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罪芝居  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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9/31

泣いた道化師

「ハクチー、この山野さんの言うことはちゃんと聞くんだぞ。いいな?」


「うんわかった」


「絶対に暴れたりするなよ。いいな?」


「うんわかった」


「俺はここにいるからな。安心しろ」


「うんわかった」


 ふたりのやり取りを黙って見ていた山野だったが、ここで見かねて口を挟む。


「もう、その辺でいいだろ。せっかく仕切りもつけたんだし、さっさと入れちまおう」


 そう、山野は大工を呼び軽い工事までしてくれたのだ。天井にカーテンレールをつけ、さらにカーテンも取り付けた。もう完璧である。

 山野は笑みを浮かべ、ハクチーの方を向いた。


「さあハクチーちゃん、おばさんと一緒に入るよ」


「うんわかった」


 そう言うと、ふたりは仕切りの向こう側に消えていった。

 朝倉は、ふとスマホを見てみる。もう九時近い。ハクチーを風呂に入れると決意してから、二時間近く経過していた。


 ・・・


 先ほど、家を飛び出していった山野だったが、一時間もしないうちに戻ってきた。シャツにパンツ、さらに下着まで持ってきてくれたのである。


「あの子にはさ、こういうのもいるだろ。どれが合うかわかんないけどさ、ぱっと見で合いそうなの持ってきたんだよ」


 そう言いながら、山野は部屋の中に広げていく。朝倉の部屋は、下着泥棒の押収品を展示する体育館のような状態になっていた。

 しかし、当のハクチーは全く興味なさそうだ。じっとテレビを観ている。

 

「すみません。こいつは、そういうの全くわからないんです。とにかく、ありがとうございます」


 そう言って、朝倉は深々と頭を下げた。山野も苦笑する。


「かなり変わった子のようだね。だからこそ、あんたがしっかり付いててやんなきゃ。それと……たまにチェックしに来るよ。もし変な真似してたら、警察に通報するからね。わかった!?」


 いきなり凄まれ、朝倉は目を白黒させつつも頷いた。


「は、はい、わかりました」


 ・・・


 そして今、ハクチーと山野は一緒に風呂に入っている。ハクチーの体をゴシゴシ洗ってあげているらしい。


「いやあ、あんた凄いねえ。これからは、ちゃんと毎日洗わないと駄目だよ」


「洗わないと汚くなるか? 臭くなるか?」


 これはハクチーの声だろう。


「うん、そうだよ。洗わないでいると、汚くなるし臭くなる」


「うんわかった。ハクチー毎日洗う」


「素直でよろしい。ほうら、べっぴんさんになってきたね」


 そんなふたりの声を聞いているうち、朝倉の顔も自然とほころんでいた。ハクチーは、山野とも上手くやっていけそうだ。

 だが、朝倉はそんな自分を無理やり奮い立たせた。

 冗談じゃない。なぜ、ハクチーを家においているのか……それは、復讐の手駒として使うためだ。

 ハクチーは恐ろしく強い。しかも、自分の言うことを聞く。ならば、さらに手懐けて今後の襲撃に役立ってもらうとしよう。

 そして……いつかは環境大臣・田中健太郎を殺す。




 そんなことを考えていた時、ふたりが風呂場から出てくる音がした。次いで、何やらレクチャーしている。


「これはね、こうやって付けるんだ……そうそう、偉いよあんた」


「ハクチー偉い?」


「うん、上手上手」


 そんなことを言い合っている声を聞いていると、やはり顔がほころんでしまう。

 と、ふたりがカーテンの向こう側から出てきた。ハクチーはすっかり綺麗な顔で、先ほどまでとは別人のようである。綺麗なシャツを着て、短パンを履いていた。

 山野はニコニコしながら、そんな彼女の頭を撫でる。


「この子、とても素直だよ。いい子じゃないか。あんた、ちゃんとしないと駄目だよ」


 そう言うと、山野はハクチーの方を向いた。


「ハクチーちゃん、またね」


「うんわかった」




 山野が帰った後だった。突然、ハクチーが朝倉の顔に触れたのだ。


「このボヨボヨのお面なぜ付ける?」


 不思議そうに問いかけてきた。

 朝倉は、しばし無言で仮面に触れ、それから答えた。


「顔を隠したいからだよ」


「なぜ顔隠す?」


 子供のような純粋な問いかけだった。朝倉は言葉に詰まる。

 その時、ある考えが浮かんだ。


 こいつは、アレを見たらドン引きして逃げ出すかもしれない。

 だが……その程度で逃げるくらいなら、この先の戦いでは使えない。


 朝倉は、ゴム製の仮面に手をかけた。少しためらったが、一気に外した。


 そこに現れたのは、焼けただれ、ひどく歪んだ素顔だった。肉はただれ、皮膚は部分的に引きつれ、目の周囲には濃い火傷痕が広がっている。


 ハクチーは、無表情のまま朝倉の顔を見つめた。驚きも、恐怖もなかった。ただ、まっすぐに見ていた。

 次の瞬間、おもむろに立ち上がる。


「痛いだろ。薬買いに行こう」


 ハクチーは朝倉の手を握り、引っ張り始めた。とんでもない腕力で、朝倉を引きずるような形で進み出したのだ。

 朝倉は思わず声を上げる。


「いや、これは薬じゃ治らないんだよ!」


「なぜ治らない? どうすれば治る?」


「治らないんだよ。けど、痛みはないから大丈夫だって」


 ようやくハクチーの動きは止まった。少しの間を置いて、朝倉は話を続ける。


「俺のこの顔を見たら、みんなドン引きする。だから、これを付けて別の顔になるんだ。化け物って言われて、ガキに石を投げられたことだってある」


 ハクチーはというと、じっと朝倉の顔を見たまま口を開く。


「ドン引きわからない。でもハクチーも石投げられたことある。臭い汚い言われた。なぜ朝倉に石投げる? 朝倉は優しい良い人。臭くない汚くない。朝倉に石投げるやついたらハクチーが殺す」


 あまりにも真っすぐな声だった。

 冗談ではないようだった。ハクチーは本気で言っている。こんなことを言われたのは初めてだ。


 朝倉の胸の奥から、捨て去ったはずの感情が湧き上がる。と同時に、目頭が熱い……。

 笑って流せればよかったのに、どうしてもできなかった。


「そうか。じゃあ、石投げられたら、お前が俺を守ってくれよ」


 立ち上がろうとした時、涙が込み上げてきた。思わず顔をそむける。

 今の状態をどうにかするため、トイレに行こうと歩き出す。ハクチーには、気づかれたくなかった。

 その時だった。朝倉は、化け物としか言いようのないものを見る。鏡に映った自分と、目が合ってしまったのだ。

 思わず目を背ける。自分の素顔を鏡で見たのは、実に半年ぶりだ。

 久しぶりに見た自分の素顔は、やはり酷かった。完全に、ホラー映画のモンスターである。彼の顔をあえて表現するなら、小学生が紙粘土で顔を作り、ナイフでめった刺しにした……だろうか。

 かつて朝倉は『エレファントマン』という映画を観た。もし俺がこの役を演じるとしたら……などと考えては見た。当時は難しいなと思ったが、今なら演じられるかもしれない。

 こんなグチャグチャの顔の男が、かつて劇団のエース的な俳優だったなどと話したところで、誰も信じまい。


 俺は人間じゃねえ。

 身も心も、すっかり化け物になっちまったんだ。

 だから、化け物として生きる。


 その瞬間、突然ハクチーが動き出した。

 ハクチーは立ち上がり、こちらにツカツカと歩いてきた。その目には、危険な光が浮かんでいる。どうやら怒っているらしい。

 唖然となっている朝倉の前で、ハクチーは手を伸ばした。壁に付いていた鏡を力ずくで剥がし、そのまま床に叩きつける。

 鏡は、粉々に砕けた──


「お、おい! お前何やってんだ!」


 朝倉が言うと、ハクチーは彼の方を向いた。


「朝倉が鏡見て嫌な顔した。だからハクチーがブッ壊した。これから朝倉の前に鏡あったらハクチーが全部ブッ壊す。朝倉に嫌な顔はさせない」


 嘘など、微塵も感じられない言葉だった。ハクチーなら、本当にやりかねない。

 普段の朝倉なら、ここで笑っていただろう。だが、ハクチーの純粋さが彼の笑うことを拒絶していた。

 代わりに来たのは、涙だった。朝倉の心の堤防は、彼女の言葉で完全に決壊した。


「バカ言うんじゃねえよ。そんなことしたら、警察に捕まるぞ。しなくていいから……」


 かすれ声でそう呟いたあと、朝倉はその場に崩れ落ちた。

 堪えようとした。なのに、涙は止まらなかった。嗚咽が漏れる。手で顔を覆っても隠し切れなかった。

 朝倉は、久しぶりに泣いていた。その目から流れるのは、悲しみの涙ではなかった。


「朝倉どこか痛いのか? 顔が痛むのか?」


 気がつくと、ハクチーが隣に座っていた。心配そうな顔で、朝倉を見つめている。


「だから、顔は痛くねえんだ。ただ、心が痛いんだよ」


 ようやく絞り出した声ほ震えていた。と同時に、己の裡に湧き上がる想い──


 こいつとなら、生きていけるかもしれない。






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