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魔法書を作る人  作者: いくさや
妖精編

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102 待ち時間

 102


 半月が過ぎた。


 魔神は完全討伐完了。

 欠片のひとつ残さず崩壊魔法で消滅させた。

 本当は少しだけ残したのだけどそこはまだ秘密。


 魔神討伐後、僕とリエナはまずミラとリラの姉妹と合流した。

 幸い合流した時点でミラは意識も戻っており、健康状態にも問題は見られなかった。

 12冊の原書を返すと嬉しいのか安心したのか感極まって泣き出してしまった。何とか泣き止ませようと四苦八苦していた僕を抱きしめ始めて、ひと騒動あったけど詳細は省く。

 結果だけ言えばリエナに腕を噛まれて、リラにビンタされた。わりかしマジで。

 なんで、魔神より身内からダメージ受けてるの、僕?


 トラブルはあったもののミラが落ち着きを取り戻した段階で、妖精たち防人が森の外までやってきた。

 種族特性を利用した遠距離会話とか便利なものだ。

 『紫電峡谷』でこちら側に来れないというのだけど、魔神以外の小鱗竜の大群がまだ残っている。安易に結界を解除できない。


 結局、ソプラウト南西部に現れていた魔物の大軍は僕の崩壊魔法で片付けることになった。

 その後、『紫電峡谷』を解除。

 範囲外まで逃げた討ち漏らしをリエナとリラが感知で探り当て、合流した防人たちによって全て駆逐された。


 後日改めて、無事回収された12冊の原書でミラの研究の元で同時発動実験が行われ、今度は問題なく成功した。

 ミラの願いが元となって暴走しただけなので最初の起動さえ『使用者に絶対服従』とかにすれば全く問題なかったのだ。ミラを責めるのもお門違いだし、あのタイミングで魔神が現れるなど予測できるはずもない。

 今回は不幸な事故だったのだろう。


 魔神が現れた理由はなんだろうか。

 バジス奪還作戦のために招集されるはずだった代表会議は魔族への対策会議になってしまった。無理もない。遠くの大事より近くの危機だ。

 僕は会議への参加は見送った。

 もしも、魔族からの再襲撃があった時、対処するためには樹妖精の里の方が都合がいいから。感知に優れた樹妖精がいるし、テナートのある西側に近いしね。

 バジスの件はシーヤさんに託そう。

 少なくともテナートからの襲撃があった以上、陸伝いには最も遠いソプラウトであっても無関心ではいれなくなったのは間違いない。

 それに対して守りに入るか、攻めに出るか。妖精たちの決断を信じるほかない。


 僕もミラなどと一緒に色々と考察してみた。


 まず侵入経路。

 陸路ではないだろう。

 ブラン・スレイアと無視してまでソプラウトを狙う理由はない。

 ならば、後は海か空かの2択でおそらくは海。

 空だったならあんな西の端から侵攻する理由がない。本拠地、大森林の上に投下した方が効果的だ。

 魚系統の魔王が運んだのかもしれない。

 念のため、海中に向けて100倍の『流星雨』を炸裂させてみようかとも思ったけど、さすがに全海洋を覆えるほどの範囲にするならとんでもない魔力量が必要になって現実的ではない。

 リエナが見つけられなかったのだから、近くにいないと見るべきだろう。

 無駄にお魚さんを傷めつけるのは良くない。リエナがじっと見てきたし。食べる目的以外の乱獲は許されないそうだ。



「やっぱり、ソプラウトに侵攻するつもりだったのかな?」


 既に恒例となっている組手の最中にリラが聞いてきた。

 才能があるのか上達が早い。加減しているとはいえ話す余裕ができてきたみたいだ。

 こちらの攻撃を巧みに受け流しながらも体さばきに危うさはない。


「それぐらいしか来る理由がないね」


 あちらは魔神だけで制圧するつもりだったのだろう。

 海を渡ってソプラウトに侵入。

 警戒網を魔神単騎で突破。

 ある程度、内陸まで進んだ時点で小鱗竜の軍団を準備して本格侵攻。


「確かにあいつだけで制圧ってのも夢物語ではなかった」


 あの魔神の特性は移動要塞そのものだ。

 配下はいくらでも量産でき、同時に補給も自在に賄え、頑強な装甲は並大抵の攻撃を通さないという性能。

 僕という例外でなければ対処は難しかっただろう。


 魔族の計画が破綻したのは『紫電峡谷』だ。

 魔神なら単騎で突破も可能だったかもしれない。でも、小鱗竜は無理。触れれば即座に感電死してしまう。上も横も果て無く広がっているので回り込むこともできない。

 さぞかし戸惑ったことだろう。

 奇襲をしかけたはずなのに見たこともない防衛線が築かれていたのだから。

 本来であれば魔神が結界を突破した上で改めて小鱗竜を産めばよかったのだろうけど、待ち構えられているかもしれないという疑念が魔神の足を止めた。


 そうしている内にこちらは実験が開始。

 莫大な魔力を察知しただろう魔神は結界の構築者と誤解し、まずは大戦力を撃破しようと突撃。

 こちらも巨人が魔神に反応して暴走開始。

 奇妙な三つ巴戦になってしまったわけだ。


「4種魔神、だったんでしょ?」

「……まあね」


 あいつは4種の魔神だった。

 武王たちが倒した3種魔神を上回る存在だったなんて思いもしなかったよ。

 3種魔神対策で研究されていた巨人には荷が勝ちすぎていたわけだ。初戦から規格外に当たるとは運がない。

 僕もだけど。2回目の魔神戦でいきなり4種とか。


 ただ、僕が未だに戸惑いを捨てられないのは人が魔神となっていたという現実に対してだ。

 考えてみれば魔神らしからぬ点がいくつもあった。

 走り方ひとつとってもそう。あれは獣が本能に任せた動きではない。人間の走法を使っていた。

 鎌の使い方もだ。互いの隙を補う取り回しなんて多少の知恵が出たぐらいではできない。そして、4本の時はややぎこちなかったものの、最後の1本になった時なんて完全に剣術の動きをしていた。

 戦い方だって逃走からの転進や補給行動など魔物らしくない。

 巨人の原書を狙ったこともおかしい。確実に原書を奪おうとしていた。


 4種魔神の種族特性は切断の鎌、寄生虫の産卵と吸収、小鱗竜の防御力。

 そして、人間の知識だったのだろうか。

 知恵と呼べるほどの戦略ではなかったから。


 でも、人間が魔物になる?

 魔神となったからには元は魔物だったはずだ。

 それが100年を経て魔王化。更に他の魔王と喰い合って魔神化。4種類の魔王による喰い合いなんてイレギュラーはあっても、そういう流れがあったはずだ。

 つまり、最初に人の姿をした魔物がいたことになる。

 そんな魔物、聞いたこともない。

 わけがわからないよ。


「そんなの、また来たらどうするのよ……」

「そう多くはいないと思うけど」


 皆無とは言わない。

 かといって予備兵力を温存できるほどいるなら単体で仕掛けては来なかったとも思う。理由もなく戦力の小出しなんて下策だから。


「はい。隙あり」

「きゃっ!?」


 落ち込んでいるリラに1段ギアを上げて接近。

 木刀を振り下ろす腕の肘を止めて、引こうとした動きに合わせて腕を後ろ方向に極める。自らの動きと、関節の痛みを逃れる無意識の動作が同期した。

 ポーンと空を舞ったリラが無理な体勢ながらも足から着地を決める。

 とはいえ、既に体勢は崩れきっていた。待ち構えていた僕の掌打を躱す術はない。


「ま、だっ!」

「へ?」


 意地なのか、強引に身を逸らそうとするリラ。

 不自然な体勢で無理をすればバランスを保てるはずがない。すぐに転びそうになる。

 おかげで肩を狙った掌打が胸に炸裂してしまった。


「きゃあああああああっ!」


 掌打はなかなかの衝撃だったと思うのにリラは胸を押さえて悲鳴を上げる。

 顔を真っ赤にして、あっという間に涙目になって僕を睨んできた。

 いや、組手の事故なのだからこういうこともあり得るだろうけど。

 でもさ、なんというか、申し訳ないんだけど。


「……かたい」


 思わず呟いてしまって後悔する。

 リラが逆上して襲い掛かってくるかと警戒したのだけど、そんな気力もないらしい。

 無言でポロポロと涙を零してしまっていた。

 涙を拭うこともなく僕を睨んだまま鼻をすすっている。

 あの、殴られるより余程痛いんですけど。


「……ごめんなさい」

「……いいわよ。知ってるわよ。男の人はミラみたいなのがいいんでしょ。残念でごめんなさい痛かったでしょ硬いもんね捻挫してないといいわねどうしてこんなに姉妹で差がついちゃうんだろう人並みでいいのに残酷すぎるのよ板とか壁とか盾とか言わなくてもいいじゃない私だってもっと……」

「本当にすいませんでした!」


 泣き止むまで謝り続けましたよ。全面的に僕が悪いのだから仕方ない。

 リラの自虐スイッチが入ってしまいこの日の訓練は早めに終わりになった。

 他の樹妖精たちのなんとも言えない視線がとてもつらかったです。

 あ、リエナさん。強化の魔造紙はここでは厳禁でお願いします。その状態で殴られたら確実に死ねますから。


 まあ、今日は元々早めに切り上げる予定だったからいいけど。

 僕たちを呼びに来たミラと一緒にシーヤさんの待つ長の間に向かった。


 今日はシーヤさんが代表会議から戻ってくる日なのだ。

原書の走り書きは次話かその次ぐらいで。

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