後日譚猫10 スレイア軍
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再びルネに子供たちを預けて、僕はリエナ達のいたテラスに飛び出した。
時刻は夕暮れ。太陽が西に沈め始める時間帯。
そろそろ一日も終わり、人々が家路につく頃。
静かな貴族街に似合わないざわめきや悲鳴が辺りで上がっている。
「……あれ、ルインだよね」
夕日で茜に染まった王都上空を見上げれば、銀の煌めきが飛翔する姿が映った。
飛行速度、体の大きさ、銀の竜鱗。
覚えのある竜の特徴に一致している。
「なにやってんだ、あいつ」
竜族は以前の隠れ里が諸事情により住めなくなってしまったので、バジスから少し離れた外海にある小島に移住した。王となったルインは生き延びた竜を集めて、静かに暮らしていたはずなのに。
「そっくりさんじゃないよな?」
「ん。あれはルイン」
リエナとクレアがやってくる。愛用の槍を片手に、念のためフードも被っていた。
レギウスはクレアに抱えられ、この騒動の中でもスヤスヤと眠っている。我が子ながら大物だな。
タロウはルインの姿を追って頻りに首を振っているのだけど、気持ち悪くなっても知らないぞ。
近くに護衛の姿はない。
僕は変装しているから判断できないとして、リエナ以上の護衛なんていないから、その分を避難などの人員に回しているのだろう。
「どうやら追われているようですわ」
追われている? 何に?
尋ねるより先に大きな影が上空を通り過ぎていった。
慌てて視線を持ち上げると同時。
どおおおおおおおおん!
壮絶な激突音が王都に降り注ぐ。
僕たちの頭上を通過していった何かが、ルインとぶつかり合ったのだ。
勝者は敵側。
ルインは錐揉みするように落ちていく。
しかし、落下したのはほんの数秒。ルインはすぐに翼をはためかせて持ち直し、鋭く身を翻すなり反撃に出た。
おそらく、ルインは正面でぶつかれば負けるのを予想していたのだろう。備えていれば受け流す事も可能。その飛翔に危うさはなく、速度は落ちるどころか更に増していた。
狙いは最初からカウンターと見た。
激突で速度を落としていた相手の背後を取り、片翼に爪を振るう。
寸前で躱されてしまったけど、体勢を乱した相手は追撃を嫌って、ルインから距離を取った。
ルインも深追いは避けて、滞空を選んだ。
両者の動きが止まったところで、改めて敵を観察する。
敵――金色の巨竜。
ルインを大きく上回る巨体。
まだ若いルインは竜の中では小さいので体格で劣るのは仕方ないけど、過去に見た他の竜よりも大きい。
その優れた体格を利用した突撃は圧巻だ。あれだけの質量が、あの飛翔速度で突っ込んで来たら普通は対処しようがないぞ。
「見たことない竜だ」
竜族の全てと面通ししたわけじゃないけど、あんな巨体に金の竜鱗なんて目立つ特徴を見落とす方が難しい。
バジスが魔族によって奪われた際に散り散りになった一匹だろうか。
それにしたって、竜王と争う理由がわからない。
気になる点はもうひとつ。
「なんか、ルインの動きが悪いな」
竜王の実力はそんなものじゃあるまい。
今だって金竜が体勢を乱したところに竜炎を叩きつけられただろうし、そのまま連撃でとどめまで刺せたと思う。
「ルイン、王都を守ってる」
金竜が再び動く。
大きく首をもたげて、その口腔から火の粉が盛大に散った。
竜炎。
超高温の炎の塊が放たれる。
直下、王都に。
「おいおい」
こんなのが直撃しようものなら王都炎上まったなしだよ。
慌ててバインダーに杖を当てようとしたところで、先にルインが動いていた。ルインがその身を炎弾の下に滑り込ませる。
直撃。
しかし、ルインは丸焼けになる事もなく、炎が細かい火花となって空に舞うだけだった。
竜族の種族特性、流体制御で炎を飛散させたのか。
「あ」
その隙を狙って金竜が急降下。ルインは体当たりを受けてしまう。
今度も墜落は避けたものの、ダメージがあるのか反撃に出ない。
「そういう事か」
王都上空。
こんな場所では十全に戦えないに決まっていた。迂闊に炎を放とうものなら大火事だってあり得る。
以前のルインなら人の都市など気に留めず、戦いに没頭したかもしれない。
でも、今は竜王なのだ。ここで金竜を止められなければ、いずれ人族と竜族の戦いに発展するかもしれない。
だから、王都を守ろうと動いている。
そんな制限のあるルインに対して、金竜は王都への気遣いなんて欠片もなく、それどころかルインを追い詰めるために利用する様子。
「あの金色、笑ってる」
「……どこのどいつか知らないけど」
不機嫌そうにしっぽを揺らすリエナ。
僕も同感だ。
ルインが背負った『王』の重みを知らない奴が、ルインを嘲笑うなど許し難い。
未熟でも、失敗が多くても、『王』を目指すルインを笑う資格があるのは、その高みを知る者だけだ。
状況に不透明な部分はあっても、ルインに加勢しない選択肢はない。
叩き潰す。
「お待ちくださいな」
クレアが僕たちの前に出た。
「『日影の底』に探られているのを忘れましたの?」
あ、忘れてた。
いや、でも、そんな事を恐れてルインを見捨てるなんて嫌だ。ルインだってこのままやられっぱなしではないだろうけど、放っておくわけにはいかないだろう。
「だから、助けに行くなって?」
「いいえ。ただ、戦えるのはお二人だけではありませんでしょう?」
そろそろでしょうから、とクレアが微笑んだ。
待つ。
待つ。
待つ。
あ、ルインが噛まれてる。
待つ。
待つ。
クレアの微笑がちょっとピクピクしてきた。
待つ。
そろそろ五分ぐらい経ったんじゃない?
「クレア?」
「まだ?」
心なしか、リエナの目に湿度が宿っている。
非難というよりは、かわいそうなものを見るような感じの湿り気。
「そろそろ! そろそろですのよ! 軍の準備も」
ゴーーーーーン ゴーーーーーン ゴーーーーーン ゴーーーーーン ゴーーーーーン
恥ずかしいのか、ちょっと赤面して焦ったクレアが弁解している途中で、鐘の音が大きく鳴り響いた。
続けて塀の外から馬が駆けていく音。
避難を呼びかける騎士の声。
呼びかけの内容は『外に出るな』と極めてシンプルな内容だ。
そして、声が遠ざかった辺りで赤い樹木が発生し始める。
場所は王都を囲む城壁。ここからでは第一と第二城壁しか目視できないけど、おそらく同心円状の四つの城壁の全てで同じ現象が起きているだろう。
最初は夕日の赤に溶けこんで見えづらかったものの、一定間隔で立ち並んだ赤い樹木がどんどん枝を伸ばしていくにつれて、互いの枝が重なり合うまでに至って、夕暮れ空を魔法の赤が塗り替えていった。
「……なに?」
「あれ、合成魔法だ」
「さすがにシズはわかりますわね」
他の人間ならともかく、合成魔法の魔造紙を生み出した僕が見間違えるわけがない。
召喚魔法に、氷の属性魔法、範囲拡張の付与魔法を合成した魔法。
『晶棺樹氷』
「どんな魔法?」
「うん。丁度見れそうだよ」
枝の網で非常に見えづらい上空。
こちらの魔法発動に気を取られたのか、連続して放たれた三つの炎弾にルインの対処が遅れる。
二つまでを拡散したところに金竜が襲い掛かり、強かに頭部を打たれてよろめいた。
そうして炎弾が王都に迫る。
リエナが動こうとしたのを遮り、大丈夫だと頷いて見せる。
「あれに近づくとね」
説明の途中に炎弾が赤い樹木に激突。竜の強力な炎が枝を焼き払――わない。
パキパキ、と硬質の音。
見れば炎は木に触れたところで鎮火していた。
本来なら焼け落ちるはずの枝からは氷の葉が生え、辺り一面を覆っている。
「触れると氷漬けにされるんだ」
「王都の城壁にはこのような合成魔法が備えられていますの」
他の属性や、上からだけではなく正面からに対する備えもあるのだろう。
数年前までの無能だった騎士と軍がここまで成長したとは。色々と働きかけた身としては嬉しいな。
「でも、これじゃあこっちも反撃できないんじゃない?」
枝の網で視界が悪く、敵を見定めたところでこちらの攻撃も枝に触れたら凍りつく。
他にも守りに適した魔法はあると思うんだけどな。
「もちろん、承知しておりますわ」
レイナードさんの手伝いで自ら軍の改革に従事していたからだろうか、クレアの表情は誇らしげだった。
さっきの狼狽えた様子は忘れてあげた方がいいのかな?
「あちらをご覧くださいな」
クレアが城壁の方を指し示すと、今度は水晶の煌めきが放たれる。
一瞬のドヤ顔、見えてるからね?
クレアは何事もなかったように、自信に満ちた微笑みで説明を続けた。
「こちらも合成魔法ですわ。召喚魔法と雷の属性魔法の合成」
「『雷層鳥』だね」
雷を纏った水晶の鳥。
こいつの突撃を受けると感電して動けなくなる上に、元が召喚魔法なので術者の指示がなくてもある程度は追尾してくれる。
これなら『晶棺樹氷』を迂回して、向こう側に仕掛けられるだろう。
「これが生まれ変わった軍の姿ですわ!」
「うーん。でも、ちょっと火力が足りないかな」
いや、そんな凍りつかないでよ。
いじわるで言ったわけじゃない。実際、足りていないんだ。
『雷層鳥』は二種合成だし、強化の付与魔法が絡んでいない。対人ならともかく、竜なんて大物を仕留めるには至らないのだ。
その辺り、高威力の魔造紙を常備するできるほどの書記士が育成できていないのか、或いは管理の問題があるのだろうか。
どうやら僕の予想は当たったようだ。
上空では『雷層鳥』の群れが金竜に集り、盛大に雷を弾けさせているものの、有効打にはほど遠い。
まあ、その間にルインもダメージから回復しかけているし無駄ではないけど。
「こういう大型生物対策も考えないとね」
「考えてはいますのよ。けれど、今は竜族などとも交流を始めたばかり。大々的に『竜にも対抗できる手段』を模索するのはよろしくないのですわ」
外交的な理由なんだ。
ルインが――というか竜族が、そういう細かい事を気にするかはわからないけど、戦力を保持するというだけでも為政者は色々と考えるらしい。
「まあ、あったとしても早々に手札を切るわけにもいかないよね」
「ご想像にお任せしますわ」
親しき仲にも礼儀あり。
軍の人間として友人にも言えない機密はある。そういうのを必要以上につつくのはよろしくない。
「じゃあ、今回は僕たちで」
「ん」
夕暮れという時間帯に、あの枝の網。これだけ視界が悪ければ見られる心配もほとんどない。
「厄介をかけますわ」
気にしないでと手を振り、僕とリエナは同時に強化の付与魔法を発動させ、そのまま大跳躍を敢行する。
僅かにリエナが先行して、僕が追従という形だ。
タイルにわずかな亀裂がひとつだけ残った。……ぬう。
『晶棺樹氷』の網? そんなの人が通れそうな隙間をリエナが見つけてくれている。
瞬きの間に網を抜け、広がった夕焼け空の視界。
滞空する銀竜。
『雷層鳥』の群れ。
暴れる金竜。
見定めた場所――ルインの背中の上に着地。
「始祖、いたのかよ!?」
「話は後ね、って、あれ?」
咆えるルインを適当に流して、予想外の人物たちに驚く。向こうもすごく驚いていた。
いや、そっちも後回しだ。
空中という不安定な戦場。
視界不良とはいえ、監視の存在。
眼下の王都に被害を出さないための選択。
決めた。金竜、お前には僕のとっておきをくれてやる。
「リエナ!」
「ん!」
名前を呼びつつ軽くジャンプして体勢を整える。
それだけでリエナは僕の意図を理解してくれた。
槍を大きく振りかぶって、強化のままにフルスイング。
あ、ルインの竜鱗がちょっと焦げたけど、見なかった事にしとこう。
槍の柄が僕の足裏を打つ。
金竜に頭頂を向けて直立した僕の足裏だ。
そうなれば結果は明白。
リエナの会心の一打は打球を狙い通りに打ち出した。
片腕なり両腕なりを前に向けた方がいいのだろうか?
そんなどうでもいい事が思い浮かぶのも一瞬の事。
『雷層鳥』の群れの僅かな隙間を通過した『僕』が金竜のどてっぱらに激突し、そのまま王都の向こう側へと吹き飛ばすのだった。
こういうのもピッチャー返しというのだろうか?
真ロケット頭突き。
数年の鍛錬と、熟練した魔法、そして夫婦の絆が生み出す奇跡のハーモニー。
書籍の報告はもう少々お待ちください。




