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11話:黒い火山


 普段は大した事件もなく、平凡で平和な街と知られているアルファルマ。しかし今日の人々はどこか落ち着きがなく、広場には人が集まって不安を口にしていた。

 その原因は街から見えるとある真っ黒な山。そこからは不穏な煙が立ち上っており、まるで山自体が生き物のような禍々しい雰囲気を醸し出していた。


「おい聞いたか? あの山、噴火したらしいぜ」

「ああ、昨日の夜中にな。しかもかなりの規模だったって話だ」


 集まっている人々はそう話し合い、恐ろしそうに山のことを眺める。

 あの真っ黒な山は火山であり、アルファルマの街でも有名な山である。内部はダンジョンもなっており、高難度なダンジョンとして冒険者達の間でも知られている。そんな火山だが普段はただの山と変わりなく、噴火も滅多に起こらない。起こったとしても小規模なものが殆どであった。だが今回は違う。火山は昨夜前触れもなく噴火し、辺りを火の海にしたのだ。幸いすぐに兵士と冒険者達が対処した為、被害は街に及ぶ事はなかった。だが未だに火山は黒い煙を揺らめかせており、人々に不安を過らせる。


「妙な現象だよな。何で突然噴火したんだ?」

「さぁな。自然現象なのか、それとも何かあったのか。噂じゃ火山の怒りだとか噂してる連中もいるらしいぜ」

「なんじゃそりゃ。変なこと抜かす奴らだな」


 不安は人々に恐怖の芽を植え、少しずつ成長させていく。ただの噴火がいつの間にか自然の怒りだと比喩され、それは噂となって広まっていく。彼らは自分達の言葉で自分を苦しめるのである。


「だが案外そうかもしれないぜ。急に噴火なんておかしな話だし」

「うーん、だとすると怖いが……早いとこ解決して欲しいな」


 平和なアルファルマの街に暮らす彼らにとって異質な出来事は歓迎出来ないものである。すぐにでも問題を追究し、解決されることを望んでいた。

 

「とりあえず兵士達が調査に向かうらしい。それで何か分かるだろ」


 既に調査班である兵士達が火山の状態を確認している為に向かっている。その調査の結果で何かしらのことは分かるだろうと、人々はひとまず安心感を得た。


「そいつは良かった。兵士さん達が見てくれるっていうなら問題ないな」

「ああ、一応近くにはダンジョンがあるから、結構な人数で行くみたいだ。冒険者の方でも調査依頼が出てるみたいだし、問題があってもすぐに解決するだろ」


 兵士達が大規模な編成で向かったことを知り、人々は喜びの表情を浮かべる。

 これだけの戦力ならダンジョンで強敵が現れても撃退出来るだろう。火山の噴火に何か問題があったとしても、魔術師達がすぐに解決してくれるだろう。安易にそう考えていた。

 街から見える火山は静かに黒い煙を漂わせている。その煙はゆっくりと空高く昇っていき、そして消えていった。









 一方で調査班である兵士達は既に火山に到着し、原因を突き止める為にダンジョンに潜っていた。

 内部のダンジョンは赤黒い土に覆われており、火山である為明るくなっている。そして生息している魔物も熱系の魔物が多く、獰猛で狂的なものが多い。兵士達は気を引き締めてダンジョン内を進んだ。


「ダンジョン内は……特に異常は見られないな」

「はい、形状が変化したとか、ガスが漏れている様子もありません」


 隊長格である兵士が警戒しながら周りを確認し、部下の兵士達もそれに続く。

 兵士達も何度かこの火山ダンジョンには足を踏み入れた経験がある為、以前のダンジョン内の様子を覚えている。その時と比べると今回も大した変化は見られなかった。


「やっぱりただの噴火だったんじゃ? おかしな点は見られませんし……」

「うむ……そうかも知れんな。だが油断はするな。常に警戒しておけ」

「了解です。隊長殿」


 大分奥へ潜ってもダンジョン内に異常が見られなかった為、兵士達はそろそろ諦めて帰ろうとする。だがその直後、ダンジョン内に魔物の咆哮が響き渡った。


「--ーーッ!?」

「な、なんだ!?」


 兵士達はすぐに陣形を組み、各々武器を取る。すると走り抜ける音が聞こえ、兵士達の前に複数の魔物が現れた。

 狼のような四足型の魔物で、赤い鱗に覆われ単眼で真っ赤な瞳をしている。キラーアイ。徒党を組んで冒険者などの戦う者を好んで襲う恐ろしい魔物である。


「キラーアイだ! 全員陣形を取れ!!」

「「「はい!!」」」


 すぐさま隊長は周りに指示を出し、剣を構える。すると一匹のキラーアイが爪を光らせ、咆哮を上げて飛び掛かって来た。隊長は素早く剣でその攻撃を弾き、そのままキラーアイの身体に一閃を入れる。


「キシャァァァァアアア!!」

「くっ……この!」


 兵士達げ剣を突きつけてもキラーアイは怯まず、目を赤く輝かせて威嚇のポーズを取る。そして一匹は壁を這いながら兵士の一人へ襲い掛かった。反応し切れなかった兵士はそのまま押し倒され、鎧に切り傷を付けられる。


「仲間を離せぇぇええ!!」

「シャアア……ッ!」


 仲間の兵士達が雄たけびを上げてそのキラーアイを吹き飛ばし、襲われていた兵士を助ける。そしてすぐに陣形を整え直すと、周りを囲んでいるキラーアイ達と睨み合った。


「なんだこいつら? いつも以上に獰猛だぞ!?」

「ああ、何か様子がおかしい。まるで何かを気にしているような……」


 尋常ではない勢いで襲って来るキラーアイに兵士達は疑問を覚える。

 確かにキラーアイは凶暴な魔物であるが、普段は影に隠れ、背後から得物を狙う戦い方をする。奇襲を得意とする彼らがこうも堂々と対峙して来る様子が引っ掛かったのだ。


「シュルルル……」

「ん……? なんだ?」


 ふとキラーアイ達が動きを止め、兵士達から距離を取る。先程まであんなに兵士達に襲い掛かっていたというのに、今ではその勢いが嘘のようになくなっていた。そしてキラーアイ達は何かを探るように舌をチロチロと出し、驚いたように目を見開くと一斉に走り出した。兵士達には目もくれず、彼らは通路の奥の方へと逃げていく。


「ま、魔物達が逃げていく?」

「どうなってるんだ? 一体何が……」


 兵士達は剣を持ったまま呆然とそれを眺めていることしか出来なかった。何が起こったのか理解出来ず、ただただ混乱するしかない。

 隊長も魔物の不可解な動きに戸惑い、剣を下げると彼らが気にしていたことを探ろうとする。先程までキラーアイ達が居たところに移動し、そこから周りの様子を探った。すると、深部へと繋がる通路の先から真っ赤な光が漏れた。


「……まさかっ」


 それを見た瞬間、隊長は目を見開いて驚愕する。そしてすぐに部下達の方に顔を向け指示を出そうとした。


「全員逃げっ……!」


 だがその言葉が最後まで続くことはなく、隊長の視界は一瞬で真っ赤に覆われた。彼は何が起こったのか一切理解出来ないまま、意識を失った。






「アシリギー、ここちょっと風が強いよー。場所変えようよ」

「ふんふんふーん」


 アルファルマの街の近くにある丘の上でアシリギとクロアはのんびりと日向ぼっこをしていた。更にアシリギは羊皮紙と鉛筆を持ち、遠くに見える黒い火山をスケッチしている。


「ねぇ聞いてるのー?」

「うるさいなー。聞いてるって。しょうがないだろ? ここがあの火山を描くのに一番良い場所なんだ。煙も良い感じに出てるし、山の威圧感も伝わって来る」


 風が強いことに不満を述べるクロアに対して、アシリギは自分が描いている火山の絵を見せながら答える。だがクロアも、それを聞いたくらいで簡単には納得しなかった。


「そんなに火山描きたいならもっと近くで見れば良いのに」

「もちろん近くのも描くさ。だけどまずは遠くからだ。風景ってのは一番雰囲気が出るんだよ」


 どうやらアシリギなりにこだわりがあるらしく、彼は場所に関してのことを一歩も譲ろうとはしなかった。その態度を見てクロアは呆れたようにため息を吐く。だがいつものことである為、これ以上何かを言おうとはしなかった。


「それにしても噴火だなんて物騒だね。人族の大陸だとこういうのは日常茶飯事なの?」


 暇そうにブラブラと脚を動かしていたクロアはふとそう尋ねる。魔族である彼女はまだ人族の世界をよく知らない為、純粋に火山のことについて疑問に思ったのだ。


「いや、どっちかって言うと珍しい方かな。あの火山が噴火したのも大分久しぶりなはずだ」


 クロアの質問にアシリギはクルリと鉛筆を回しながら答える。そして火山の方に視線を向け、観察するように目を細めた。


「ずっと様子を見ていたが、小さな噴火を何度もしている。おまけに規則性があり過ぎて奇妙だ。自然的な噴火じゃない可能性が高い」

「え……それって、どういうこと?」


 アシリギの言葉を聞いてクロアは顔を向ける。するとアシリギはニヤリと笑みを浮かべ、面白がるように鉛筆を回した。


「なんか怪しいってことだよ。まぁ、興味はないけどな」


 そう言うと再び手を動かし、アシリギは製作の方に集中してしまう。だがクロアは先程のアシリギの言葉が引っ掛かっており、不安げに火山の方に視線を向けた。


「ええっ……興味ないって、そこまで気づいておいて何もしないの?」

「俺はあくまで火山の絵が描きたいだけだからな。他のことはどうでも良いんだよ。それにどうせ兵士共が調査しているだろう」


 アシリギは興味なさげにそう言って絵を進めていく。その集中力は凄まじく、同時にクロアは彼のその姿勢を見て本気なのだと痛感した。彼女は悲しそうにため息を吐き、手の平の上に顎を乗せる。

 アシリギは真っすぐな男だ。自分が良いと思ったことしか行動せず、他のことからは完全に視線を逸らしてしまう。その一貫性は魅力でもあるが、人としてはやり辛い点があるとは思わずにいられなかった。


「あ、また噴火した」


 ふと遠くから轟音が聞こえて来る。見ると真っ黒な火山が噴火しており、天辺から真っ赤なマグマが吹き出していた。

 アシリギはそれを見て愉快そうに手を動かし、スケッチを進めた。


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