断章3 魔人
断章3
「そうか。始祖はいねえのか。まあ、そっちの根拠はよくわかんなかったが、あいつが簡単にくたばるわけもねえしな。心配ねえだろ」
ん。武王はわかってる。
シズは絶対に大丈夫。絶対に帰ってくる。
セズおじいさんはあわあわしてる。
「シズを探しに行くんだあ!離さんかあ!」
「セズ!お前がいねえと押し切られちまうだろうが!」
「儂は国よりもシズを選ぶ!」
「お前、それでも元従騎士かよ。孫できて変わったな」
「貴様こそ同じ立場ならどうする!?見捨てるのか!?」
「馬鹿じゃねえの!?世界の果てまで探しに行くに決まってんだろ!」
「なら止めるな!」
「それとこれとは別だ!」
なんか大騒ぎ。
周りのおじいさんたちと仲良く話してる。
「しかし、始祖様がいないとは。計画が狂いました」
「いねえものは仕方ねえだろ。この状況だ。やらなきゃいけねえことをやるしかねえだろ」
武王は切り替えが早い。考えてないだけかもしれないけど。
「次はこっちの状況だ。ヴェル」
「……兄さん、いいですけど」
武王が説明するよりヴェルの方がいい。
諦めきったヴェルがわたしたちに教えてくれる。
「つい5日前のことです。竜の若君が仲間を連れて突如、首都に飛来しました」
人化したルインがテントの影からこっちを見ていた。
目が合うと隠れることもできずに座り込んじゃう。なにが怖いんだろ?初めて会った時のことを謝りたいのかな?
「若君が策を捨てて来たのはテナートから魔物の大軍が押し寄せ、バジスを経由してブランに襲撃しようとしていることを報せるためでした」
「……魔神が、時は来たって。俺たちにも、人を襲えって」
「若君は先陣を装って仲間と配下を連れてきたわけです。おかげで魔物の侵攻をここで止められました」
わたしたちがいるのはアルトリーアとバジスが繋がる辺り。
本陣の辺りは普通の平原だけど、もっと進むと半分ぐらいの時間は岩場で、もう半分ぐらいは海に沈んじゃう変なところになる。
ここは他より狭いから、どんなに魔物がたくさんいてもすぐにこっちには来れない。
「ブランの歴史上、この防衛線を破られたことはねえんだ」
「多少、抜かれたことはありますがね。後、空を飛ぶ敵には無力です」
「正面から破られたことはねえ」
言い直した。別にどうでもいい。
「セズおじいさんたちがいるのはどうして?」
「バジス奪還の可能性を見るための先遣隊だ。始祖の爺さんなんだってな。いい腕してるぜ。正直、あいつらが手伝ってくれなかったら負けねえまでも、もっと犠牲が出てたぜ」
そうなんだ。
武王はセズおじいさんと戦いたそうにしてる。
何か思い出したのかセズおじいさんが身震いしてた。
「親子だの」
「あれよりはいいんじゃないか?」
「あっちは手当たり次第だったからな」
誰のことだろ?それもどうでもいいよね?
「武王は何か知ってる?」
「何をだ?」
「魔神。人の顔してるの」
武王とヴェルの顔色が変わった。
セズおじいさんたちも苦い顔してる。何か知ってるみたい。
「教えて?」
「……知らんわけにはいかねえか。覚悟はいいか?いい話じゃねえぞ?」
「ん。教えて」
「嬢ちゃん、始祖よりも心臓強そうだな」
そんなことない。シズの方がすごい。
「あー、200年ぐらい前から最前線で大怪我した兵がおかしくなることがあった」
「意識不明の重体に陥った兵が突如、凶暴化して同胞に襲い掛かるのです。取り押さえて、どんなに回復の魔法を掛けても、親しい者が呼びかけても答えず、執拗に人間を無差別に襲い続けました。今まで発症してから回復した者はいません」
……それ、なんだか魔物みたい。
「何人かは拘束を破っていなくなった。逃げてどこに行ったと思う?」
「……バジス?」
「そうだ。正確にはテナートなんだろうがな。どういう理屈か聞くなよ。俺にもわからねえ。毒でもねえし、種族特性でもねえだろう。中には魔物に襲われてもねえのに、大怪我した奴までおかしくなったんだからな」
ブランの前線で大怪我するとおかしくなる?
わからない。シズなら何か気づけるのかな?
「我々はこの現象を魔人化と呼んでいます。おそらく、あなた方がソプラウトで戦ったのは魔人から魔王になり、魔神へと至った個体でしょう」
「奴ら理性はねえくせしてそこそこ知恵がある。元々の武技も使えるし、バインダーを持ったままなら魔法まで使いやがる。書記士の能力まではねえみたいなのが救いだな」
「今まで人語を話す個体はいませんでしたが、若君の話を聞くに魔神化した中には人語を扱える個体までいるようですね。さすがに少ないのでしょうが」
ちょっと驚いた。
でも、これって困ったことだよね。
わたしが気づくことなら他の人も気づく。センさんが眉をしかめていた。
「つまり、ここで意識不明になるような重体になると」
「魔人化する恐れがある。だから、治療でどうにもならねえならすぐに首都まで送る。余裕があればな」
「なければ?」
「殺す。後ろから襲われれば致命になりかねねえ。これは俺も一緒だ。この戦場で戦うなら、その覚悟だけは最低限しとけ。樹妖精の旦那も遠路はるばる来てくれたのはありがたいが、そういう事情だ。無理なら首都まで下がってくれ」
武王は覚悟してる。
殺す覚悟も、殺される覚悟も。
多分、他のブランの兵隊さんも一緒。
「無論、戦場に出る以上は生き死にの覚悟はできている」
センさんも一緒。でも、わたしたちのために無理はしないでほしいとも思う。
「それ、秘密?」
「スレイアではないでしょう?範囲が広がるようなら報せるつもりでしたが、軽々と広められる話ではありませんので、ブランの首脳と最前線で戦う兵のみ知っております」
「儂らも聞いた日は満足に寝れんかったからの」
セズおじいさんが溜息をついた。
それでもおじいさんたちは戦うのを決めたんだ。かっこいい。
人が魔物になる。
そんなことが知っちゃたら落ち着けないかも。
秘密にしてたのがいいのか悪いのかわからないけど、今はそっちもどうでもいい。
「……なあ、武王」
「なんだ」
「母さんも、そうなのか?」
あ、ルインの母親。竜王。
話を聞かなくなって、襲い掛かって来たって。
確かに似てる。
でも、竜だよ?
「……寿命が近くて弱ってたなら有り得る」
「治らないのか?」
「ああ。俺たちは知らねえ」
「……そうか」
俯いてルインはぎゅって手を握った。
そして、もう1度同じ呟きをこぼす。
「そうか……」
「どうする?お前らは輸送に専念するか?」
「……ふざけんな。俺は、俺は王を継ぐ竜だ。俺が戦わないでどうすんだよ!俺が強いってとこ母さんに証明すんだ!母さんを超えるんだ!そうじゃねえと、そうじゃねえとダメだろうが!俺が竜王になるのを母さんは楽しみにしてたんだから!」
さっきの怯えたルインじゃない。
目に強い意志がある。
「上等だ。王になるならそれぐらいの気概がねえと話にならねえ」
武王がルインの小さな頭を乱暴に撫でまわす。
「ついでだ、俺も宣言しとくぜ。魔神の中で俺みたいな奴がいたら、そいつは俺の獲物だ。誰も手出しすんな。俺が殺す」
ん。すごい殺意。
普通の騎士とかならここで立ってるのも無理かも。
「因縁か?」
「おう。元は先祖の武王だ。そして、親父の仇でもある」
皆、色々ある。
わたしの戦う理由。
簡単。
シズが戻ってくる場所がなくなっちゃ嫌だから。
大切な人たちを守りたいから。
ううん。もっともっと簡単。
全部終わって、日当たりのいいところで皆とお昼寝したい。
それでいい。もちろん、隣はシズがいるのが絶対。
「どいつも覚悟はできてるみてえだな。ありがたい」
「元の計画から外れてしまいましたが、この戦局が人類の大きな分水嶺になるでしょう。各々方、明日からの作戦を説明します。テントに入ってください」




