114 渾身
114
楔は大きくないので、求められるのは1点における破壊力だ。
『レグルス』の範囲を白木の杖の先端に収束させる。
範囲を絞った分、破壊力は凝縮されているため威力で崩壊魔法に劣るということもない。
これで破壊できなければ手段はなくなる。
きっとこれが最後の突撃になるだろう。
僕が楔を破壊するか。
その前に力尽きるか。
単純な2択。
血涙と鼻血を拭って、大きくひとつ息を吸う。
強化の付与はまだ続いている。
崩壊魔法の守りも最大出力。
頭痛はするけど我慢できなくもない。
さて、久々にいくとするか。
ギャラリーはないけれど、こういうのは景気づけだ。
「第8始祖、構成魔法のシズ。いくよ」
踏み出す1歩は緩やかに。
踏み込む2歩目が僅かに遅く。
踏み切った3歩目から全力前進!
認識を置き去りにして間合いを詰める。
楔に突進を開始した途端に頭痛が再発する。
先程までの激痛とはいかなくても普通であればうずくまってしまいかねない痛み。まるで頭を万力で絞めあげられているようだ。
それを歯を食いしばって封殺する。
(我慢比べで負けるか!)
気力で耐えきるものの集中が乱れた。半球状に展開していた崩壊魔法の守りが揺らいで不安定になる。
前に踏み出す足が鈍ってしまうのも避けられない。
その隙を狙って劣化魔神が襲い掛かってくる。
爪や牙、剣や槍、炎から鱗粉まで。
種々諸々の種族特性が浴びせかけられた。
9割の劣化魔神が崩壊魔法に飲まれて消える中、残りの1割が崩壊魔法を自滅覚悟で突破してくる。
ほとんどが突破した時点で致命傷。
それでも断末魔の足掻きで攻撃を放つ。
悉く打ち払うまでだ。
進路上に入った1体の懐に飛び込み、真正面から直拳を叩き込む。
1体目の背後から諸共に振るわれた刃は蹴り上げて、持ち上げた足の踏み込みと同時に肘打ちでカウンター。
バラバラになって吹き飛ぶ2体の隙間を縫って前へ。
左右からの同撃。
右へ自ら飛び込んでタイミングを狂わせた。半端になった攻撃を躱しつつも望む方向へと誘導する。
左の襲撃者の方向へと。
絡まって倒れた2体を無視して前へ。
正面から一際巨大な影が迫った。
広げた両手で抱え込もうとしてくる。身を沈めて回避。バランスを崩したところに肩から当身を炸裂させて吹き飛ばす。
上空から急降下してきた鳥人間みたいな奴の足を掴む。
半転の勢いを上乗せして後方からの追撃にぶつけた。
1歩でも前へ。
地下から飛び出そうとした1体を踏み潰す。
踏み込んだ振動に乗せて気合の咆哮を上げた。
感情の色のない魔人が大音声に攻め手を迷う。
このままでは埒が明かない。
足を持ち上げる。
徹すは地面。
幾度も繰り返した武王との仕合を思い出せ。
防御を超えて伝わる衝撃を。
馬鹿な王様の極技を。
(武王、ちょっとぐらいは力を貸してよ!)
震脚を踏む。
打点を打撃の表面ではなく、その奥側へと送り込む感覚。
普段であれば地面を蹴れば穿つ。
けど、今この時は地面は無傷のまま。
代わりに周囲全方位の劣化魔神が体を震わせて動けなくなる。
(――――徹った)
僅かに得た時間を無駄にはできない。
痛みは忘れろ。
集中を取り戻せ。
崩壊魔法を再度、まとめあげる。
濃淡が均一に戻り、綺麗な半球の形を取り戻した。
その圏内に侵入していた劣化魔神が消滅する。
これで邪魔はもうない。
目の前の標的にだけ集中できる。
見通しの良くなった前方。
漆黒の球体。
楔。
阻むもののなくなった楔の直近に辿り着く。
距離が近づくに比例して頭痛が増した。
胸の奥が冷たい手で撫でられたような寒気を覚える。
それでも動きは止めない。
止まればもう2度と動けなくなる。
走り切るんだ。
「く、らえええっ!」
杖の先端。
『レグルス』の破壊領域を楔に打ち込む。
究極の破壊エネルギーが楔を包んだ。
目的を果たしたと確信しかけて愕然とする。
楔は光の中、形を保っている。
『レグルス』の直撃に耐える存在があるなどと考えもしなかった。
耐えるどころかまるで斥力でも発生しているように杖が押し返されそうになる。
力と技を駆使して下がる体を押し留めようとするけど、ズルズルと下がっていく。
豪風が吹き荒れて、莫大な熱が広がる。
(これが、世界の、重みかよ!)
頭痛は変わらずに続いている。
思考能力がガリガリと削り取られていた。
だけど、この期に及んで考えることなどあるか。
単純に相手がレグルスの破壊力を上回る堅固さを示しただけだ。
ならば、渾身を以って凌駕するより他にない。
後先は要らない。
ほんの刹那でいい。
異世界を乗り越える!
掠れた意識のままバインダーに手を伸ばす。
頭痛の中でも体は求める魔造紙を間違いなく掴み取ってくれた。
100倍の強化付与魔造紙、2枚。
現状に加えて同時に発動。
頭どころか全身に電撃が走った。
以前の10倍の重ね掛けなんて比べ物にならない。
ただ立っているだけで骨肉が砕ける。
神経に火箸でも突きこまれたような痛み。
このままでは何かする前に自滅してしまう。
だから、回復魔法を発動させる。
壊れていく体を強引に治癒していく。
破壊と再生の拮抗。
痛みが僕に停止を訴えかけてくる。
それでも動けるのだから、止まる理由がない。
押されていた杖を元の位置まで戻す。
白木の杖は危険な音を立てているけど、折れることなく耐えてくれていた。
これだけの力の激突に本来なら耐えられるはずもないのに。
師匠への感謝を改めて抱く。
でも、互角ではダメなのだ。
打ち砕かなければならない。
バインダーを握りしめる。
僕の魔法と共にあり続けた相棒。
無数の攻撃魔法を収めた火薬庫。
漆黒の書物を杖へと当てた。
「全頁解放!」
あまりの出力にバインダーが瞬時に灰となる。
1秒後にはその灰も豪風に吹き散らされた。
喪失感を捻じ伏せて前だけを睨む。
数十枚の魔法による重ね掛け。
レグルスの輝きが格段に増していた。
それでも楔は砕けない。
表面に僅かな罅が浮かぶけど、それだけ。
砕けずに形を保ち続ける。
そのまま不変の呪いでもかかったように泰然と在り続けていた。
後は何がある?
考えろ。
頭が痛い。
考えろ。
力が抜ける。
考えろ。
熱が引く。
もう、考え……られない。
考えられないから、今までの経験が体を動かした。
初めて筆を受け取ってから繰り返してきた作業。
魔力を凝縮させる。
「1000倍、もってけええええええええええええええええええええええええええええっ!!」
赫い閃光が世界を染め上げた。
漆黒の球体に無数の罅が広がる。
亀裂は深く沈み、歪みが真球を崩す。
剥離した表層が端からレグルスに飲まれて消える。
1度傾いた流れはそのまま全てを押し流した。
異世界の理を繋ぎ止める楔が光の中に霞んで消滅する。
全霊を賭した1撃から解放されて勝手に体が座り込んだ。
荒い呼吸を繰り返しながら、達成感と様々な感傷を飲み込む。
まだ終わっていないのだから。
僕は震える膝に気合を入れて、ゆっくりと立ちあがった。




