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魔法書を作る人  作者: いくさや
妖精編

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109/238

97 欲張り

96話でまとめたかったのですが、溢れてしまったので分けました。

今度は短くなってしまいました。申し訳ありません。

 97


 突然の魔物の出現。

 接近する魔神らしき存在。

 そして、暴走を始めた巨人。


 落ちつけ。パニックになるな。

 ほら。隣を見ろ。ミラに抱き着いて涙目になって揺すっているリラを。

 僕までああなったら何も解決できないだろ。よし。自分より慌てている人を見ると冷静になれるというのは本当だな。


「いけ。『新緑の歌』」


 回復魔法を掛けてみるけど、効果が見られない。

 効能の高低が問題ではないな。

 続けて解毒も試したけど同じ結果だった。


「リエナ。氷の属性魔法はある?」

「ん」

「適当に氷を出して砕いたら布で包んで。すごい熱だ。リラ、落ち着いて。ミラが大事なら、落ち着くんだ」


 腕を掴み1語ずつ噛んで聞かせるように伝える。

 涙で潤んだ眼を正面から見据え続けると、真っ青な顔になっていたリラの目に理解の色が戻ったのがわかった。


「ミラが倒れた心当たり、ある?」


 樹妖精の知識は僕らでは足らない。

 今はリラだけが頼りだ。

 リラは混乱から完全に抜け出したわけではないけど、涙をぬぐいながら考え続けて、やがて顔を上げた。


「……こんなの今までなかったけど、もしかしたらあれのせいかもしれない」


 リラが視線を向けた先には既に遠くなりかけている巨人の背中。


「勝手に動き出したのは最初の命令のせいだと思う」

「最初の命令?」

「私も詳しく知らないけど召喚魔法って、呼び出したものに命令するでしょ?原書は呼び出すとき最初に命令を与えないといけないみたい」


 普通の召喚魔法と用法が違うのか。

 つまり、召喚後に細々とした命令を出すのではなくて、召喚時点で命令を確定しておくわけか。


「それがどうして?」

「多分、ミラなら『みんなを守って』とか願ったと思う」


 うん。それは実にミラらしい願いだと思う。

 なら、勝手に動き出したのは。


「命令通り魔物を倒そうとしている?」

「確証はないわよ。でも、どうしてミラが倒れたかはわかる。あの巨人の中にミラの生んだ木があるでしょ?ミラは無理のない範囲で使っていたけど、巨人が制御を奪ってしまったなら効率的に使えないし、遠慮もないから」

「……消耗が激しくなる、か」


 決定的な言葉は口にしなかった。

 樹妖精の種族特性の代償はその命。

 移動の度に破壊と再生を繰り返しているのだ。消費速度は今までの比ではない。

 そして、原書の全頁解放は結界系なら何事もなければ1時間は続く。召喚された巨人の活動限界がそれほど長かったなら……。

 数百年にも及ぶ樹妖精の寿命が今すぐに尽きてしまうことはなくても酷いダメージが残るだろう。


「解除は?」

「ミラにしかできないわ。でも、ミラはしない」


 途中で気づいた。

 12冊もの原書を内包した巨人から中枢を奪えばどうなるか。

 安易に爆発するような事態にはならないだろう。それでも何が起きるか全くわからない。

 そして、魔神や魔物に鹵獲された場合が最悪だ。

 12冊もの原書が魔族に奪われるなんて考えたくもない。


 急ぐ必要がある。

 巨人の暴走した理由を探るのも、魔神や魔物の行動予測も大切だけど、まずは巨人に追いつかなくては話にならない。

 既に巨人の影は遥か遠くになっている。歩行から走行になっているのか速度が上がっていた。制御が習熟してきているのかもしれない。

 1歩の大きさが違うのだ。それで高速走行しようものなら相当の速度になるだろう。


「リラ、ミラを頼む。とりあえず、熱が上がっていいことはないから頭を冷やしておくんだ。それとここから樹妖精の里まで連絡はできる?できるならシーヤさんに伝達。防衛準備」


 氷を持ってきたリエナと頷き合う。

 50倍強化付与を発動しようとした手を下から伸びてきた手に掴まれた。


「ミラ!?」


 ミラだった。

 意識は朦朧としたまま。

 リラの叫んだ声にもミラは反応しない。

 なのに、普段のおっとりした雰囲気とはまるで違う信念を宿した目で僕を見つめてくる。

 そして、掠れた声で伝えてきたのは。


「原書を、守って」


 そんな言葉だった。

 すぐに限界を過ぎて手から力が抜けた。

 僕はその手をそっとミラのお腹の上に戻して、跡がつくほど握られた自分の腕に視線を落とす。


 自分の現状をミラがわからないわけがない。

 命が危ないというのに。

 それよりも原書のことを気にかけるなんて。


 原書は魔族との戦いに欠かせない重要戦力だ。

 それでも。自分の命と秤にかけて優先するなんて容易なことではない。

 いくら実験で何が起こるかわからないと覚悟していても。

 最悪の事態まで想定していたりしても。

 種族特性を解除しない段階でその覚悟を理解していた。


 けど、この極限状態においてなら尚更、人の心の本音がさらけ出されるところで溢れた言葉は重かった。

 多くの誰かを守るために自らの命を後に回すなんて。

 いつもみたいに「お姉ちゃんだから」なんていうんだろうか。


 脳裏に刻んだ1人の男の背中が胸を焼く。


 白木の杖をきつく握りしめた。

 どうして、僕の周りには命懸けで他人を守ろうとする人ばかり集まるんだ。

 あんな思いはもう絶対にしたくない。

 絶対にだ。


(勘弁してくれよ。普通でいいだろ。自分のことを優先してくれよ)


 原書?

 そんなの知らない。

 原書がなくなったらその100倍、僕が魔物を打ち滅ぼしてやる。

 そうだ。原書がなくたって僕が大量の魔造紙をばらまければ問題なんて何もない。

 いざとなれば躊躇なく原書ごと巨人を吹っ飛ばしてやるさ。


 だけど、この手に託されたミラの願いを踏みにじるのも難しい。

 力の入りようのない衰弱の中で、腕に刻まれた熱が訴えてくる。


「ああ、もう。面倒なことばかり言ってきやがって……」


 1度だけ天を仰ぎ、両頬をパンと叩いた。

 言葉とは裏腹に唇を笑みに変える。


 いいさ。

 やってやる。

 ミラも原書もまとめて守ってやろうじゃないか。

 こっちはあの師匠の弟子で、始祖だ。

 普通の面倒なんて相手にならないに決まっている。

 これぐらいの無理難題でちょうどいい。

 そうだ。こういう時のために僕はここにいるんだ。

 不慮の事態?はん、余裕だね。万事須らく十全どころか百全ぐらいで解決してやるさ!


 いつもの強がりを胸に。

 今度こそ50倍の強化魔法を発動させる。

 ミラを抱きしめるように支えたリラが僕を見上げてきた。


「リラ、こっちは頼むよ」

「私、嫌なことばかり言ってて、全然こんなこと言う資格ないけど。でも、お願い、シズ」


 リラに名前を呼ばれたのは初めてじゃないだろうか。

 ああ、もう。変なところで師匠と似たことを。


 こっちの内心を知るわけもなく。

 再びポロポロと涙を零しながら。

 リラは一言に必死の想いをこめて言葉にした。


「お姉ちゃんを助けて」

「任せろ」


 一言。

 余計な修飾はいらない。

 その分まで不安を払うように笑ってみせる。

 本当なら頭なり肩なりポンと叩いてあげたいところだけど、強化した状態でやれば悲劇が待っているので自重。

 続けて意識を失ったミラに宣言した。


「僕の前で簡単に死ねると思うなよ」


 さあ、全部を掴み取ってやろうじゃないか。


 僕はリエナを抱えて走り出した。

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