105 テナート海峡
最終章、スタート。
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とりあえず、言いたいことが山ほどある。
「無理やり呼びつけるなとか、そのくせして用事がすんだら放り出すなとか、何でもかんでも押しつけるなとか、周りの迷惑考えろとか、あちこちに心配させてんじゃねえとか、自己完結すんなとか!報連相をしっかりしろとか!こっちの都合を考えろとか!間に合わなかったら許さなかったとか!結局、間に合えてねえとか!」
息の続く限りに文句を吐き出す。
肺の中の空気を声に変えて、失った分の空気を吸い込んだところで辺りを見回した。
戦場の前線。
ブラン兵が魔物たちと戦っている。
ずいぶんと消耗しているのが見ただけでわかった。
指揮するはずの武王がそこにいないという現実を見せつけられたようで歯軋りする。
木の柵の上にはリラ。
涙を流しながらこちらを見つめたまま呆然と固まっている。
憔悴した目の下には濃い隈ができていた。
防衛線を維持するために奔走している樹妖精たちの消耗は計り知れない。寿命を犠牲に行使される種族特性。
恩返しというならこちらが返すべきぐらいだ。
その下におじいちゃん。
唖然と立ち尽くしながらもじわじわと喜色が滲んでいる。
それでも体の動きにいつもの切れがない。
皆のために無理を重ねていたのがわかる。
後ろにはリエナ。
危うく魔神に殺されるところだった。
見れば顔色は悪く、体中あちこちを怪我している。重傷ではないものの、それだけでも頭の中が熱くなった。
それでも耳としっぽだけは嬉しそうにピンと立っているのが唯一の救いか。
誰もが傷だらけで疲弊していた。
言いたいことの表層は吐き出したから、取っていた1番大事なことをぶつけようか。
とりあえず、この場で厚かましくも生きてやがる魔族ども。
「あー、ダメだ」
怒りに飲まれないよう冗談っぽく登場してみたけどさ、これはダメ。無理。我慢とかできそうにない。いや、色々と手加減とか気を使わないといけない体質だってわかってるよ?でも、我慢は体に悪いっていうしね。ストレスをため込むのはいけない。ほら、不健康で前世では早死にしたわけだし。健康、大切。
ストレスは適度な運動で発散させないと。
「とりあえず」
なあ、お前ら。
誰を傷つけた。
誰を失わせた。
誰に手を出した。
そいつら、全員が僕の大切なものだってわかっているんだろうな?
当然、覚悟はできてるんだろうな?
「終わっとけ」
業腹だけど、奴の願いは果たそう。
僕に義務はないとはいえ、1000年の祈りを代償にされれば無視するのも難しい。
我ながら甘いと思うけどね。
まあ、今は僕の願いとも重なるから文句はない。
「全ては夕暮れに消えていく。
遠い憧憬に消えていく。
誰そ彼に住まうは逢魔か?
彼は誰に住まうは死鬼か?
答えは鏡面を覗く己の面。
形は解け、影は溶け、大気に霞む。
霧に沈んだ亡骸は万象に還れ」
前方。
テナート大陸。
魔族の住処。
汚染領域。
その全てを鮮紅が覆い尽くした。
大陸全土を。
上空高くから。
地の底でさえも。
赫い世界に閉ざされる。
「三千世界の終焉」
ブラン兵と戦っていた魔物たちが消失した。
体の端から赫い風景に溶け込んでいく。
効果の程は『常世の猛毒』と変わらない。
単純に範囲が前例にないだけ。
まずはテナート大陸から魔物を消滅させる。
違う点はもうひとつ。
赫い世界に植物も大地も消失していく。
これはミスでも副作用でもなく、意図して起こした作用だ。
流石に質量が多すぎるので一気に消失するようなことはできないものの、地表から少しずつ崩壊魔法が浸透していくので、やがては大陸全土が赫に飲まれるはずだ。
残っているのは除外したブラン兵と、吹っ飛んで地面に刺さっていた魔神だけ。
周囲の土が消えたからか、自由を取り戻した魔神が咆哮を上げて僕を睨んでくる。
やはり、複合型の魔神には決定力が足りないか。
「ブランの人たちは下がってください」
唐突な展開についていけなかったブラン兵が、魔神に武器を構えるのを制する。
武王の遺志を継いで戦いたいのはわかるけど、譲ってもらうよ。
僕のリエナを殺そうとしたんだ。見逃してなんかやるものか。
「お願いします」
僕のヤル気が伝わったのか、ブラン兵たちは素直に下がってくれた。ありがたい。
それと同時に魔神が突撃してくる。
巨体の割に素早い動きだ。4足で崩壊中の地面を器用に蹴りつけて加速してくる。
こちらも正面から突っ込み、受け止めた。
100倍の強化付与に拮抗する身体能力は驚異の一言。
なので、同時に詠唱を開始する。
「星々が歌う。
彼方を夢見て。
虚空を超えて届け。
形は解け、影は溶け、大気に霞む。
孤独の旅人」
浮かび上がる10個の赫い球体。
不吉を感じたか魔神が飛び退く。一気に数十メートルは距離を取った。
いい判断だ。以前、戦った時の4種魔神は呑気にもその場に留まったせいで致命傷を受けたから。
でも、足りない。全然、足りない。
「星空の射手」
赫い球が弾丸となって魔神に襲いかかった。
不意打ちなのに半数を避けた魔神の反応は称賛に値する。
それでも残りの5発で片腕と両足が貫かれ、胸と腹に風穴が空いた。
かなりの装甲に包まれていたようだけど、崩壊魔法を防ぐことなどできるわけがない。
守りを失った内部が赫い世界に浸食され始めた。こうなれば、放っておいてもやがて消滅する運命からは逃れられない。
けれど、反撃の目を残すほど僕も甘くない。
古今東西、敵の四肢ひとつを残して勝ち誇る奴は反撃で命を落とすと決まっている。
弾丸の発射と同時に次の詠唱に入っていた。
右手を空へと掲げる。
「咎人へ。
万物は還るだけ。
流転して巡るだけ。
恐れは不要。
微睡の夢幻に身を浮かべろ。
形は解け、影は溶け、大気に霞む。
だけど、貴方は許さない」
反撃のためか。
奥の手なのか。
1本だけ残った腕を僕に向ける魔神。
おそらく規格外の切り札なのだろう。戦況を一変させるだけの威力を秘めているに違いない。
「業失剣――壱」
だけど、そんなものを見てやる義務なんてどこにもないので構わず腕を下ろした。
連動して雲を割って赫い剣が落ちてくる。
切っ先を魔神に向けて幕を下ろすように。
抵抗の間など寸毫も与えず。
切り札ごと何もかも。
魔神は消滅した。
避ける?
不可能だ。
負傷の有無など問題ではない。
100キロにも及ぶ地峡を横断するほど巨大な剣をどうやって避けるというのか。
赫の剣が消える。
残るのは地の底さえ闇に飲まれて見えない断裂。
赤い世界に飲まれたテナートとバジスを物理的に断ち切った空間。
断ち切られた地峡に東西から大量の海水が押し寄せてきた。
見上げるほどの水柱が立ち上り、大量の水飛沫が舞うという稀な自然現象が起きる。
かなり豪快な光景に皆が息を飲む中で僕はリエナの元に戻った。
「リエナ、よく頑張ったね。ありがとう」
「にゃ――――」
「色々と話したいこともあるし、聞きたいこともあるんだけど……」
あれ?
今、リエナがレアな声を出しかけた気がするんだけど、被せ気味に話してしまったからよく聞き取れなかった。
ともかく、今は急がないといけない。
本当に色々とあって困る。
時間がもう少しあればよかったんだけど、そうそう都合のいいように世界はできていないみたいだ。
リエナの頭をできるだけ優しく撫でて笑いかける。
「後は任せて。全部、終らせてくるよ」
「……シズ?」
「絶対にテナートには入らないで。巻き込むから」
未練を断つように皆に背を向けて、軽い助走から一気にテナートへ飛び移る。
魔族の大陸――テナート。
一瞬の不快感はすぐに拭われた。
軽く手を振って、聞こえないだろうけど呟く。
「それじゃ、行ってきます」
中二が全開。
もはや魔神以下の存在などモブにすらなれない環境です。
そして、さらりとリエナの鳴き声をまたしても聞き逃すシズ。
次回の更新は週末になります。




