後日譚16 人生相談
休みたい……。
後日譚16
「……戻られたか」
「あ、はい。ご無沙汰しております」
人払いした要塞の一室で、対面したレイナードさんの一言目がそれだった。
泰然とした人だとは知っていたけど、もうロボットとかじゃないのってぐらい感情が揺れないな。
僕の登場を一言で済ませてくれた。
逆にちゃんと信じてもらえているのか不安になってくる。
「あの、疑ったりとか、驚いたりとかは?」
「クレアとリエナ嬢が連れてきたのです。偽物ではないでしょう。いずれ帰ってくるとは二人とも主張しておりました。娘はともかく、猫妖精のリエナ嬢が信じる以上、根拠はなくとも可能性は高いと判断しておりました」
「あ、あー、そうですか。あの、もう僕、始祖ではないので。前みたいに話してもらえませんか?」
いや、友人の父親に丁寧に話されるのってきついし。
ある意味、王様よりも精神的に重い。
「シズ殿が望むのであれば」
「殿って、もういいや」
リエナも『嬢』だし。
盗難の件を聞く前に、僕側のこれまでの経緯を話しておく。
その間、リエナとクレアは料理の手伝いに行ってもらった。友達だけで話したいこともあるはずだし。
レイナードさんは最後まで黙って聞き続け、最後に少し難しい顔になった。
「なにか、気にかかることがありました?」
「いや、それは後にしよう」
何の懸念なのか気になるけど、今は盗難の件の方が優先順位が高いので、話の路線を元に戻す。
「それで、クレアから合成魔法の魔法書が盗まれたと聞いたんですけど」
「面目ない。聞いての通りだ。五十冊は分散し、それぞれの専任官に管理させ、極秘の隠し場所で保管していたのだが、うちの一冊が盗まれた」
最初期に一次模写を終えた後、全ての魔法書は秘匿したらしい。
確かに一冊でも欲深貴族の手に渡ればシャレにならない代物なので、その判断は妥当だろう、
加えて、バラバラに隠したのも正解だった。もしも、一ヶ所にまとめていたなら、今回の盗難で五十冊が全て奪われるところだった。
被害を最小限にした結果は理解した。
では、盗まれた経緯はどうだろう。
「専任官曰く、『私』が魔法書を取りに来たらしい」
「は?」
その私って、レイナードさんのことだよな。
「無論、私は行っていない」
「……変装?」
「寸分たがわぬ私の姿だという話だ」
また、偽者か。
どこの怪人だよ。二十面相か。
「持ち出しの規定時間を過ぎても私が戻らず、延長の手続きもなかったので、専任官が私に確認に来たことでようやく盗まれたと気づいた次第だ」
「隠し場所を知っていたのは誰ですか?」
「私と副官が全ての場所を。各専任官は担当箇所しか知らぬ」
「変装もですけど、その情報収集能力も厄介ですね」
レイナードさんのことだから、魔法書の取り扱いはかなり慎重に決めているだろうし、専任官も厳選しているはずだ。
その工作を上回る情報収集能力。
やはり、変装が根幹だろうか。状況から見るに僕やレイナードさんだけでなく、もっと多くの姿を真似できるのかもしれない。
或いは複数の変装の名手がいるのか。
「嫌な感じだ」
そうして事態に気づいたレイナードさんは即座に王様に報告。
事に対処するにあたって、以下の王命を嘆願する。
全ての専任官は如何なる人物であろうと魔法書の持ち出しを禁じ、接触があれば即座に魔法書を破壊すること、と。
武力で対処できない相手だった場合、奪われるぐらいなら処分するという決断はうまい。
情報収集が得意な奴なら、その命令も聞いているだろう。接触しただけで魔法書が処分されてしまうのだから、他の魔法書に手を出せなくなったわけだ。
「それで、ここにいるのは」
「クレアからブランに現れた偽の第八始祖を聞いたのでな。『第八始祖の姿』に『合成魔法』を使うと聞けば、関連を疑わざるをえん」
「でしょうね」
奪われた魔法書を取り返すため、ブランの動向を窺いつつ準備しているわけだ。
おそらく、軍の精鋭を用意しているのだろう。問題は無断でブランに入るわけにはいかないことか。
許可を求めているだろうけど、内乱一歩手前の状況にあるブラン王家には対応している余裕もないのか。ここで足止めをくらっている、と。
「じゃあ、僕が行きますので。レイナードさんは後詰をお願いし」
「シズ殿」
「はい?」
口上を遮られて驚いた。
レイナードさんはどちらかというと静かに話を聞いて、それから意見を口にするイメージなので、こうも強引に遮られるとは思っていなかったから。
難しい顔のレイナードさんは言葉に迷っている様子だった。
それも、珍しい。
「いいだろうか。シズ殿は第八始祖としては名乗らず、一人の民として生きていきたいと言っていた」
「ええ。権力とか地位とか、性に合いませんので」
「それは構わん。だが、そうであるならばシズ殿は考えねばならないのではないか?」
考える? 何を?
レイナードさんの言いたいことがわからなくて首を傾げる。
「今までのように、超越者として力を振るえば、いずれは正体が露見するだろう」
「……それは、まあ」
既に誘拐事件の時も、リラと一緒に捕まっていた妖精さんたちに姿を見られている。
妖精だからいいかと、口止めをお願いするだけにしてしまったけど、どうしたって人の口から噂は流れていくだろう。
「無論、シズ殿が守るべきもののために力を振るうのは構わない。その力はシズ殿の行いの末に得た物なのだから。だが、目的と方法が相容れないと感じた」
反論できない。
目立ちたくないという僕の願いは、目の前の問題を座視できない僕の性格と食い違う。
「繰り返すが、力を振るうなというわけではない。しかし、振うならば、相応の覚悟を以て望まねば、破綻してしまうだろう」
「……そう、ですね。ありがとうございます」
「託された魔法書を奪われておきながら、言うべきことではなかったな」
「いや、それは気にしないでください」
盗難の件は、どうにも人外の気配がする。
まあ、レイナードさんの性格上、気にしないわけにもいかないのだろうけど。
とはいえ、人に対処できない出来事まで責めてしまっていては、有能な人材を無駄にしてしまう。
それなら別の形で失点を回復してもらいたい。
それより、レイナードさんの危惧を考えよう。
僕は矛盾する行動をしている。
確かに目的と方法が反発していた。
僕でなければ解決できない問題は、規模がどうしても大きくなってしまい、そうなれば嫌でも人目についてしまう。
当然、指摘通り僕の正体は露見するだろう。
これはひとつの選択肢だ。
正体を隠すために、問題から目を逸らすか。
堂々と名乗り上げて、問題を叩き潰すのか。
ブランにいるという僕の偽者は今までの相手とは話が違う。
多くの人民を従えて、構成魔法まで再現する相手。
そんなものと相対すれば、とんでもない騒ぎになってしまうだろう。
だから、ここで考えないといけない。
「嫌な問いをしてしまったな」
「いえ、直面する前に教えてもらえて助かりました。レイナードさんの言うとおり、ちょっと考えてみます」
「そうか。相談があれば聞こう」
こうやって話してみると、僕はまだまだ精進が足りないと思い知らされる。
レイナードさんほどの人になれば悩みとかもなくなるのだろうか。
ちょっと、興味が湧いたので率直に聞いてみる。
眉間にしわを寄せたレイナードさんは机に肘を突き、沈鬱な表情で呟いた。
「悩みか……クレアが、嫁ぎ遅れてな」
なんか、盛大に地雷を踏み抜いたようだ。
確かにクレアは僕たちより一つ上の十八歳。平均的な結婚適齢期が十五歳のこの世界ではやや遅いと言わざるを得ない。
それも大貴族の令嬢なら尚更だ。
大抵、許婚とかが決まっているのが普通で、この年齢の頃にはその相手と結婚しているものだろう。
下手な相手に嫁がせるわけにもいかないし、やはり本人の意思も尊重できるならしてやりたいのが親心。
クレアに見合う相手がいないのか。仕事を楽しんでいるらしいクレアが拒否しているのか。
「そうだ。シズ殿、クレアをもらってくれはしないか?」
「何を名案みたいに言いますか」
「しかし、シズ殿の家格はあの『風神』に『雷帝』の上に、シズ殿自身は元とはいえ始祖であるのだ。クレアとも友人であれば、あれも嫌がりはすまい」
「いやいや、僕にはリエナが……」
きっと冗談のつもりだろう。
真面目な表情のレイナードさんが言うと本気に思えてしまうから困る。
なんて、考えている余裕なんてなかった。
予感に突き動かされて、僕は振り返った。
ちょうど扉が開いていくところで、うっすらとできた扉の隙間に人影がある。
包丁を持ったリエナが立っていた。
『ひいっ!』
レイナードさんと悲鳴がハモった。
物問いたげに小首を傾げるリエナに必死に説明すること二十分。
追いかけてきたクレアにも協力してもらって、ようやく納得してもらえた。
どうやら調理中に不穏な会話を聞きつけて、そのまま来たらしい。
心臓に悪すぎる。
ヤンデレ。ダメ、絶対。
なんか、前回のあとがきがえらい反響があったので、もうひとつだけ。
ここ数日、私を支えてくれているのは『リポビたん』です。
この子はいつでも元気で、応援して元気を分けてくれます。
気合いを入れたいときには「ふぁいとー!」
疲れているときには「だいじょうぶ?」
おかげで、なんとか体が動いてくれます。
私の周囲の人間は『ユンケるん(皇帝さん)』を好まれる方が多いですが、私は断然『リポビたん』ですね。
あ、それと書籍化します。




