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魔法書を作る人  作者: いくさや
テナート編

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107 喪

 107


 最初は闇しかない空間かと思ったけど、冷静に考えてみれば僕自身の体は目視できる。

 ということは何もない空間なのだろうけど、じゃあ光源は?地面は?などと疑問が噴出してくる。


(待て。落ち着け。待て待て。ステイ、僕)


 ひとつひとつ片づけていこう。

 まずは生存が危ぶまれるか否か。


 とりあえず、息はできるっぽい。

 足裏に床の感触はないけど、落下の感覚はないので墜落の心配もいらないようだ。

 周囲には何もないので、外敵への備えもいらないのだろうけど、油断はしないようにしておこう。


 次、体に不備はないか。

 怪我は見当たらないし不調もない。

 五体は思うように動かせる。足場もないのに体が自在に動かせる違和感はあるけど、地面もないのに歩く動作自体はできる。

 風景がないので実際に動けているのか、その場で高度なパントマイムを披露しているかは判別がつかないけど。

 服装もいつもどおり。

 後ろ腰の定位置にバインダーもあった。

 色もいつもの漆黒。不明の術式は痕跡すら残っていない。

 白木の杖が手元にないことを自覚して途端に不安が溢れてきた。


 いつもの深呼吸で早くなりかけた動悸をなだめる。

 次だ。

 現状の疑問点を上げていこう。


 直前の出来事から何かしらの魔法が発動してここに連れてこられたと想像できる。

 問題はここがどこか?

 誰が呼び出したのか?

 どうやったのか?

 その目的は?

 こんなところか。

 それがわかれば色々と対処できるだろう。


「あ、あのー」


 常識が通用しない可能性も高い。

 いつもの感覚でいると思わぬところで足元をすくわれかねない。

 心構えだけはしっかりしておこう。


「き、き聞こえてるー?」


 魔造紙の補充が難しそうなので温存の方向で。

 合成魔法だと加減が難しい。

 となると、やはり崩壊魔法がいいか……。


「ちょ、ちょっと、む無視は酷いと思うなー。あ、あれ?そそれとも本当に聞こえてない?あたしの存在が薄すぎるとか?まま、マジっすか?空気すぎるとか、ひは」


 なにか背後で異様な気配を感じた。

 というか思考に集中しすぎて意識の外に追いやってしまったけど、さっきから声がしているじゃないか。

 今更ながら慌てて振り返る。


 幽霊がいた。


「全ては夕暮れに消えていく形は解け影は溶け大気に霞む霧に沈んだ欠片は万象に還れ常世の猛毒!」


 息継ぎなしで唱え切ったよ!

 舌をかまなかった僕はすごいと思う。

 超高速で凝縮した魔力が緋色の輝きとなって幽霊を包んで消滅させた。

 激しい運動でもした後のように動悸が跳ねあがって、自然と呼吸が乱れてしまう。


 いや、悲鳴を上げずに対処した咄嗟の判断を褒めてほしい。

 背後から僕の肩に触れようとしていた人物。

 それは女の亡霊だった。


 歳は20代後半ぐらいだろうか。

 伸びっぱなしの金髪。

 薄汚れたワンピースから突き出た、今にも折れそうな細い手足に青白い肌。

 伸びた前髪の隙間から覗く血走った眼。

 ひきつった唇は不気味な笑みを浮かべていた。


 貞〇だ。色違い〇子。欧米版といったところか。

 僕はいつの間に呪いのビデオを見てしまったんだ。

 というか幽霊を消滅させるとか僕の崩壊魔法ってマジ万能。


「ひひひ酷いわ。いいいきなり、お襲ってくるなんて。こ、この、野獣!」

「うわあっ!」


 再び背後から声が聞こえた。

 消したはずの幽霊がそこにいた。

 おのれ、どうやって逃れた。こうなれば逃げ場もなくしてやる。超広範囲をまとめて……。


「ちょ、ま待って!やややめてよ!そのシャレにならない魔力とかどうするつもり!?」

「黙れ、悪霊!成仏しろ!」

「あ、悪霊……ひは、悪霊って。まじ?ひはは。わ、笑える。まじ……っすん。おお、面白い。ひ、ひふ。ふえ。ひぐうううううっ!」


 幽霊の引きつった笑いから一転して、いきなり泣き始めた。

 女性の涙というものに弱い僕だけど、はっきり言って気味悪い。

 気味悪いけど、幽霊とはいえ僕の言葉で泣かせてしまったとあれば追い打ちの崩壊魔法を叩き込む気概は湧いてこなかった。


「あ、悪霊じゃ、ない、あたし。あだじいい、人間んんんんんんっ!」

「あー、そうだね。人間だね。死ぬ前はみんな人間だよね?わかってるよ」

「わがっでないいいいいいいいっ!!」


 幽霊が泣き止むまで慰めることになってしまった。

 いや、どこからどう見ても怨霊にしか見えないでしょ、これ。


「あだじいいいいいい、じぞおおおおおおおっ!」


 地蔵?

 閻魔大王の仮の姿とは大きく出たな。

 って、待て。信じられないけど、これがお地蔵様だとしたら僕は死んだ?嘘だろ!?いや、そんなわけない。

 僕は知っている。死の実感を。確かに唐突の事態だったけど、あの絶望感と現状がどうしても重ねることができない。


 僕が自問自答に陥っている間に落ち着きを取り戻せたのか、幽霊がようやく泣き止んだ。


「じ、じぞう?ちち、違う。しそ」

「……ああ、しそね。びっくりした……ってうえ?」


 しそ?シソ?紫蘇?

 いや、そんなわけない。

 まさか、始祖?


「た、たぶん、第6始祖って呼ばれてる」


 鏡を見るまでもなくわかる。僕は疑いに満ちた目をしていることだろう。

 これが第6始祖?

 悪い冗談だ。


「し、信じてないわね。ひは」

「信じろって言われてもね」


 この対人スキルレベル1の幽霊を人類の救世主と認識しろというのが無理だ。

 いや、自分が始祖であることを証明する難しさは知っているし、始祖だから特別扱いを強制したり、偉ぶったりするというのも違うとは思うけど。

 ない。この残念喪女はない。


「でで、でも、ここにいるって、ことが、始祖の、証拠なの」

「それが何の証拠になるのか、って以前にここはどこ?」


 果たしてこの女の言うことが信頼できるかは別問題として、現状では他に情報を得られる術がない。

 とにもかくにも判断材料がほしい。


「ひは」


 自称、第6始祖がくるりと身をひるがえした。

 芝居じみたゆったりとした動作。


 その手のひらが撫でる先から地面が生まれた。

 土が、草が、花が。

 まるで闇のヴェールに隠されていたように。

 そこにあるのが当たり前のように。

 全方位。

 地平の先。

 消失点の向こうまでが一面の花畑へと変貌する。


 空は暗闇のまま。

 光もなく見える花の海の中心に僕たちがいる。


「ようこそ、現代の始祖。ここは万象の理。世界の源。全ての始まりの場所よ」


 万象の理。

 知っている単語。

 むしろ、馴染みのある言葉だった。

 なにせ、模造魔法でよく使われる単語なのだから。


 そして、今の現象。

 どうやらただの残念無念喪女ではないらしい。

 けど、そのドヤ顔はかなりイラッときたので睨みつける。


「その歳で花畑とか少女趣味が過ぎると思う」

「……………………生きてて、ごめんなさい」


 折角のキメ顔が一発で崩壊した。

お待ちかねの第6始祖。

まさかの喪女。

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