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罪芝居  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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怪物への変貌

 朝倉は、目を開けた。


 ここはどこだ?

 何があった?


 頭が重く、視界が少しぼやけている。目を大きく開けようとするが、まぶたが重い。その上、顔に何かが巻き付いていた。

 何だこれは……と思っていると、看護師らしき格好の女が話しかけてきた。

 

「大丈夫ですか? あなたは、ひどい怪我をしていたのですよ。二日間、眠ったままの状態でした」


「何があったのです?」


「落ち着いて聞いてください。あなたの所属していた劇団の稽古場が、火災で焼け落ちてしまったのです。小道具の火薬が原因のようですね」


 聞いた途端、朝倉の記憶が蘇る──


 ・・・ 


 あの日、朝倉は集合時間に遅刻した。お詫びとして、皆にジュースの差し入れを買っていたのだ。

 だが、到着した瞬間に唖然となった。稽古場が、炎に包まれているのだ──


「なんだこれ!?」


 朝倉は唖然となり、ビニール袋を落とした。

 直後、爆発音が響き渡る。熱風が顔に当たり、皮膚に痛みが走る。燃え上がる建物内からは、人の悲鳴まで聞こえてきた。


「どうなってるんだよ! みんな!?」


 叫んだ直後、朝倉は自ら炎の中へ飛び込んでいった。もはや、まともな思考力などなかった。ただ、みんなを助けたい……その思いだけが、体を突き動かしていたのだ。


 ・・・

 

 そうだよ。

 俺は、炎に包まれた稽古場に飛び込んだ。

 あいつらを助けるため──


「他のみんなは! どうなったのですか!」


「落ち着いて聞いてください。あなた以外の方は、全員死亡しました」


 その瞬間、朝倉の意識が遠のいてゆく──


 えっ?

 なんで?

 ウソだろ?

 なんでだよ?


「大丈夫ですか?」


 看護師に言われ、朝倉はハッとなった。だが、そこでもうひとつの異変に気づく。


「これはなんですか?」


 言いながら、顔に巻かれている包帯を指差す。


「あっ、これはですね……今は、避けた方がいいですよ。なぜかと言いますと──」


「見せてください」


 医師の言葉を遮り、朝倉は言った。


「やめた方がいいです。あなたの場合──」


「見せてくださいって言ってるんですよ!」


 強い語気に、医師は仕方なく手鏡を渡す。

 朝倉は、震えながら鏡を見た。その瞬間、息を飲んだ。

 鏡に映るそれは、かつて舞台で喝采を浴びた男とは別人……いや、別物であった。


 皮膚は焼けた陶器のようであり、ところどころ異様な色に変色している。頬の肉は一部が沈んでおり、骨格が露わになっている。

 両のまぶたは引きつれ、半開きの状態のままだ。閉じることはできるが、それ以上開けることはできない。

 もはや、人間とすら思えない顔だ──


 かつて座長だったデューク西郷は、朝倉に言った。


「お前の顔は舞台映えする」


 あの頃は、演技力が全てだと思っていた。顔の美醜よりも、そちらの方が大切だった。

 だが、観客が息を呑み舞台が静まりかえる瞬間。あれには、朝倉の「顔」による力もあったのだ。

 いや、それ以前に……今ここにいるのは、ただの化け物である。こんな者が、舞台でどんな演技をすればいいのだ?


 これが、今の俺の顔──


 朝倉は、鏡を持ったまま呆然としていた。そんな彼に、医師が冷静な口調で説明する。


「あなたの場合、体よりも顔の損傷の方が大きくて……」


 だが、そんな言葉は朝倉の耳に届いていなかった。



 

 その夜、ベッドの中で、朝倉はうつろな目で天井を見上げていた。

 

 もう、俺には何もない。

 役者にも戻れないし、そもそも人間としての人生を歩めない。

 では、何がある?


 その瞬間、朝倉の目から涙が溢れる。


 このまま死んでしまいたかった。実際、なぜ死を選ばなかったのかと言えば、手っ取り早く死ぬ手段が手近になかったから……というのが一番大きな理由だろう。

 だが、それだけではない。何かが朝倉を押し止める。死んではならぬ、と踏み止まらせるものがあった。

 初めは、何なのかわからなかった。


 しかし、翌日に病室のテレビでニュース番組を観ていた時だった。

 画面には、環境大臣の田中健太郎が出ていた。爽やかな表情で、レポーターの質問に答えている。

 その瞬間、緒方の言葉を思い出した──


(あのスーツの男、環境大臣の田中健太郎じゃない?)


(いや、あれは田中大臣だよ。間違いない。前に演説してるの見たけど、あんな感じだった。カメラ越しに見るのと実際に見るのとじゃ、微妙に違うんだよね。それに、これまで最後列の席から、大勢の役者の顔を見てきたあたしが言うんだよ。絶対に間違いない)


 緒方は、そう言っていた。実際、彼女は目がいい。人混みの中から、簡単に朝倉を見つけ出したこともあった。


 あそこにいたのは、間違いなく田中健太郎だ。


 朝倉は、さらに記憶を辿る。駐車場に来ていたチンピラ風の男と田中との会話──


(あっ、お疲れさまです。自分は、銀星会の──)


(そんな挨拶しなくていいから、早く持って行ってよ!)


 この会話は、今もはっきり覚えている。

 銀星会のヤクザと、環境大臣の田中健太郎が駐車場で会っていた……これだけでも、大変なスキャンダルであろう。

 しかも、ヤクザが田中の車から運び出したのは、人間の死体……。


 俺たちがアレを見たから、団員のみんなまで殺された?


 とんでもない話である。妄想、の一言で片付けるのが普通なのかも知れない。しかし、それ以外には考えられなかった。

 この事実に気づいた瞬間、朝倉は動いていた。すぐさま病室から抜け出る。医師に無断で、病院を飛び出したのだ。


 そう、この事件は全てがおかしい。

 マスコミは「舞台の小道具による火災」などと書いていた。だが、そんなことは有り得ないのだ。次回の芝居は、派手な舞台装着は無しで行く……と、座長自らが言っていたのだ。火薬など、持ち込むはずもない。

 それに、あまりにもタイミングが合いすぎている。田中と銀星会のチンピラ、そして死体……それらを見た翌日に、稽古場の爆発だ。そして、団員が皆死んだ。


 ふざけやがって……。

 銀星会も田中も、俺が潰す。




 やがて朝倉は、とある場所に到着した。外壁がボロボロになっているマンションだ。照明はついておらず、エレベーターもない。朝倉は、階段で五階まで上がっていった。

 ようやく、目当ての部屋に到着する。朝倉がドアホンを押すと、数秒の間を置きドアが開く。中からぬっと顔を出したのは、オールバックの長髪、サングラス、痩けた頬……そう、伊左坂だ。

 伊左坂は、こちらを見るなり息を飲んだ。それも当然であろう。今の朝倉は、タオルを顔に巻いた不気味な男でしかない。

 そんな彼の前で、朝倉はタオルを外した。と、伊左坂は目を逸らす。


「お前、朝倉か? 本当に朝倉なのか?」


 そう、事前に連絡してはいた。だが、今の姿を見たら、なおのこと信じられないらしい。


「悲しいですが、俺が本物の朝倉です」


「じゃあ、あれ言ってみてくれ。お前が『十六歳の墓標』って芝居で演じた少年が、舞台でたったひとり両膝かかえてガタガタ震えながら吐いたセリフ」


 その作品を、朝倉ははっきり覚えている。十六歳の少年が父と母を殺し、あてもなく彷徨(さまよ)う姿と、それを執拗に追う刑事を描いた作品だ。

 座長の西郷が珍しくシリアスな刑事を演じ、ふざけた色は全て排除した本格的な芝居だった。朝倉は、準主役である十六歳の少年を演じた。この作品で、皆の評価が変わったのを覚えている。特に、朝倉の演技は絶賛された。

 今も覚えているセリフだ。復唱するのはわけない。


「生きることも怖い。だが死ぬことも怖い。僕はいったい、どうすればいいんだ!? ですよね」


 途端に、伊左坂の表情が変わる。


「おいおい、お前は間違いなく本物だ! まあ入れ入れ」


 そんなことを言いながら、伊左坂は朝倉を招きいれた。

 室内はというと、ゴミ屋敷とまではいかないが、それに近いものだった。様々なものが床に散らばっており、足の踏み場もない。

 懐かしい光景だ。かつての朝倉は、ここで伊左坂から様々なことを教えてもらったのだ。代わりに、朝倉は部屋の掃除を手伝った。

 伊左坂は、その頃と変わっていないらしい。物をあちこちに投げつけると、どうにかスペースを作った。


「まあ、ここに座れ。今、ここに水道水もってきてやるから」


 言いながら、水の入ったコップを持ってきた。わざわざ水道水、というあたりが伊左坂らしさである。

 彼は床にあぐらをかいて座り、こちらを不敵な表情で見つめる。


「で、どうした? わざわざ来るとは、ただならぬ用事だな?」


「すみません。俺に、特殊効果のことを教えてください」


「えっ……お前、特殊効果やんのか? 芝居の世界に復帰するのか?」


「いえ、芝居の世界には戻りません。もう、あの世界には興味もないですし、未練もありません」


「じゃあ、何だ?」


「裏の世界に行きます。そこで、俺の演技と特殊効果を使い稼いでいきます」


 答えた朝倉を、伊左坂はまじまじと見つめる。

 この伊左坂、裏の世界にも知り合いがいる。なにせ、本物の銃声を聞きたいばかりに、ヤクザに頼んで拳銃を売ってもらうような男だ。

 少しの間を置き、頷いた。


「そうか、わかった。じゃ、教えてやる。その代わり、飯はお前が作るんだぞ。あと、掃除も頼むぜ」




 それから半年後──


「とまあ、だいたいこんなところだ。ここで教えたのは基本中の基本だが、素人相手だったらこれでもごまかせるだろう」


「ありがとうございます」


「ところでな、こんなのもあるぞ」


 言いながら、伊左坂が部屋の奥から出してきたのは……人間の皮膚を模したゴム製のマスクであった。パッと見は、人間の顔でしかない。


「これはな、俺と仲間たちで作ったゴムマスクだ。人間の皮膚に限界まで近づけた自信はあるぜ。これを使え」


「わかりました。使わせていただきます」


 頭を下げる朝倉の前で、伊左坂は今度は四角いケースを持ってきた。

 中を開けると、黒光りする拳銃が入っている──


「こ、これ、何ですか?」


 思わず飛び退いた朝倉に、伊左坂は笑いながら答える。


「こいつはな、昔リアルなサイレンサー付き拳銃の音が知りたくて、ヤバい連中から買ったもんだ。本物だぞ。しかも実弾のおまけ付きだ。これも使うだろ?」


 言いながら、ケースを突き出してきた。朝倉は、無言で受け取った。

 ややあって、口を開く。


「なんで、ここまでしてくれるんですか?」


「いやさ、お前がそいつで日本社会に風穴空けてくれそうな気がしてよ。それに、お前の演技……いや、あれは演技どころじゃねえ。役が憑依する瞬間すらあった。自分より若い奴の芝居で痺れさせてもらったのは、お前が初めてだったからな。そん時の礼だ」


「本当に、ありがとうございました」


 立ち上がった朝倉は、深々と頭を下げた。

 直後、朝倉は部屋を出ていった。その後ろ姿を見つつ、伊左坂は呟く。


「思い出すんだよな、あの頃のお前を。稽古場で真冬でもシャツ一枚でさ、狂ったような顔でセリフの練習してた、まるで拳銃ぶっ放すような勢いだったな。そのあとに舞台のお前を見て、こいつは本物だ……って、心底から思ったよ」


 そこで、伊左坂の表情が歪む。


「だからこそ……お前がこんな目に遭うのが、許せねえんだよな。芝居に命懸けた人間が報われねえで、テレビのバラエティでヘラヘラしてる奴らがもてはやされる……そんな世界、間違ってんだよ。

本当に残念だ。お前が、スクリーンで輝けなかったことが……」





 ややあって、朝倉はゴミ焼却炉の前に立つ。そこで、己のスマホを見ていた。

 保管しておいた様々な画像が出てくる。伊達や山崎とやったコント。他の団員との打ち合わせ。舞台上の自分。

 そして、緒方優……。


 優……お前がいたから、俺みたいなダメ人間でも、どうにかやってこられたんだよな。

 でも、俺はもう無理だ。

 お前のいない世の中で、まともに生きる気なんかねえよ。

 天国で、みんなと楽しくやってくれ。

 俺は、ひとり地獄に落ちる。

 お前らみんなを殺した連中と、田中健太郎を道連れにな。


 以前、緒方に言われた言葉が蘇る。


(なんで舞台の上では完璧な演技をするくせに、日常生活だと演技できないの?)


 今後、俺の人生は全て演技だ。

 朝倉風太郎という名の、イカレた犯罪者による大芝居だ。

 ラストシーンを、とくと御覧あれ。


 朝倉は、もう一度スマホを見つめた。画面には、緒方の笑顔が映っている。自分には、もったいない彼女だった。この笑顔を、永遠に残しておきたかった。

 直後、朝倉は凄まじい形相でスマホを投げ入れる。もちろん、焼却炉の中へだ。


「天国で幸せにな。俺は、地獄に行くよ。もちろん、奴らも道連れだ」


 そう言うと、背を向け去っていった。










 

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