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魔法書を作る人  作者: いくさや
学園編

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20 ルネウス

 20


 現在、僕はルネと向かい合っている。

 僕は机の椅子に、ルネは2段ベッドの下の段に腰かけている。

 その姿は彼氏の家に遊びに来てちょっと大胆な彼女にしか見えなかった。


 軽く耳に掛かる程度の茶色の髪。

 顔も腕も腰も足も細く小さく、新雪のように白い肌は汚れを知らず、全体的に柔らかな造作の可愛らしい顔。おまけにソプラノの澄んだ声。

 また外見に留まらず立ち振る舞いまで可憐。

 目が合えばニコリと微笑みを返してくれた。小首を傾げる様子が絵になっていて思わず見惚れてしまいそうになる。

 いけない。正気に返れ。強く念じるんだ。


(だが、男だ!!)


 つまり、現代日本でいうところの男の娘。

 男子寮に女子がいるわけがない。

 いや、最初に言っておく。

 女装男子じゃない。着ているのは男子の制服だ。襟や袖に小さな刺繍が施された詰襟姿。

 男装女子でもない。いや、まだ疑っているんだけど、ルネが自分は男の子だって服を脱ぎそうになったから全力で止めた。それはまずい。なにか、まずい。

 リアルにこんな生物が存在するとは想像すらしなかった。異世界すげえ。


「じゃあ、改めて。ルネウス・エルサス・グランドーラだよ」

「あ、うん。僕はラクヒエ村のシズ。シズって呼んで」

「シズ……。うん、シズだね。これからよろしく」


 手を伸ばして握手する。さすがは元城塞。部屋が狭い。簡単に手が届く。

 手、小さい。背の低めな僕よりも更にひと回り小さいもんなあ。なんだか見ていると不安になってくる。ちゃんとご飯食べてる?

 ダメだ。ルネを見ていると話が進まない。

 それとなく窓の外に視線を移す。


「シズ。ボク、何か気を悪くすることしちゃったかな?」

「……ううん。何も問題ない」


 目を背けたら悲しそうに目を伏せてしまった。とてもじゃないけどこんなもの放置できなかった。

 仕方ない。眉毛を見て話そう。こうすると相手は目を見ているように錯覚するんだ。人と目を合わせるのが苦手だった前世知識。僕はこれで就職を乗り切った!


「聞いてもいいかな?」

「なに?」


 首を傾げる仕草が可愛い。だから、スルーしろって!


「ルネは貴族、なの?」


 普通、平民には家名はない。

 僕やリエナだと『ラクヒエ(村)の〇〇』みたいな自己紹介になる。

 一部の大商人だと家名を持っている者もいるので、一概に貴族と決めつけるわけにはいかないけど、ミドルネームとなると話は別だった。


 この世界でのミドルネームは歴史に名を残した先人の名前が用いられ、またその業績というのも王に認められるレベルでなくてはならず、必然的に貴族にしか名乗れない。


 エルサスと名乗る以上、貴族なのは間違いないだろう。

 問題は貴族が平民用の男子寮にいるという事実。

 名乗りを返さずに戸を閉じて外で絶叫するという無礼を笑って許してくれた懐の広いルネが一般的な貴族みたいに非道を働くとは思わないけど、事情があるなら聞いておきたい。

 もちろん無理にとは言わない。言いづらそうなら前言を撤回する。


「うん。貴族だよ。没落貴族だけどね」

「……あっさりしてるね」

「まあ、ね。昔は『灰のエルサス』なんて持て囃されたみたいだけど今は名前だけだから」


 こちらの覚悟に反して軽く笑うルネ。

 その微笑みから家名復興などの重さは感じられなかった。

 それにしても『灰のエルサス』か。似た単語に聞き覚えがあるな。


「その『灰のエルサス』ってどういう意味なの?」

「エルサス様は第1始祖エレメンタル様の直弟子だったんだよ。それで、土属性系が得意だったから灰って呼ばれていたんだって」


 知らないかあ、やっぱり知名度が落ちてるね、なんてルネは苦笑していた。

 僕はあまり落ち着いていられない。そういうことなら、入学試験で聞いたあの名前は。


「ルネ。『蒼のエレミア』って知ってる?」

「王都の近郊に所領を持つ大貴族のルミネス家だよ。あ、確か今年次女のクレアさんも学園に入ったんだって。前から『蒼のエレミア』の再来って言われるぐらい才能のある人だって噂になってたなあ。すごいよね」


 無邪気に感心するルネに乾いた笑みを返すしかできない。


(やばいのに目をつけられた……)


 クラスに行ったら完全に気配を消しておこう。少しでも目立ったらダメだ。

 ごっこ遊びで演じた木になるんだ。荒野に佇む背景の一部でしかない枯れ果てた木に。


 決心を新たにしたところでルネと今後の寮生活に関するルールを決めていく。

 机やベッドなどはどっちを使うか、掃除・洗濯、水瓶の補充の当番、寝る時のカーテンの開閉まで。特に僕はこだわりがないし、ルネも元から基本的に相手を立てる性格なのか順調に決まった。

 ベッドの上下だけは徹底して下を主張させてもらう。

 いや、下段のすぐ手の届くところにルネの寝姿があるというのは心臓に悪いと思うんだ。うん。

 その後は僕も制服を着てみて裾が余ったりして嘆いて慰めてもらったり、2人で教本や手引きに目を通して感想を言い合ったりした。

 日が沈む頃、食堂で集まって夕食を取る。

 食後は濡れタオルで旅の汚れを落とした。その際は部屋を半分に仕切るカーテンを使うことを強硬に主張させてもらった。ルネは「男同士なのにシズははずがしがりだね」なんて笑っていたけど、諸々の葛藤から解放されるならその程度の認識は笑って受け入れられる。

 そうして、今日は明日の入学式に備えて早く眠りにつくことにした。

 ベッドの天井を眺めながら1日を思い返す。


 初めての王都。

 波乱の入学試験。

 貴族からの忠告。

 新しい寮生活。

 そして、良きルームメイト。


 よかった。これからなんとかやっていけそうだ。

 まあ、それはそれとして。


 ……ねえ。ルネの寝息が妙に色っぽいんだけど、どういうことですか?


 こんなに寝つきが悪かったのは前世を含めても初めてだったかもしれない。

 何度もベッドの上で寝返りを打ち、1時間ほどしてようやく意識が眠りに落ちてくれた。これから毎日こうなったらどうしよう。



 翌朝、起きたら何故か部屋にリエナがいた。

 僕の頭を抱え込むように枕元で猫みたいに丸まって眠っていた。


「リエナさん?」

「……ん。眠い。もうちょっと」

「いえ、お部屋にお帰り下さい」

「シズ、わがまま」

「わがままはリエナだからね?というか寮は異性立ち入り禁止だからね?見つかったら大騒ぎだからね?」

「ん。見つからなければ大丈夫」

「前向きすぎる!」

「ちょっと疲れた」

「寝なおさないで!?ちょっと!あご撫でないでよ!くっ、リエナがそう来るなら僕もリエナの猫耳を触るよ!いいね?いいよね?」

「シズ……大胆」

「…………シズ?」

「ルネ!?いつからそこに!や、違う。ルネは勘違いしてる!話を聞いて!」

「ごめん。シズは大人だったんだね。ボク、ちょっと外走ってくるから。えっと、どれぐらい走ればいい?」

「お願いだから僕の話を聞いて!?」


 顔を真っ赤にしてかわいく混乱しているルネを落ち着かせて、夢半ばのリエナを強制的に女子寮に帰らせて、朝から疲労困憊になった。


 僕の日常に平穏はないのか?

ヒロインじゃないよ?


実は男の娘を書くのは初めてです。今後、どうなっていくのか自分でもわかりません。

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