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魔法書を作る人  作者: いくさや
テナート編

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112 地底湖

 112


 はい。回想終わり。

 あー、むかむかする。

 あの喪女のお願いを思い出すだけで腹が立つ。


 残念喪女。

 真の始祖。

 世界の救済者。

 史上最大の馬鹿女。


「だっていうのに、断れない僕が1番の大馬鹿だよ!」


 テナート大陸中心地。

 消えゆく大地には巨大な亀裂が走っている。

 日の光が届かない地の底まで届く谷底。

 その最奥に異世界の理がある。


 『三千世界の終焉』で異世界の理の干渉を中和しているというのに、この辺りに近づくと鈍痛が脳を襲ってきた。

 ずきずきと訴えてくるような痛みを黙殺。

 魔法が切れるより先にこっちの方が限界を迎えかねない。

 最終局面までにテナート大陸を消滅させるのは必須。このまま10時間も待ってはいられない。


(一気に削り取るか)


 山頂に立ち上ったままの消えていない赫い巨木。

 果実を落としたところで樹木は消えたりしない。

 幹も根も残っている。

 だから、命じる。


「蹂躙する地平」


 巨木から根が伸びる。

 無数の大蛇が身をうねらせた。

 山を崩し、平原を干し、砂礫を飲むように。

 ヒュドラとなって貪欲に大地を削り取っていく。

 全体を『三千世界の終焉』が、局地を『蹂躙する地平』が。

 これでテナート消失にかかる時間が一気に短縮できるはずだ。


 続けて詠唱。

 先制攻撃をしかける。


「咎人たちへ。

 万物は還るだけ。

 流転して巡るだけ。

 恐れは不要。

 微睡の夢幻に身を浮かべろ。

 形は解け、影は溶け、大気に霞む。

 だけど、貴方たちは許さない」


 頭上に浮かぶのは地峡すらも断裂させた巨大剣。

 その数にして10本。

 今までのように魔力を使っていたなら難しかったかもしれない。

 だけど、本来の始祖の魔法は魔力なんて必要としていない。

 究極的には始祖が明確にイメージして臨みさえすれば、万象の理に接続して実現できるのだから。

 それを模造魔法に当て嵌めて実行するなんて無駄が多すぎた。

 少なくとも始祖として覚醒してからは魔力は必要なかったのだ。


「業失剣――拾」


 8斬撃、一斉投下。

 巨大剣が8方向より大陸を引き裂きながら中枢を切り裂く。

 更に斬撃が重なり合う瞬間、その中央部へと9本目を叩き込んだ。

 中がどうなっていようと逃げ場はどこにも残っていない。これはそういう技だ。

 どこぞの不殺の剣客ではないけど、剣が9本あれば僕にだって九頭〇閃できるからね。


 確かな手応えが返ってくる。


(手応えあっちゃうかー)


 最早、ただの大穴となった場所に最後の1本を引き連れて突入する。

 返ってくるはずのない手応えのあった場所へと。


 濃い闇の底に落ちる。

 崩壊魔法の赫い輝きだけが辺りを照らす地の底への旅。

 斬撃による消失の果て。


 着地と同時に派手な水飛沫が上がった。

 赫い光に浮かび上がるのは地底湖の湖面。

 空中へ上がった水飛沫が赫い色に消された後には静謐な空間が残る。


 黒い湖面。

 かなり広大な空間だ。

 赫い輝きが満たす範囲の向こうまで広がっている。

 深さはない。

 精々が僕の膝丈ぐらい。


 ここには崩壊魔法の影響が出ていない。

 赫い世界が触れれば湖なんて簡単に消失している。

 着地で蹴散らした湖水が押し寄せてきた。

 崩壊魔法で消されないのだからただの水であるはずがない。


「誰もそこに気づかない。

 距離もない。

 壁もない。

 此処にいるのに。

 求めているのに。

 孤独の隣人は笑うだけ。

 形は解け、影は溶け、大気に霞む。

 足りなかったのは、互いが伸ばす指先だけだった」


 あー、誰かのイメージが影響してる。

 あんなの知らん。

 知らんから後のことは任せてどっかで友達と一緒に笑ってろ。


「届かなかった千年」


 周囲に濃色の赫が取り巻く。

 全方位から生き物のように包もうとする湖水を触れる傍から消滅させた。


 こっちの手番だ。

 巨大剣を水平に薙ぐ。

 いくらかの湖水を消滅させた斬線だったけど、地底湖の中心部に達した途端に斬撃が進まなくなった。

 目を凝らせばその辺りだけ向こうの景色が歪んで見える。


「見つけた」


 異世界の理。

 その中心点。

 楔。

 即ち世界の境界。

 別世界の法則が敷かれた場所。


 自然、溜息が漏れる。

 考えないようにしていた第6始祖のお願いを思い出さないわけにはいかない。

 あの、馬鹿げたお願いを。


 魔族の根源。

 ここから全てが始まった。

 魔族は僕の仇だ。

 魔族のせいで師匠は死んだ。

 武王も命を落とした。

 1000年の歴史の間で多くの人々が苦しんで、悲しんで、辛い想いをしてきた。


 だというのに、あの喪女はこう言ったのだ。


『あの異世界も救ってあげて』


 ね?

 馬鹿でしょ。

 大馬鹿でしょ。

 何故かと問えば、


『ただ、生きたいって願うことは悪いことじゃないじゃない』


 だと。

 生存本能が退化しているのではなかろうか。

 そんなのでは競争社会で絶対に生き残れない。

 だから、喪女なのだ。

 もう優しいとかを通り越してただの阿呆。

 まあ、そんなだから1000年も他人のために己を犠牲にし続けられたのだろうけど。


 はっきり言ってしまえば僕が受ける必要はない。

 異世界の理を滅ぼしつくしてしまえばいい。

 構成魔法の全てを賭して消すだけだ。


 とはいえ、まるっきり無視できない事情がいくつかある。


 ひとつ、単純に異世界の理なんてとんでもない代物を消滅させることができるか不明な点。

 ひとつ、僕も異世界の魂を持つ者として全否定してしまうのは若干ながらも心情に引っ掛かりを覚えてしまう点。

 ひとつ、あの残念馬鹿阿呆喪女が1000年もそれを祈っていた点。


 これで喪女が『方法はセルフサービスで』とかノープランだったのならまだ拒否していただろうけど、用意周到にやり方まで教えてしまわれては詰みだった。

 なにせ、僕の構成魔法そのものこそが、そのために第6始祖が生み出した魔法だというのだから。

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