後日譚29 教育的指導
後日譚29
さて、色々と事態が混迷してきてしまったので、整理しよう。
場所は元竜の隠れ里。
時は夜の入りを過ぎたほど。
居合わせるのは僕。
そして、少女の姿になったルイン(気絶)。
捕縛した魔人が十体(気絶?)。
結界魔法で捉えた偽者(気絶)。
気絶率高いなあ。
死屍累々という言葉が思い浮かんで、死んでないから大丈夫と振り払う。
「ん」
リエナが下から戻ってきた。
その手には漆黒のバインダー。偽者に奪われた合成魔法の魔法書。
子狐に擬態する際に邪魔になるため置き去りにしたのを、リエナが探して持ってきてくれたのだ。
中身を検めてみる。
意外にほとんど使われていない。なくなっているのは五枚だけ。
威力が高すぎて使いどころが難しいからね。さほど、不思議なことでもないか。
「シズ、あれ起きてる」
リエナの視線の先は偽者を覆う結界。
幼児姿の僕が舌打ちしながら身を起こした。
目を覚ましていたのか。隙を窺って逃げるつもりだったのか。諦めが悪いのはもう知っているけど、それほどの執念の根本が何か気になる。
「……なんだよ。見てんじゃねーよ」
ガラの悪い口調。声は僕そのものだけど、演技は捨てたようだ。この状況で続けても意味がないだろう。
「色々と聞きたいことがあるんだけど」
「俺は話すことなんてねえ」
そっぽを向く。
子供か。いや、見た目は子供だけど。というか、こいつは本当は何歳なんだろうか?
ただの魔人であれば、ピンきりだろうけど。
魔王化、魔神化を経ているなら、百年以上は生きているはず。
「まあ、とりあえず話を」
「知らねえっつってんだろ!」
強い語気と共に振り返った偽者の手には一枚の魔造紙。
どこに隠し持っていたんだかわからない。チラリと見えた感じからすると合成魔法だ。
なんの魔法かは判別できなかったけど、この結界を打ち破るぐらいは容易だろう。ただし、内部に囚われている偽者が最もダメージを受ける状況だった。
だというのに、偽者は躊躇わらない。
魔造紙に拳を振り下ろす。
「いけ。『常世の猛毒』」
けど、それよりも僕の方が早かった。
偽者の手から魔造紙が消滅して、拳は虚しく結界を叩くだけ。
魔人クラスであっても、擬態に特化した偽者では結界破壊は叶わない。悔しげに僕を睨みつける目を真っ向から受け止める。
目を見て人の善悪を見分けられるほど、僕は上等な人間ではない。
僕が知っているのはこの偽者が目的のためなら手段を選ばないということだけ。
それでも根っからの悪人には見えないんだよな。
甘いと言われれば、反論のしようもないけど。
僕の知る悪といえばガインだろうか。
あの男と偽者の違いはどこにあるのだろう。
「おい」
呼ばれて、偽者が僕を見上げていることに気付く。
居住まいを正していた。正座で、両手をつき、挑むような、祈るような、不思議な色合いの目で僕を見つめている。
「頼みがある」
どの面下げて、と切り捨てるのは簡単だ。
ついさっき、悪あがきしようとしていたというのに。恥も外聞もない。
それだけにどんな頼みか興味がある。
「俺は煮るなり焼くなり好きにしてくれ。俺はそうされるだけのことをした。あんたの好きなようにしてくれていい。邪魔な奴を消すのを手伝う。影武者もやる。望むなら女に化けたのを犯してもいい。いたぶるのも自由だ。俺が迷惑をかけた連中の前に引きずり出してくれてもいい。本当に好きにしてくれ。俺はもう抵抗しない。全て従う。」
随分と物騒なことを言うな。
一部の発言で背中に視線が突き刺さってくるのを感じつつも、気づかないふりで偽者と向き合い続ける。
我が身を奉げて、何を願うのか。
「俺の仲間を見逃してくれ」
十人の魔人。
気絶したままの彼らの解放を望むんだ。
ああ、やっぱり。
そう納得する僕がいる。
ガインとの違いはそういうことだろう。
「今までのことは全部、俺の独断でやった。あいつらは無理に手伝わせただけだ。罪は俺が償う。だから!」
仲間のために命を張るというのは見上げた気概だけど、そう問題は簡単なことじゃない。
仮に僕が十人の魔人を見逃して、他の人間が襲われる可能性を考えないわけにいかないから。
僕やリエナのような戦える力を持つものなら抗えるだろう。
でも、ただの人には魔人の力は脅威という事実に目を瞑るわけにはいかない。
「頼む!」
そんなことは偽者もわかっているのだろう。
わかっていて、それでも無理を通すために頭を下げている。
とりあえず、幼い自分の姿に土下座されても奇妙な気持ちになるだけなので、やめてほしいなという感想だった。
「あー、どこからかな。まあ、まずは」
頭を掻きつつ、色々と考える。
僕は偽者を封じていた結界を解除して、偽者の目の前に座った。
驚きに目を瞠る偽者にニコリと笑いかけて、
「人にものを頼むならちゃんとした口を利きなさい」
ガツンと拳骨を落とす。
不意打ちみたいになって偽者が顔面から地面に突撃することになった。
「な、なにを」
「いや、ちょっと直視に耐えられなくて」
だって、ねえ?
僕の姿をしていて、仲間のために独断で、最後は自己犠牲とか。
どこぞの喪女を見た時にも思ったけど、あの時よりもイライラさせられてしまう。
「仲間が大切なのはわかった」
「なら」
「だからといって、何をやっても許されるわけじゃない」
「でも、普通の方法じゃ駄目だったから!」
「なら、普通じゃない方法を考えればいい」
「そんなのあるわけねえだろ」
「決めつけない。それと言葉づかい」
ガツンともう一発。
甘えるなと。諦めるなと。
「決めつけない。考えて、考えて、行き詰って、仲間を頼って、味方を増やして、皆で考えて、悩み抜いたの?」
偽者が言葉を詰まらせる。
そういうことができないタイプだよね。うん、よくわかります。思い込みが強いから。
「あんたは、強いから……」
「僕は強くない。それに、誰かが強い弱いは関係ない。君がどうなるか、だよ」
最初から強い人なんていない。
師匠は大切な人を失って、強くなった。
武王は色々な物を背負いながら、強くなった。
僕だって、間違えながら、失敗しながら、たくさんの人に支えられてここまで来れた。
あー、きついな。自分に自分で説教しているみたいだ。
「で、君は仲間のことを放り出して、諦めるの?」
「そんなの!」
強い視線が返ってくる。
その目に宿っているのは苦渋と赫怒と、そして、後悔か。
「なら、早々に命を投げ出さない」
ガツンと三度目の拳骨を落とす。
幸い、僕には間違いを正すやり方を知っていた。
まあ、ちょっと方法は過激だけど。今でも痛かったのを覚えているけど。
だけど、だからこそ、僕は忘れないでいられる。
そして、その痛みに感謝している。
さて、偽者はどう反応するかな。
反抗するのか、諦めるのか、それとも。
それよりも早く、違う場所から声が上がった。
「……リゼルを」
小さな声だ。
掠れて、ともすれば風の音に飲まれて届かずに消える波。
だけど、不思議と僕は聞き逃すことなく、誰かの訴えに気付けた。
四神『威竦みの王虎』によって思考さえ封じられていたはずの魔人の内の一人。
俯いていた顔が持ち上がり、弛緩した表情ながらも目だけは僕を睨みつけていた。
喘ぐように音にならない息を何度も吐き、それでも繰り返して音を、言葉を為そうとして、遂には実現して見せる。
「リゼルを……傷つけないで……」
高めの綺麗な声をしていた。
魔人はそこで力尽きたのか、再び俯いてしまっている。
驚いた。
色々と、驚いた。
四神の精神支配をわずかとはいえ乗り越えたこと。
偽者にもちゃんと名前があったこと。
そして、魔人が滑らかに人の言語を使ったこと。
偽者――リゼルと呼ばれたか――は擬態の魔人。
なんにでも化けられるなら、それこそ声帯だって再現できるだろう。流暢に言葉を使ったところで驚くことではない。
けど、武王やルインが対峙した魔人は人語こそ使ったものの、かなり聞き取りづらい音の重なりだったとか。
今の魔人が魔神化していて、リゼルと同じか似た種族特性を持っている可能性はあるけど、それも違うとわかる。今の魔人は魔神ほどの迫力を持っていない。
それこそ、ただの人間と変わらない程度。
「どうやら、君にも色々と事情があるのはわかった」
やはり、話を聞かなければならない。
けど、それよりも先に。
「で、君はどうする?」
リゼルの意志を確認する。
諦めるのか。足掻くのか。
何かを噛みしめるように拳を握りしめていたリゼルが、勢いよく顔を上げた。
「お願い、します。助けてください」
足掻くか。
命の代わりに、誇りを捨てて。
そうだよな。あんな仲間がいるのに、自分を投げ出すわけにはいかないよな。
「話を聞こうか」
書籍版、発売まであと2日。
連続投稿したいけど、当日分がどうなるかわかりません。
とりあえず、明日の分は予約しておきました。
12時、更新予定。




