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魔法書を作る人  作者: いくさや
後日談猫

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後日譚猫6 薬

 6


 どうやらクレアが気を遣って、僕たちが来た事をルネに連絡してくれていたらしい。

 学園から急いで駆け付けてくれたルネを女中さんが案内してくれたところで娘たちに捕捉され、一気に飛びつかれたのだとか。

 まだ、屋敷に来て日の浅かった女中さんは何がなんだかわからず、お客様(ルネ)が襲われたと勘違いしたのだろう。


 結婚式以来、魔人村にほとんど来れなかったクレアと違い、ルネは何度かこちらに顔を出していて、娘たちから大人気になっていた。

 優しく、穏やかで、見た目も可憐なルネを嫌いになるわけがない。

 特にソレイユに至っては『ルネさんみたいな素敵な女性になるの!』と言い出すぐらいだ。なるほど、確かにルネを見習えば立派なレディにはなれるだろう。


 ここでひとつ、十数年ぶりに言わせてもらう。


 だが、男だ。


 僕は未だにそれを言えずにいた。

 村に来る際は普通の男性物の服装だったのに、娘たちはルネを女性として疑わない。

 果たして彼女たちは衝撃の真実にいつ気づけるのか。ショックから立ち直れるのか。特に目標の女性として位置付けているソレイユ。

 その時は僕の父親としての頼りがいが試されているのだろう。

 まあ、悩んでも仕方ない。なるようになれ、だ。


「にゃあ」「にゃ」「なー」

「ふふ。甘えん坊だね」


 ルネの膝の上に寝そべった娘たち。

 仕方ないなとそれぞれの頭を優しく撫でるルネは嫌な顔ひとつしない。


「で、何故にドレス姿?」


 客室に戻り、落ち着いたところでようやく尋ねられた。

 薄桃色の比較的シンプルなデザインのドレス。

 髪を伸ばしているのか、軽く肩にかかるほどの長さのせいで、余計に違和感をなくしてしまっている。

 年齢的には僕と同じはずなのに、似合っているから困る。おかげで娘たちの誤解が深まるばかりだ。


「未婚の女性の家を異性が訪ねると色々と噂になっちゃうから」


 クレアの醜聞を気遣ったんだ。

 なるほど。貴族社会には色々とあるのだろう。

 それで女装して訪ねるとか、なかなかない発想な気がするけど、そこはつっこまないよ。


 でも、ルネ。君が普段の格好で来ても心配するような噂は立たないよ。

 どう見ても女友達にしか見えないから。

 いや、逆に女装したことによって、『クレアは同性愛者』という噂が広まってしまうと懸念するべきではなかろうか。まさかクレアが婚期を逃し続けているのは影でそんな疑念があるせいでは?


「うん。まあ、大変だね。うん」


 やはり、貴族社会で成り上がりなんて考えなくて良かった。

 あれこれと要らぬ事で頭を悩ませたりしたくない。

 いっそ、ルネがクレアと結婚すれば色々と解決するような気がするのだけど、ルネ=婿という構図がどうしても受け入れられないんだよなあ。

 まあ、本人の気持ちが第一だし、こういう事は友人とはいえ周りが余計な口出しすると拗れるだけ。協力を求められたなら全力で応援するけどさ。


 それにしても娘たちよ、今の話を聞いてもルネの性別を疑わないんだね? 耳に入ってない? そんなにルネに撫でられるのが気持ちよかったの?

 それから、クレア。子猫たちの注目を奪われたからってレギウスの着せ替えに熱中し過ぎ。というか、その赤ちゃん用の服は準備してたの?

 ちなみに、タロウは暇を持て余してルネに顔面ダイブを仕掛けたお仕置きで、リエナによって逆さ吊りの刑に処せられていた。うん。尻尾を掴まれてブランブランと揺れている。

 そのリエナは僕の膝の上。子供たちが一時手を離れたので、その間に甘えたいのだとか。


 混沌としてきたな。

 闇組織の話とかしてたはずなのに。


 久しぶりに学園時代の面々が集まったので、ゆっくりと旧交を温めたいところではあるけれど、あまり悠長にしていて事態が手遅れになっても困る。

 クレアに視線を送れば、やっと正気に返ってくれた。

 箍が外れていたのが恥ずかしいのか、頬を赤らめて空咳をひとつ。


「そろそろ夕食の時間ですわ。食堂に移りましょう」


 そう言って子供たちを誘導してくれる。

 娘たちが膝から離脱している間に、ルネにアイコンタクト。さすが親友は察して部屋に残ってくれた。

 すぐに娘たちが不思議そうな目で見つめて来るけど、そこはリエナとクレアが誤魔化して連れ出していく。


 ルネと二人きり。

 うん。学園時代の僕、よくこのルネと同じ部屋で一年も生活できていたな。新しい世界の扉が開いていてもおかしくないぞ。

 リエナがいなかったら僕の学園生活は薔薇色(意味深)になっていたかもしれない。


「どうしたの?」

「なんでもないよ。それより、今回僕たちがこっちに来た事なんだけど」


 わざわざ子供を席から離したのに余計な事を考えていてどうする。話の路線を本来の方向に戻す。

 僕はクレアとも話し合った件をまとめてルネに伝えた。

 ルネは悲しげに眉をひそめて、か細い溜息をこぼす。だから、仕草……。


「そっか。うん。学園でも色々と噂になってるし、生徒の中に様子のおかしくなった子もいるんだ」

「学園生も?」

「うん。変な薬が出回ってるみたい」


 薬か。

 麻薬というか、危険ドラッグというか。そんな感じの薬が王都に広まっているのだ。

 気持ちよくなれる、ストレスが解消する、夢が叶う、などなど。そんな怪しいうたい文句に釣られて買う人間が増えている。

 どうも一種類ではないのか、多幸感に包まれたり、過剰に興奮したり、感覚が鋭くなったりと様々な効能があるようだ。

 もちろん、そんな調子のいいことはなく、薬の効果が切れると禁断症状。薬で得たのと正反対の症状に襲われる。多幸感は被害妄想に。興奮は鬱に。鋭敏化は鈍化に。性質の悪い事に得たものより重症化する傾向だった。

 そうして、苦しみから解放されようと、再び薬を求めてしまうのだとか。


 一週間前に聞いた話だと、傭兵とか、ギャンブラーとか怪しい脛に傷もつような人たちが被害者だって聞いていたけど、まさか魔法学園にまで広がるとは。


「やっぱり、貴族の生徒?」


 金銭面から考えると手に入れやすいのはそちらだろう。

 直接関わったりはなかったけど、僕の学生時代にも麻薬みたいな草を燻して吸っている貴族子弟がいたらしいし。


「ううん。全般的に。すごい安値で売られてるみたい」


 平民の生徒でも手が出る金額設定か。目的が見えないな。少ないメリットの為に多大な危険を冒している。

 それとも、依存が酷くなったところで高騰させて、荒稼ぎする算段、とか?

 これも闇組織『日影の底』が関係しているのだろう。というより、王都で事件数が増加しているのって、その薬が原因じゃないの?


 どうも薬に手を出した生徒が問題を起こしたらしく、ルネたち教師陣も苦労させられているようだ。

 やっぱり、放っておくなんて選択肢はないな。


「ところで、学長先生に会いたいんだけど、連絡取れる?」


 おじいちゃんや闇組織の事を聞きたい。

 ルネの後ろ盾の一人でもあるので、元学長先生と連絡を取るならこのルートが一番目立たないだろう。

 けど、ルネは表情を暗くして首を振った。


「学長先生、三日前からいなくなっちゃったんだ」


 こっちもか。

 おじいちゃんもだけど、学長先生もかなりの高齢だ。

 だって、もう八十歳。

 前世ならともかく、この世界ではギネスクラスの高齢だった。

 日頃の生活習慣が良いためか、元の気力体力がとんでもないためか、健康ではあるけど、何があってもおかしくない年齢である。

 ボケも始まっているので心配だ。


「あと、学園で指導してくれていた方たちもね。一ヶ月前、急に辞表を出してね」

「それっておじいちゃんと同期の?」


 ルネが頷くのを見て、頭が痛くなる。

 一時、おじいちゃんが学園で指導していた時期、同期の友人にも協力してもらっていたのだ。魔族との決戦後、指導役を降りたおじいちゃんだけど、友人の何名かは残っていた。

 やはり、亡くなる人も多くて、報せが届くたびに物悲しそうな顔で空を見上げていたっけ。

 そんな人たちまでいなくなるって。


「……闇組織と決戦でもするつもりなのかな」


 ちなみに、おじいちゃん部隊の戦闘能力は最終決戦で証明されている。

 『風神』セズが中心となって戦えば、五種魔神とさえ五分に渡り合えるのだ。騎士団の最精鋭にも勝ってしまう。

 相手が闇組織でも大丈夫だろう。実際、過去に叩き潰しているわけだし。


「うん。ボクたちも心配だし、学園でお世話になっていた人で探しているんだけど」

「見つからないんだ。まあ、本気で隠れられたら難しいだろうね」


 おじいちゃんが王都に到着するまでまだ数日あるだろう。

 それまでに闇組織の件を片付けてしまおう。

 心置きなく家族と王都観光もしたいしね。


「了解。僕も今晩から動くよ。あ、それと、ルネにお願いがひとつあるんだけど、いい?」

「もちろん。シズの頼みごとならなんでも聞くよ」


 ルネ、その台詞を男と二人っきりの部屋で言ってはいけない。

 クレアとは別の意味でルネの今後が危ぶまれてしかなかった。




 そうして、ルネも交えて楽しい夕食会を過ごし、一日中興奮しきりだった子供たちがぐっすりと寝静まった深夜。


「夜中、迎えに来るんだよ?」

「ふおっ!?」


 僕は王城の一室に忍び込み、就寝中の王様の枕をひっくり返すのだった。

エンディングの最後に飛び出してくるの、結構トラウマです。

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