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魔法書を作る人  作者: いくさや
後日談猫

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後日譚猫16 偽書

 16


 いい加減にしてくれ。

 それが正直な気持ちだった。

 終始ペースを握られて、踊らされている印象。原因はミシェルの笑みだろうか。

 いちいち気に障るのだ。

 さっき少しは落ち着いた気持ちが荒れそうになるのを自覚して、一度だけ深く呼吸して事態に向き合う。


 どこかで爆発が起きたのは音でわかったけど、その被害は目に見える範囲にはない。

 手近な建物の屋上へ飛び乗り、辺りの様子を見回した。


「遠いな」


 大通りのような人口密度の高い場所ではない。

 城壁の近くや、裏通りの奥の過疎地、後は商会の倉庫とかが多い場所が狙われたように見受けられる。

 爆風が届かないはずだ。そもそも爆発の威力は高くなかったのだろう。


 ただ、数が多かった。

 ざっと数えるだけでも二十以上の煙が立ち上っている。これだけの場所が一斉に爆発すれば、それぞれは小規模でも大きな音にもなる。


 煙の勢いが治まる様子はない。どうやら火事になっているようだ。派手に火の手を挙げている場所がいくつか。


「……らしくないな」


 ここで直接的な破壊工作?

 テロリストの手法としては一般的だろうけど、今までのミシェルの行動指針とは結びつかない。

 あいつは単純な殺人や、それを元にした脅迫を主題としていないはず。

 あくまで『心象賛歌』による破滅を重視していた。

 それこそ、ただ人や物を破壊したいだけなら、こんな回りくどい手段は必要ない。最初から付近の人に襲い掛かればいい。


 それにこういう爆発とか火事なら騎士団と軍が即応する。

 騎士団が人々を誘導して、軍が消火活動。

 まあ、煙を吸って体調を崩す人はいるかもしれないけど、今までのような対処不能の凶行ではない。


「……煙?」


 不意に引っかかる単語。

 爆発や火の勢いに反して、派手な煙。

 多数の、それこそ王都に均等に起きた爆発。

 『心象賛歌』は、新型の麻薬で、麻薬には煙を吸引する類の使い方がなかったか?


 眼下で笑い続けるミシェル。

 不気味なほど変化の少ない笑み。

 やはり、こいつの方針はぶれていない。


「毒の煙?」


 僕の呟きなんて聞こえるはずがないのに、ミシェルの口元が『正解』と形作った。


 叫びそうになるのを堪えて、対策を練る。

 どうする? 周りの人間に伝えるのは簡単だけど、ただでさえ突然の闘争で混乱が起きかけているのだ。ここで危機を伝えればパニックは確実。

 それに伝えるにしても王都の広さと、煙の広がり具合に対して、僕の声が届く範囲は狭すぎる。


「煙を風で飛ばす?」


 いや、そんな事をしても被害が広がるだけかもしれない。

 そもそも僕の魔造紙で王都全体に効果を出すとなると、どうしても凝縮魔法になってしまう。

 必然、高すぎる威力のせいで、人にも建物にも被害を多数出す結果になるのが見えていた。

 広範囲に及ぶ精密な風を制御するなんて離れ業、可能なのはおじいちゃんだけだ。せめて、ここにおじいちゃんがいてくれたら……なんて、弱気になっている。

 今、自分にできる事を考えろ。


「まずは消火しないと……」


 氷の属性魔法……くそ。人間を捕縛する程度の下級しかない。

 水は、ある。一枚だけ。五十倍凝縮だったら王都を水没だってできたのに……いや、何を考えているんだ。そんな事したら本末転倒じゃないか。

 落ち着け。まずは一枚でも、一ヶ所でも火を消すんだ。


「始祖様ー!」


 大声で呼ぶな!

 見透かしたように僕の動き出しに合わせたミシェルの声。なんだ、僕の挙動も研究済みだから、タイミングもわかるってのか?

 無視してしまいたいけど、今までこいつの発言は何かしらを示唆していた。その全てが僕を追い詰めるための策を披露するものだった事に目を瞑れば、対処の助けにも利用できる。


「安易に消火と考えてよろしいので?」

「消さなきゃ煙にまかれるか、大火事だろ!」


 焦燥感に駆られる僕をおちょくるようにミシェルは悠々と手を広げる。


「ええ。ですが、方法は慎重に。下手に水で消火しようものなら、粉末は水に溶けて王都に広がりますよ」


 消火に使った水はどうなる?

 土の地面なら染みこむ。

 レンガ造りの道なら下水道か。

 つまり、『心象賛歌』の効果が蓄積されるとでも?

 はったりの可能性は高い。下水に入ってしまえば、多少の影響はあってもそのままなんてない。でも、地面はどうだ? 地下水に、水源に、影響が出たらどうなる? 下手すれば王都だけでなく、周辺の川にまで伝わる? その影響が自然回復するまでどれぐらいかかる?

 あの粉末の性質が解明されていない以上、聞き流すには危険すぎた。


「……どうする? どうすればいい?」


 だからって、放っておけば先に僕が言った通りだ。

 煙にまかれて肺を焼かれるか、王都が火の海に飲まれるか、麻薬中毒者を大量に生み出すかじゃないか。

 薬品が絡んだ火事の消火方法って、どんなのがある? ああ、前世の知識なんて持っているのに思いつかない。

 こうして迷っている間に軍が消火活動を始めたらどうしよう。そうなれば結局は水のせいで麻薬が広まってしまうというのに……。

 いや、考える事をやめるな。諦めるな。

 方法がないなんて信じるな。ないなら作る。今までだってそうしてきた。


「爆発で火を吹っ飛ばすって方法がなかったっけ? それとも周りの燃える物を破壊すれば?」

「妙策は思いつきましたかー、始祖様ー」


 お前は少し黙ってろ。


 駄目だ。焦るなと念じる程に思考が空回りしている。

 落ち着け。種類こそ違っても、今までだって追い詰められた事は何度もあったじゃないか。

 そうやって自分に言い聞かせるけど、ミシェルの視線を感じる度に思考が乱れる。


 そうだ。

 何がいけないかと言えば、結局のところはミシェルの思惑に乗ってしまっているのがいけない。

 徹底的に僕を研究したというミシェルの作戦は有効だった。

 僕がどう対処するかが読まれている感覚があり、実際にその通りになっている。


 ミシェルのペースから脱する方法は、ある。

 大切なのはミシェルが知らない部分で勝負する事。

 その実績は既に先程証明していた。


「……いいさ。やってやる」


 ここで最後の切り札を切る。

 本当なら取りに行かないといけなかったんだけど、僕の想像を超えたルートから既に届いているから、いつでも始められた。


 さっき後ろ腰に収納したバインダーを取り出す。

 去り際のステラが渡してきた一冊。

 この中身はまだ魔法学園で実験中で、その取扱いの難しさと重要さから下手な場所に保管するわけにもいかずにクレアに預けていた。

 ……本当にどうやってステラはこれを見つけたんだ?


 いや、そっちは後回しだ。

 結果として今この場にこれがあるという事実が重要。


 これだけの襲撃を繰り返しているのだ。

 そろそろ『日影の底』の貯蔵も尽きる頃合いのはず。


 理不尽が自分たちだけの特権だと思ったら間違いだぞ。

 自分を奮い立たせるために強く言い聞かせる。


 きっと僕はできる。

 できないはずがない。

 いや、できて当たり前。

 できるのはごく自然な事。

 それは手足を動かすように。

 それは思考を巡らせるように。

 全てを振り絞り走り抜けるんだ。


「異界偽書・・、全解放」


 漆黒のバインダーが開く。

 発動に合わせてひとりでに捲れていくページ

 同時に僕の周囲に光の砲弾が生まれていった。

 数にして五十。

 その姿は号令を待つ騎馬のよう。


 イメージは原書。

 一冊を以って成立させる最上位の魔法。

 それを模造魔法にて再現する。


 違いは劣化している事。

 そして、管理者の双子がいない事。


「――がっ、ああ!」


 頭を万力で潰されたと錯覚した。

 痛い。熱い。軋む。

 頭の中に火串でも刺し込まれたみたいだ。


 五十の弾丸のひとつひとつが異界原書から模造した種族特性そのもの。

 それは劣化したとしても、模造品だとしても、『ひとつの魂の在り方』でもある。

 だから、僕の制御を外れて、己の性質のままに動こうとしていた。


「こ、構築……『万魔殿』――っ、全、ッ弾、装填!」


 そいつらを全て従えなくてはならない。

 できなければ、火事に対処するどころか全く関係ない誰かを傷つける結果になる。


 過去最大は五発。今はその十倍の数。

 余計な思考と迷いを排除。

 この瞬間、僕は必中の射手になる。


 バラバラに離れていく手綱を強く引き、照準を、狙いを、だけじゃ、足りない。軌道、弾道を、抜けて、人の群れを、建物を、抜けて、あの、火の手の、中に、中を、塗り、潰す、線を、面に、それぞれで、一斉に、抉り――取れ!


 視界が赤く染まる。

 鼻の奥から血が溢れる。

 食いしばった奥歯が欠ける。


 それでも吼える。


「撃てえっ!!!」


 五十の魔弾が斉射された。

 王都の空高くまで伸び上がり、渦巻く様な軌跡を描きながら散開。

 火元へと飛翔し、通過し、切り替えし、僅かに軌道をずらし、通過し、切り替えし……空間を塗り潰していく。


 魔弾に触れたものは、火も、炭も、粉末も、消滅していった。

 異界の魂魄が己へと書き換えて、飲み込んだのだから残るわけがない。

 そして、最後は空の果てへと飛翔し、消えていく。


 結果、わずか数秒の内に王都に起きた火災が消滅した。


「どう……だ、これ、は。予想、できない、だろ?」


 手から魔造紙が失われたバインダーが零れ落ちる。

 ああ、脳がショートでもしたみたいだ。

 視界がちかちかと明滅して、自分が立っているのか、座り込んでいるかもわからない。

 誰かが、何かをしゃべっているみたいだけど、僕の耳はうまく聞き取ってくれなかった。


 いけない。

 まだ、倒れるわけにはいかない。

 火元がなくなっても、まだ煙は残っている。ミシェルも捕まえないといけないし、『日影の底』の奴らもいる。僕が、どうにかしないといけないんだ。


 でも、体はいう事を聞いてくれない。

 必死に意識を繋ぎとめるのも、限界が……。




 どれだけ時間が過ぎたのか。

 不意に耳が意味のある音を拾った。


「まったく、無理をするのはいつまで経っても変わらないのう」


 知っている、声。


「おじい、ちゃん?」

「そうだよ、シズ」


 ようやく五感が正常に戻ってきたのか、耳に続いて視界も戻ってきた。

 僕はどうやらおじいちゃんによって抱き起こされているようだ。


 おじいちゃんは旅装のまま剣を片手に構えている。

 剣の切っ先を向ける先でミシェルが倒れていた。その近くで『心象賛歌』が入っていたはずの瓶が空っぽになって落ちている。

 僕たちの背後には巨大な気配を感じて振り返ると、赤い輝きを纏った水晶製の獣の姿。


 場所は、東区の大通り、かな?

 どうやら僕は屋根の上から落ちたらしい。

 状況から察するに、おじいちゃんが受け止めてくれたのだろうか。


「何が、どうなって? いや、それより煙をどうにかしないと!」

「大丈夫じゃよ。そちらはもう終わっておる」


 言われて気づく。

 あんなに立ち昇っていた煙が空から消えていた。

 そうか。おじいちゃんが対処してくれたんだ。


 気遣うおじいちゃんに大丈夫と言って立ち上がる。

 まだちょっとふらつくけど、一人で立てない事もない。

 無理が祟ったのか、本調子には程遠くて、不安になるな。


「どうなったの?」

「儂もついたばかりだがの。屋根から落ちたシズを受け止めたところで、そやつが儂らに『心象賛歌』をかけようとしたのでな。気を失ってもらったよ。それでちょうど今、あの毒煙を片づけたところだよ」


 話を聞くに気絶していたのは数分程度だろうか。


 あー、詰めの甘さをフォローしてもらった感じだ。

 僕も修行が足りないという事か。指導者としては反省するしかない。


 しかし、おかげで事態はようやく沈静化、かな。

 ミシェルも気絶したようだし、新たな策が続けられる様子も見られない。


「って、おじいちゃんがどうしてここに? というか、どこに行ってたの? って、この水晶のって召喚魔法……じゃないよね? え? 合成魔法? でも、僕が作った奴とちょっと違うんだけど、っていやいや、その前に『心象賛歌』の事とかどうして知っているの?」


 突然の登場に反応が遅れたけど、疑問が噴出してくる。

 話してみたところ、ボケて云々の心配は杞憂だったみたいだけど、おじいちゃんの行動には謎が多すぎた。


 慌てる僕に対しておじいちゃんは落ち着けとばかりに掌を出してくる。


「ちゃんと説明はするが、その前に若いの、そろそろ寝たふりはやめてはどうかの?」


 おじいちゃんの視線の先はミシェル。

 指摘を受けたミシェルが軽い動きで上半身を起こした。


「さすが、噂に名高い『風神』セズ様は気づかれますね」

「シズ。調子が悪い間は無理をするものじゃないぞ?」


 ミシェルの称賛を無視して、注意喚起するおじいちゃん。

 あー、頼りになる。

 ミシェルのようなのを相手するのに、経験豊富なおじいちゃんが傍にいるだけで安心感が半端じゃない。


「これは万策尽きましたね」

「戯言を。シズ、この手の輩の話を聞くだけ無駄よ。虚実など見極めるなど誰にもできん。本質を見抜けねば踊らされる」


 身に染みて学びました。

 今思えば、ああしてペースを握ろうと無茶したのも誘導された結果かもしれない。

 実際、無理をしたせいで無防備に気絶してしまったのだし。


 もしも、おじいちゃんが来てくれなかった時、僕が『心象賛歌』を飲まされていたら、どうなっていたのか、考えるのも恐ろしい。


「手厳しい。しかし、その通りです。僕の言葉には嘘というか、不足があります」

「もういい。お前の話を聞く気はないよ」


 ないと断じても、まるで独り言みたいにミシェルは続けた。


「僕は始祖様を尊敬しています、慕っております。そして」

「聞かないって言って……」

「同じだけ、恨んで、憎んでいる!」


 言葉通り、憎悪に満ちた目で、激情を吐露した。

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