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魔法書を作る人  作者: いくさや
バジス編

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断章9 魔竜

 断章9


 母さんは強い。


 俺は原書を2冊も持っているのに、1冊だけの母さんに勝てたことがなかった。

 力も爪も牙も尻尾も。鱗の使い方も。

 空の飛び方もだ。あんなに大きいのに速いし、綺麗に動き回る。すぐに上を取られて叩き落とされた。


 今もだ。

 狭い里の上なら体の小さい俺の方が動きやすいと思ったのに、急降下を簡単に躱された。逆に尻尾で打たれて墜落。

 もう少しで武王をぺちゃんこにしそうだったけど気にしない。そんな余裕ない。


 爪が降ってきた。

 翼も尻尾も振り回すようにして逃げる。

 母さんの急降下で岩盤が砕けて沈んだ。

 でも、ほっとしてる暇もない。

 母さんの口の隙間から炎の切れ端が溢れている。


 俺の炎なんかとは比べ物にならないほどの熱くて大きな炎。

 避けられない。

 鱗を意識して炎を受け流す。

 鱗に当たるものが固まってないなら俺たち竜は操れる。


 焼かれる前に火を散らした。

 だけど、最後に火が言うことを聞かなくなる。

 散れと命令しても顔にくっついてきた。

 驚いて目を瞑ったところを吹き飛ばされる。脇腹に重い痛み。

 転がるのだけは耐えて、やっとあけられた目の前には母さんの牙。


 慌てて頭を下げる。

 でも、簡単に逃げられるわけなかった。

 頭を踏み潰されて、背中の翼を噛まれる。


 痛い。

 前みたいな手加減された噛み方じゃない。

 本気なんだ。

 母さんはやっぱり俺を殺すつもりで襲っている。


(本当に魔物になったんだ)


 頭が痛い。翼が痛い。

 鱗からミシミシ音がする。

 どんなに起きようと暴れても重くて動けない。


「らあああああっ!」


 知っている声が響いて重さがなくなった。

 頭を上げれば母さんが離れていて、武王がいた。

 突き蹴りを張った姿勢のまま母さんを睨んでいる。

 右手はボロボロで、左手もうまく動かないみたいで両手ともだらりと下がったまま。


「おいおいおい。大丈夫ですかー?任せていいんじゃなかったんですかー?」


 いらっ!

 くそ親父め、馬鹿にしやがって。


 武王はちゃんと自分の相手を倒している。

 助けられたのも事実だ。

 だからと言って腹が立つのは仕方ない。


「うっせえ。この後、反撃するとこだったんだよ。手え出すんじゃねえ」

「なんか元気ねえな。いつもみたいに怒鳴ってみろよ」

「……るせえ」


 わかってるよ。

 母さんが魔物になったことなんて。

 母さんは厳しい竜だけど、俺や仲間を傷つけたりはしない。


 武王は見せつけるように溜息を吐いた。


「あー、もういい。邪魔だ。どいてろ。俺がやる」

「武王!手え出すなって言ってんだろ!」

「腑抜けはいらねえんだよ。ルー、お前はなんだ。まだ未来の竜王だなんて思ってんのか?」

「決まってんだろ!」


 俺は母さんに王を託されて生まれた。

 それを否定する奴は許さねえ。

 怒りで噛み殺そうになった。

 俺の咆哮に武王は冷めた目で返す。


「ちげえよ。もうお前が竜王なんだよ」


 武王は顎で母さんを示す。

 今にも飛びかかってきそうな体勢だけど、動こうとする度に武王が迎撃の構えを取るから動けないみたいだ。


「あいつはもう魔物だ。竜を統べる王じゃねえんだよ。だったら、今は誰が王になる。それはお前じゃねえのか。いつか勝手に王になれるとでも思ってんのか。甘ったれんな、ガキ。なるべき時に王になるんだ。そしたら手前で考え選んで覚悟して道を進むんだ。それがお前は今ってだけだ」


 畳み掛けられて何も言い返せない。

 俺は心のどこかで母さんが元に戻ると思っていた?

 竜王を継ぐつもりでいて、ずっと先のことだって思っていた?

 いや、わかっていた。

 魔人の話を聞いた時から考えていたし、そういうことなんだって思った。

 だけど、本当にはわかっていなかったのかもしれない。


「聞くのはこれが最後だ。お前はなんだ?」


 言葉にするだけなら簡単だ。

 今まで何度も言ってきた。

 母さんだって、同族だって、皆が認めてくれた。


 だけど、違う。

 人間の国の王が聞いているのはそんな上辺じゃない。


 仲間のことを考える。

 眷属のことを考える。

 俺のことを考える。

 今のことを考える。


 最初から答えは出ていた。

 ただ、今までとは違う意味がある。

 小さいけど大きい男の目を見て宣言する。


「俺は竜王ルイン。一族を守る竜の王だ!」


 なら、目の前で牙をむく母さん――いや、魔竜を倒すのは俺の役目だ。

 ただでさえ力の差があるのに気持ちまでずれてたら勝てるわけがない。


「ちっとはマシな気迫になったか。おい、いけるんだな?」

「決まってんだろ!武王は端っこで休んでな!」


 翼を打つ。

 咆哮を上げる。

 傷の痛みなんて忘れる。

 四肢で地面を掴んで飛び出す。


 正面から全速で突撃。

 振り下ろされた右腕を体当たりで防ぐ。

 片腕1本なのに重い。でも、止めた。


 そのまま全力の炎を吐き出す。

 胸の奥で溜まっているガスに着火。

 至近距離の炎が魔竜を包んだ。

 けど、鱗で防がれている。少しも届いていない。

 反撃の炎が吐き出された。


(そこだ!)


 鱗を使ったまま動くのは苦手だ。

 だから、炎を突き破って突撃する。

 焼かれながらの体当たりが顎に入った。

 強引に口を閉じられて、逆流した炎で体を内側から焼かれた魔竜が暴れる。


 俺はその首筋に噛みついた。

 硬い鱗にはあまり牙が通らない。

 強烈な尻尾で薙ぎ払われた。

 体のあちこちに残る炎の残りを鱗で吹き払って、魔竜を睨みつける。


 俺が魔竜に勝てるとしたら原書の数だけだ。

 単純な打ち合いなら勝てる。

 武器を呼んで強化で打ち出せば、どんな氷の魔法だって打ち砕けるから。

 でも、そんなのは向こうもわかっていることだ。

 今までは先手を取っては躱されて、後手を待っても封じこまれた。


 動きを読んで先制は無理だ。

 経験で負けてるから。

 なら、なんとか原書の攻撃を防ぐか躱して反撃するしかない。


 問題は原書を使ってくれるかどうかだったけど、さっきの攻撃を受けて近づかせたくないと思ったのか突撃の気配はない。

 そして、炎じゃ決定打にはならない。


 展開を察した武王が後ろの連中に防御させている。


「ぅぅうううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!!!」


 魔竜が咆えた。

 全身に赤い光が広がる。

 瞬間、俺の周りに氷の柱が出来上がった。

 立ち上がった太い柱の隙間は僅かでとても俺の体は通り抜けられない。

 そして、天井の岩盤にまで達した柱は中心に集まり、巨大な氷柱となって落ちてきた。


 固体は鱗で防げない。

 武器を召喚して対抗すれば砕けるだろうが、魔竜への決定打がなくなる。

 強化は相性が悪い。あれに触ったら凍って動けなくなるのは体で覚えている。


 それでも俺は強化の原書を発動させていた。

 赤い光で覆われた体は軽く、手足は力強い。

 迷わず、前へ飛び込む。


 背後に落ちた氷柱の冷気が迫る。

 眼前には氷の牢獄が立ち塞がる。

 あまりに狭い隙間。


 そこに俺は人化しながら飛び込んだ。


 あの日、始祖様にボロボロにされてから小さな女の姿にしかなれなくなった体。

 小さくて細くて弱い子供。

 戦いに向かない弱者。

 だけど、今この時だけは役に立つ。

 竜のままでは通れなくても、この体なら簡単に通れる。


 着地した時にはもう1冊の原書を発動させていた。


 眼前に現れる鋼の輝き。

 ただ敵を倒すためだけに形作られた武器の威容。

 その下に体を滑り込ませる。


 小さい体では重過ぎる巨大な剣も強化の魔法が支えてくれた。

 柄を握り潰すぐらいのつもりで掴む。

 ただ前へ進む一心で腕を振り下ろす。

 ほとんど倒れ込むような情けない姿。

 勢い余って空中を1回転する。


 それでも剣は銀閃となって放たれた。

 自然、咆哮が声となって響いた。


「いっけえええええええええええええええええええええええええっ!!!」


 決着はあっけない。

 切っ先が魔竜の首元に突き刺さり、胴を抜け、背中へと抜ける。

 どんなに強い生命力を持つ竜でも助からない。

 魔竜の口からおぞましいほどの血が溢れる。


 致命傷。


 背後で氷が砕けて粉雪が散り始めた。

 原書の制御が失われた証。

 殺害の事実が頭を埋める。


 今さらになって手が震えた。

 膝に力が入らない。

 喉が痛い。


 ダメだ。

 王なら。

 勝鬨を上げないと。

 歯を食いしばれ。

 情けないとこなんて。

 でも、勝手に目から涙が溢れて零れる。


 ペロリと大きな舌が俺の顔を舐めた。


 静かに息を引き取ろうとしていた魔竜。

 隙だらけの俺なんて簡単に殺せるのに。

 最後の力を振り絞って、やったことは。

 俺の涙を拭うこと?


「……ルイン。あとは、おねがい……」

「母さ――――!!」


 体を貫いていた剣が消えて、竜は重たい音を立てて崩れ落ちた。

 閉じた目は開かない。

 逞しい四肢は動かない。

 音の消えた空間に命は残っていない。


 歯を食いしばる。

 小さな手を握りしめる。

 涙が溢れるのはもういい。

 でも、泣き縋るのだけはダメだ。

 母さんは最後に言ったんだ。

 俺に後は頼むって。

 だったら、耐えないとダメだ!


 俺は母さんの亡骸を見つめ続けた。


「ルー!」


 武王の怒鳴り声がして、いきなり突き飛ばされた。

 見えるのは俺の肩を突き飛ばした武骨な手。

 必死の形相の武王。


 そして、その脇腹に突き刺さった異形の腕だった。

異動でしばらくバタバタするかもしれません。

なんとか1日1回の更新は守りたいところですが、どうしても間に合わない場合があるやもしれません。

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