賛同し、力強く頷く。隣では槍使いの青年も勇者に対して羨望の眼差しを向けていた。一応はその二人も辺りを警戒しているが、勇者の緩い言葉のせいでどこか緊張感を失っている。その光景を見て女神官は短く息を吐いた。
「……やれやれ、お守りは本当に大変ですよ」
王宮の神官であり、魔術師としても高い実力を持つ女性、マリー。彼女は王宮から勇者をサポートすることを命じられ、パーティに加わった。だがとうの勇者はかなり性格に問題があり、色々と手の掛かる人物であった。いくら実力が高く、聖剣に認められたと言ってもこれではただの無知な子供である。マリーはそう感想を抱いていた。
(他の二人は勇者さんを馬鹿みたいに持ち上げてるし、いくら伝説の存在だからって特別視し過ぎです……はぁ、先が思いやられる)
勇者は確かに特別な存在である。聖剣に選ばれ、魔族を滅ぼす力を持った戦士。人々を闇から守ってくれる救世主。そんな希望の星なのだ。それを信仰してしまうのは仕方がない。大きな力に依存してしまうのは当然のことだ。だがこうもパーティとして機能しなくなるのは、マリーとしても喜ばしいことではなかった。
(とにかく今はこのダンジョンに集中しないと)
気持ちを切り替えてマリーは目の前のダンジョンに意識を向ける。
今の自分達の目的は噴火の謎を解くこと。その為には確実な情報を街へ持ち変えなければならない。出来るだけ被害を抑え、成果を出さなければならないのだ。
「さぁ行くぞ、アンジュ、ロック、マリー。僕達が協力すれば敵は居ない!!」
一方で勇者は相変わらず無警戒なままダンジョンの奥へと進んで行く。すぐ傍には魔物が潜んでいるかも知れないのに、全く緊張感のない動きであった。
その調子で一行はダンジョンの中を探索する。兵士達の話では突然炎が巻き起こったということなので、出来るだけ身を隠せるところがある場所を選びながら進んだ。すると途中でマリーは足元に何かがあることに気が付く。
「これは……」
一度足を止めてマリーはそれを拾い上げ、何なのかを確認する。それは手と同じくらいの大きさをした鱗であった。土気色だが硬く頑丈で、普通の魔物の鱗とはどこか違う。マリーは目を細めてそれをよく観察した。
(何かしら? 妙な形をしてるし、やけに大きい……というかコレ、まだ近くに居る?)
この鱗は剥がれ落ちたばかりのものだと気が付き、マリーは思わず息を呑む。そして身体を起こすと、先に進んでいる勇者達の方に顔を向けた。
「勇者様! すぐに下がってください!!」
「えっ……」
マリーの声を聞いて勇者は振り返る。釣られた他の仲間達も動きを止め、マリーの方に顔を向けた。その瞬間、奥の通路の闇で何かが蠢く。ズルズルと這うような音と共に、辺りが揺れ動いた。
それを見てすぐにマリーは杖を取り出し、呪文を詠唱する。杖の先から光が飛び出し、勇者達の前で弾けると光の盾を展開する。すると通路の奥から突然炎が巻き起こり、辺りを火炎で染めた。
「うおわッ……!?」
「な、なんだ……!!」
勇者達はマリーがいち早く展開してくれた光の盾で無事だが、周りの岩は吹き飛ばされてしまう。何よりマリーは光の盾と距離があった為、熱風に襲われて皮膚が熱くなっていた。
「ッ……!」
炎が収まるとマリーはすぐに杖を横に振って盾を消す。そして地面に膝を付き、大きく息を吐き出した。
危ないところだった。一歩間違えていれば全滅していた。マリーは自分が今しがた体験した危機に冷や汗を掻き、すぐに杖を構え直して次の行動に備える。
「くそ! 魔物か? 不意打ちとは卑怯な! 正々堂々と戦え!!」
「勇者様、下がってくださいと言っているでしょう!」
マリーの言うことを聞かず、勇者は腰から聖剣を引き抜いてダンジョンの奥に居る何かを討伐しようとする。だが狭い通路の中、奥から炎が飛んでくる状況に正面から突っ込むのは自殺行為である。それを理解していない勇者は聖剣を振り回しながら前へ進み、それを見ていたマリーは呆れたように首を横に振った。
次の瞬間、再び洞窟の奥から真っ赤な炎が飛んでくる。その際、マリーの目には奥に潜んでいるその何かが映った。
「あれは……!」
その姿を確認する前にマリーは杖を振るい、再び勇者の前に光の盾を展開する。その瞬間視界は赤い炎に包まれ、あまりの威力から天井が崩壊し始めた。勇者達はその土の前に為す術もなく、飲み込まれる。




