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罪芝居  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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爆発、火事、煙、そして初遭遇

 真幌市の狂言町は、日本でも有数の繁華街である。表面的な派手さはないが、地下の施設が多い。当然ながら、裏社会の人間がかかわっているものばかりだ。

 そんな狂言町でも、特に古くから知られているのが『大沼ビル』である。表面的には老朽化した五階建てのマンションだが、住んでいるのは皆ヤクザである。


 このマンションの地下に、広域指定暴力団・銀星会が営む裏カジノがある。ちょっと裏の世界に足を踏み込んだ者なら、誰でも知っていることだ。

 もちろん警察も知っている。ただし、彼らがこの裏カジノ摘発に動くのは……だいたい年に三回だ。多い時でも、四回から五回である。これ以上ガサ入れを増やせば、銀星会からの「副収入」が減ってしまうのだ。

 かといって、ガサ入れもしなければ……今度は、こちらの面子にかかわる。したがって、この回数が多すぎず少なすぎずというラインである。

 互いの面子を保ちつつ、上手くやっている両組織。煌びやかな照明が、違法に集められた札束と、金で買われた歓声を照らし出していた。

 だが、その日に現れたのは……己の人生を捨て、悪魔と化すことを選んだ男だった。


 突然、爆発音が響く。

 次の瞬間、入口から煙が吹き出した。さらに、床の一角が激しく震える。

 ここに遊びに来ている客たちは、いわゆる上級国民……とまではいかずとも、中の上に属する人物たちだ。ほとんどの者たちの年収が億超えである。

 反面、彼らは上品でひ弱だ。こんな事態に慣れていない。人々は悲鳴を上げ右往左往していた。どこから出ればいいのかわからないのだ。

 その時、黒服の男たちは慌てて拳銃を抜いていた。だが、何を撃つべきかもわからない。混乱が場を支配していた。

 続いて、とんでもない者が現れる──


「熱いよ! 助けてくれえ!」


 どこからか悲鳴が聞こえた。

 声のする方を見れば、火に包まれた男が階段を降りてきたのだ。

 一同が仰天している中、男は転げまわっていた。服が炎に包まれ、どうにか消そうと床の上でのたうち回っている。

 その時だった。


「皆さん! 避難してください!」


 支配人の声が響き渡り、同時にヤクザたちが客を揃えて避難用通路へと誘導していく。それは、一流ホテル並みの素早い対応であった。

 そう、ここに警察だの消防だのに来られてはマズいのだ。まずは、客を避難させる。その上で「後始末専門の業者」を派遣することになっているのだ。

 まず、今は客に傷ひとつ負わさずに送り出すのが先だ。ヤクザたちは、そちらに神経を集中させていた。




 無人となったはずの店内で、ひとり動いている者がいた。

 先ほど火だるまになり、悲鳴をあげていたはずの男である。だが、体の火は綺麗に消えていた。その顔は、髪の薄くなった中年男の三宮であった。つまりは、朝倉風太郎である。

 実際のところ、ここで起きた騒ぎは全て朝倉の仕業である。爆発も、煙も、炎も、すべて朝倉ひとりが仕掛けた特殊効果によるものだった。煙はスモークであり、何の害もない。火だるまの男は、朝倉自身のファイヤースタントを用いた演技である。


 その朝倉は、仮面の下で口元を歪めながら、冷静にあちこちから札束を引き出している。 かなりの額だが、本人は満足していない。


「奴らと戦う軍資金としちゃ、少なすぎるな」


 そう……朝倉風太郎は、単に金が欲しいという動機で今回の犯行を企てたわけではない。

 これから彼が戦わなくてはならないのは、環境大臣の田中健太郎と、日本屈指の広域指定暴力団・銀星会である。

 そんな連中とやり合うのに、金はいくらあっても足りないのだ。




 朝倉が袋に金を詰めていた時、妙な音が耳に入ってきた。

 何かと思い、そちらに視線を向けると、いたのはボロをまとった不審人物だ。体は小さく、子供であろうか。いや、小学生よりは大きい。中学生か、あるいは高校生か。もっとも煙の中なので、顔ははっきりとは見えない。

 そんな不審人物は、煙の立ち込めた室内で、床に落ちていたフルーツや、ハムを乗せたクラッカーなどを、手づかみでムシャムシャ頬張っていた。少なくとも、朝倉の目にはそう見えた。


「な、何だこいつ?」


 朝倉は唖然となっていた。

 一方、不審人物は彼をチラリと見ただけだ。他に食べ物はないかと、室内を物色している。と、新たな食べ物を発見したらしい。身軽な動きでカウンターを飛び越えると、中にしゃがみ込む。

 何をしているんだ……と朝倉が近づき覗いてみると、ハムの塊を両手に抱えていた。恐ろしい勢いでガツガツ食べている。

 明らかに、この場にいるべき存在ではなかった。ヤクザの手下でもなければ、客でもない。ただ、腹を空かせたホームレスの子供のようだった。

 朝倉は顔をしかめたが、今はそれどころではない。奴が何者だろうと、自分が逃げ延びることが最優先だ。

 朝倉は、何事もなかったかのように入口から出ていった。途中で三宮の仮面を剥がし、別の仮面を装着する。

 そのまま、根城まで帰っていった。




 その翌日。

 朝倉は仮面を被り、狂言町の路地裏を歩いていた。今回は、若い軽薄な青年を演じている。その目的はというと、昨日会ったホームレスを探すためである。

 まず大通りを探してみたが、見つからなかった。次に、客引きの若者に「チップ」と称した紙幣を渡し聞いてみる。すると、意外な答えが返ってきた。


「ああ、あのホームレスのガキか。あいつは、たまに路地裏にいたりするね。ただ、あいつには近づかない方がいいよ。あいつね、結構ヤバいから。襲われて金取られた人が結構いるらしいよ」


 襲われて金を取られる、とは驚いた。そんな凶暴には見えなかったのだが……。

 とりあえずは、路地裏に入ってみた。昼間なので、怪しげな売人などはいない。ただ、探しているホームレスも見当たらなかった。朝倉は、ひとまず歩いてみることにした。

 その時、背後にて奇妙な音がした。上から、何かが落ちて来るような音だ。

 続いて、思いもよらぬ声が飛んでくる──


「お腹すいた」


 確かに、背後から聞こえてきた。

 振り向くと、そこには昨日の小柄なホームレスが立っていた。

 ボサボサで、脂や多量のフケによりドレッドヘアのようになっている髪。泥と垢と食べカスその他諸々の汚れに塗れた顔。何年も着回しているのだろうシャツと、汚れ過ぎてジャンルも不明な上着。染みだらけのズボンは、膝から下がない。

 その目は、じっと朝倉を見つめている。


 まさか、俺に気づいたのか?


 朝倉は、背筋にゾクッとするものを感じた。だが、今自分が演じているのは軽薄な若者である。あの時とは違う顔だ。わかるはずがない。


「知るか。腹が空いたなら、炊き出しにでも行けやコラ」


 朝倉は、軽い口調で言い返した。と、相手も即答する。


「タキダシ知らない」


「じゃあ、親のところに帰れ」


「オヤ知らない」


 会話にならない。朝倉はうんざりして、その場を立ち去ろうとした。

 だが、その時──


「昨日ボンボンあった。昨日ボーボー燃えた。昨日モクモクなった。中にお前いた」


 その言葉に、朝倉の足が止まった。

 このホームレスは、確かにあの騒動を見ていた。しかも朝倉のしたことを覚えている上、朝倉の変装を一目で見破っているのだ。

 放っておくと、面倒なことになりかねない──


「お前、見てたのか?」


「うん。ボンボンしたのお前。でも全部嘘。ハクチー知ってる。お腹いっぱい食べられた。美味しかった」


「ハクチー? お前の名前か?」


 朝倉が尋ねると、ホームレスは頷いた。なんつー名前だよ、誰がつけたんだ……などと思っていると、次の言葉にドキリとなった。


「お腹すいた。またボンボンボーボーモクモクやればお腹いっぱい食べられるのか? ハクチーもやりたい」


 マズい。この事実を銀星会の人間に知られたら、確実に終わりである。

 仕方なく、近くのコンビニでパンやおにぎりを買い与え、公園で食べさせることにした。




 しかし、その後の展開は朝倉をさらに仰天させた。


「うわぁ! お前、なんつー食い方してんだよ!」


 思わず叫ぶ朝倉。ハクチーは包装など構わず、おにぎりをビリビリと引き裂いて口に放り込む。パンの袋ごとかじりつこうとするのを、朝倉が慌てて止めた。


「ちょっと待て! それ外してから食え! ゆっくり食べても、誰も取らねえから!」


「うんわかった」


 ハクチーは素直に頷き、不器用ながらも袋を開けてパンを取り出しかぶりついた。食べ終えたあと、朝倉の渡したペットボトルのお茶をごくごく飲んだ。

 それでも、まだ足りないらしい。朝倉の持っている袋に手を伸ばす。

 その時、朝倉は自身にもっとも似合わない行動に出た。


「おいハクチー、人から物をもらったら、まずありがとうって言うんだ」


 言った後、朝倉は自分で吹き出していた。人殺しまでしている自分が、何を言っているのだろう。人に礼儀を指導できるような人間ではないのだ。

 しかし、ハクチーは素直だった。その言葉を聞き、いきなり立ち上がる。


「うんそうだよね。ありがとう」


 そう言って、頭を下げたのだ。朝倉は、何も言えなくなっていた。驚いているのは当然だが、胸の中を不思議なものが覆っていった。久しぶりに感じる温かいものだ……。

 すると、今度はハクチーの方が指導してきた。


「いえいえどういたしましてって言う」


「へっ?」


 朝倉がキョトンとしていると、ハクチーはこちらを指差した。


「ハクチー知ってる。今度はお前がいえいえどういたしまして言う」


 なるほど、そういうことか。どこで教わったのだろうか……朝倉は困惑しつつも、ハクチーに頷いてみせた。


「そうだったな。いえいえ、どういたしまして」


 朝倉は答えながらも、これからどうすべきか考えていた。

 このハクチーとかいうホームレス、放っておいては危険だ。もしかしたら、銀星会に顔のことをベラベラ喋るかも知れない。こいつは、ひときれの食べ物欲しさに何でも喋るだろう。

 もっとも、理由はそれだけではない。不思議なことに、ハクチーといると心が落ち着く気がした。


 こいつ……何者なんだ。





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