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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編

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番外8 猫の見るもの④

 番外8


 よくわからなかった。

 わたしたちの種族特性って、たぶん知覚がすごいってことなんだと思うけど、それは今までも使ってた。

 わたしの耳はよく聞こえる。

 遠くても、小さくても、似ていても、音は届いてくる。

 師匠はそのことを言っているのかな?

 でも、それじゃあ足りなかったのに。何がダメなんだろう?


「ん」


 槍をひと回ししていつもの感覚と寸分狂いないことを確認する。

 大丈夫。いつもどおりに戦える。

 耳としっぽはちょっと緊張してるかな?

 うん。昨日の嫌な感じを思い出すと怖い。

 それでも、ちゃんと体は思ったとおりに動いてくれる。

 怖いに負けてなんかいられない。


 大きく夜の冷たい空気を吸って頭の奥にあるもやもやを吐き出した。

 見上げた空にたくさんの星が見える。

 あの黒い人は今日も出てくるのかな。


 屋上から見ても松明を持った人たちがいっぱい動き回っているのが見える。

 騎士の人とクレアのお家から来た兵士さんが頑張ってるみたい。

 でも、あの人たちじゃ無理。

 黒い人には勝てない。

 また、誰かが殺されて、逃げられる。


 それをシズのせいにしたい人がいる。

 クレアの父さんが黒い人のことを王様とかに話してくれたみたいだけど、あんまり信用してもらえなかったみたい。

 原書って珍しいから。

 でも、王様もシズが犯人って思ってはいないんだって。よかった。


「でも、もうそれだけじゃない」


 わたしが黒い人に、原書に勝ちたいの。

 シズの隣に立つのにふさわしい人間であるために。

 シズを守れる人間であるために。

 胸を張って立っていたいから。

 証明したい。


 クレアとルネにはないしょ。2人とも今日は外に行っちゃダメって言ってたけど、ごめんなさい。

 決意を胸に夜の街にわたしは飛び降りて行った。



 発見は早かった。

 1度、気配を感じたせいか嫌な感じがすぐにわかる。

 今日は貴族街の東側だった。

 あっちは王様がいるところだっけ?


 先回りして大きなお屋敷の方に向かう。

 騎士の人も1番多くて篝火がすごいいっぱいあった。

 でも、うん。ダメ。黒い人には勝てないと思う。

 原書を使われちゃったら終わり。


 だから、わたしは黒い人が来る方に走り出した。

 屋根と壁を跳び抜けていき、すぐに夜の暗闇を滑るように駆ける真っ暗な人影を見つけた。


「ん」


 屋根から落下する勢いに壁を蹴ってもっと加速。

 頭上から槍を振り下ろしたけど防がれた。黒い短剣で受け流される。

 でも、逃がさない。

 勢いを止めずに体を回転させた。薙ぎ払い、突き、回して、振りおろし、振り上げる。


 離れない。

 原書を使われたら危ないなら、使う時間を与えなければいい。

 魔法なしなら勝てる。


 はずなのに、どうしても攻めきれなかった。


(焦ってるから?)


 師匠やレグルスと稽古していた時も慌てているといつも以上に酷い負け方をした。

 あの時とおんなじ感じがする。

 こういう時は仕切り直した方がいいんだけど、離れたら原書を使われちゃうからダメ。


 やっぱり焦っていたんだと思う。

 大振りになった槍の軌跡の隙間を通すようにお腹を蹴られた。

 一緒に後ろに下がったから痛くなかったけど、距離ができてしまった。


 また、きた。

 心の準備をしていてもダメ。

 認識阻害の法則魔法。


 すぐに目も耳もわからなくなった。

 バラバラの色が混じり合って、耳もぐわんぐわんって鳴ってばかりで、もうどこに立っているかもわからない。

 ただ、嫌な感じがしたから槍を持ち上げた、と思う。ちゃんと槍を握っている自信もなかった。


 痛い。

 肩に熱い線が走った。

 斬られたんだ。たぶん。すぐに痛いのもわからなくなる。


 どんどん嫌な感じがしてくる。

 ちゃんと槍を振れているかわからない。

 手が、腕が、足が、お腹が、どんどん痛くなって、曖昧に溶けていく。

 でも、たぶん。動けている。

 目の前の嫌な感じの塊が何か言っている、のかなあ。声なんてわからない。


 すごい嫌な感じが上からした。

 手が痛い。これ、剣を振り下ろしたんだ。耐えないと、ダメ。

 そうしたらお腹に衝撃が走った。

 吹き飛ばされたんだと思う。

 蹴られた、のかな?


 嫌な感じが近づいてくる。

 これ、ちょっと、ダメかも?

 立っているのか、座っているのか、倒れているのか、なんにもわからない。

 槍も手の中にあるのかな?放しちゃったかな?


(負けちゃった……)


 どうなるんだろう?

 痛いのは嫌だな。苦しいのも嫌だな。

 でも、シズの傍に入れなくなるのが1番嫌だな。

 シズは怒るかな。悲しむかな。

 嫌だな。シズにそんな思いさせちゃうなんて嫌だな。


 ベッドの上で座り込んだシズの姿を思い出す。

 途端に頭の奥が真っ白になった。


(……本当に、嫌なのに!)


 悔しかった。

 いつもわかることが今はひとつもわからない。


 いらないのに。

 ひとつだけで。

 たったひとつだけ。

 それだけでいいのに。

 それだけわかればいいのに。


 シズを傷つけるものだけわかれば他はいらない!

 わたしはそれでいい!

 ううん。それがいいの!


 瞬間、定まった・・・・


 そう表現するしかないと思う。

 あっちこっち向いていた感覚がまとまったというか。根づいたというのか。

 目とか耳とか鼻とかとは違う感覚が入ってくる。

 もっと高くて、遠くて、ずっと先の向こうにある『何か』から。

 今まで見てきたものと比べ物にならないぐらい沢山の知覚が情報になって入ってくる。


「……ああ。そっか」


 自然と漏れた声が聞き取れた。

 認識阻害の魔法は続いているけど、もう関係ない。


 ちゃんと、よく、見えるし。

 しっかり、よく、聞こえるし。

 なにもかも、よく、わかっている。


 心臓に向かって振り下ろされた短剣を槍で弾いた。

 倒れたままから体を捻って渾身の突きを叩き込む。

 不意打ちになったから黒い人の胸に槍の石突が直撃した。むせている。

 その間に立ち上がって、槍を振り回すけど躱される。後ろに大きく離れて距離を取られた。

 無理に追う必要は感じなかった。


 視界が広い。

 夜なのに、暗いなんてちっとも思わない。


「お前、見えているのか!?」


 初めて黒い人がしゃべった。驚いたんだね。

 うん。でも、答えてあげない。

 手も足も傷だらけで血がいっぱい出てた。

 あまり動いてられないかも。


 えっと、こういう時は何か言うんだよね?

 シズが教えてくれたから知ってるよ。


「ラクヒエ村のリエナ。シズはわたしが守る」


 うん。ちゃんと言葉にするといい感じ。

 わたしは黒い人に槍を向けた。

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