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罪芝居  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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4/31

目撃者は……

 それから一分も経たぬうちに、もう一台の車が入ってきた。

 新手の車から降りてきたのは、見るからにガラの悪い二人組である。降りるなり、スーツ姿の男に向かいペコペコ頭を下げる。


「あっ、お疲れさまです。自分は、銀星会の──」


「そんな挨拶しなくていいから、早く持って行ってよ!」


 かなり横柄な態度だ。直後、自分の車のトランクを開けた。

 チンピラふたりは、何やら作業を始める。ビニールシートで、トランクの中にあるものを、ぐるぐる巻きにしていた。


 隠れている朝倉は、今の両者のやり取りについて考えていた。

 チンピラは確かに「銀星(ぎんせい)会」と言っていた。銀星会と言えば、日本最大の広域指定暴力団である。昔ほどの影響力はないらしいが、それでもニュースなどで度々耳にする名前だ。

 そういえば、スーツ姿の男は言っていたのだ。ヤクザは社会のゴミ、と。

 では、ヤクザがペコペコ挨拶している立場の人間とは?


 そのまま様子を窺っていると、チンピラはビニールシートに包んだ「何か」を運び出そうとしていた。まず片方を外に出し、もうひとりが持つ。

 その時、緒方の表情が変わった。朝倉の耳元に口を近づけ、そっと囁く。


『あのスーツの男、環境大臣の田中健太郎(タナカ ケンタロウ)じゃない?』


「えっ?」


 言われた朝倉は目を丸くした。田中健太郎といえば、三十二歳の若さで環境大臣に就任した二世議員である。爽やかなイケメン議員であり、人気も高い。

 朝倉は、目を凝らしてスーツの男の顔を見てみた。確かに、田中健太郎には似ている。だが、微妙に違う点もあるような……。

 それ以前に、環境大臣がこんな場所でヤクザと何をしているのだ? 先ほどの罵声や態度は、テレビカメラ越しに見るものとは真逆であった。


「確かに似てはいるけど、別人じゃない?」


「いや、あれは田中大臣だよ。間違いない。前に演説してるの見たけど、あんな感じだった。カメラ越しに見るのと実際に見るのとじゃ、微妙に違うんだよね。それに、これまで最後列の席から、大勢の役者の顔を見てきたあたしが言うんだよ。絶対に間違いない」


 緒方は、自信たっぷりな態度で答えた。だが、そう言われても……テレビなどで観ている姿と、やや異なる。

 それに、仮にも環境大臣の地位に就いている男が、あんなチンピラと何をしているのだろう。

 その時、朝倉の頭に閃くものがあった。


 テレビで観ている姿は、全て芝居なのか?

 俺も、演技を見抜けていなかったということか……。


 そんなことを思いながら見ていると、状況は急変する。

 ビニールシートに包まれていたものが滑り落ちてきたのだ。次いで、グチャッという音。さらに、地面に広がる染み。

 ビニールシートから落ちたものは、人間の頭だった。


 朝倉と緒方の目にも、シートから滑り落ちたものは見えている。

 

「あれ、死体なの……」


 緒方が唖然とした声で言った時だった。その場の恐ろしい空気を、全く理解していない者が乱入してきた──


「朝倉さん! こんなとこで何してるんですか!」


 伊達である。店に帰って来ない朝倉を心配し、探しに来たのだろうか。

 朝倉と緒方は、トラックの陰に隠れている。したがって、田中ら三人にはふたりの姿が見えていない。しかし、伊達の存在は丸見えだし、声も聞かれている──


 そんな伊達だが、状況に全く気づかぬまま、朝倉の前に立つ。必死でかぶりを振る朝倉だったが、伊達は全く気づかない。酒が入っているせいもあるだろうか。

 

「あの、さっきはすみませんでした。燻りとか言っちゃって……でも、俺は朝倉さんのこと尊敬してます。朝倉さんの芝居を見て、マジ感動したんですから……だから、見てて超歯痒いんですよ! とにかく、すみませんでした!」


 伊達は大声で喋り、さらに頭を下げたのだ。

 言うまでもなく、この伊達の声は田中健太郎とチンピラたちにも見えているはずだ。

 となると、やることはひとつしかない。


「逃げるぞ!」


 朝倉は叫び、伊達の手を引いて走る。緒方も後に続いた。後ろで何やら声が聞こえたが、無視して店の扉を開ける。

 直後、朝倉は団員らに叫ぶ。


「みんな! 申し訳ない! 今日はこれでお開きにして、すぐに解散してくれ! できれば、途中まででいいからタクシーを使ってくれ! タクシー代の無い奴は、俺が出す!」


「おい、どうしたんだ?」


 まだ飲み足りない表情の西郷が聞いてきたが、朝倉の態度を見るなり、ただならぬ状況であると察したらしい。顔つきが一変した。


「とにかく、今は説明してる暇はないんです! すぐに帰ってください!」


「わかった。そうしよう」


 西郷が答えると、皆が一斉に動く。タクシーを呼び、店内で待たせてもらうこととなった。 


「なあ、何があったのか、ちょっとだけ教えてくれ」


 団員の青井に言われ、朝倉は語り出した。


「はっきりわかっていることは、俺たちがトラックの陰で話してたら、一台の車が凄い勢いで入ってきたんだよ。で、スーツ姿の男が降りてきた」


 その男が田中大臣かも知れない……という事実には触れず、朝倉は話を続ける。その後に、ふたりのチンピラがビニールシートに包まれた何かを運ぼうとしていたこと。だが、途中で中身が滑り落ち、地面に落ちたこと。


「もしかして、死体?」


 団員のひとりが尋ねた。対する朝倉は、首を捻りながら答える。


「わからない。遠目からでも、人間の顔だった気はする。ただ、人形の可能性もある」 


「でもさ、普通こんな時間に人形運ぶかな? しかも、わざわざビニールシートに巻いてさ」


 言ったのは緒方だ。すると、伊達が後を引き継ぐ。


「本物かどうかはともかく、そこに俺が現れちまったんだ。状況が全くわからないまま、朝倉さんたちのいる方に進んでったわけよ。でさあ、デカい声で、すみませんでしたぁ! って謝ったんだよ。そしたらさ、朝倉さんすんげえ顔して必死で首振ってんの。普段クールな朝倉さんが、しかめっ面で口閉じたまま両手動かして首をブンブン振ってんだぜ。あれ、動画に撮っときゃよかったな」


 その話で、ようやく皆の顔に笑みが生まれる。朝倉も苦笑しつつ頷く。


「あれは、何と言われても仕方ない。とにかく、普通じゃない雰囲気がしてたからな」


「いやいや、恥ずかしがることないですよ。コントに必要なのは、あの感じですから」


「そ、そうなのか?」


「そうですよ。朝倉さん、今年ダメだったら、来年はトリオでお願いします。今度は、殺人鬼と目撃者と目撃者の友人っていう、すれ違いコントでいきますか?」


「そっか。わかった。さっきの心境と動きをできるだけ思い出してみる」


 朝倉が答えた時、ちょうどタクシーが到着した。全員が乗れる台数分はある。これなら安全だろう。


 タクシーに乗り込む際、朝倉は声をかける。


「なあ、伊達」


「はい?」


 別のタクシーに乗り込もうとしていた伊達は、動きを止める。


「また日を改めて、お前らの祝勝会やろうや」


「ありがとうございます」


 伊達は頭を下げ、タクシーに乗り込む。次いで、朝倉と緒方も、同じタクシーに乗り込んだ。


「なんか、雨降って地固まる……みたいな終わり方になって良かったよ」


 タクシーの中で、緒方は言った。が、次に声をひそめる。


「あれ、本当に死んでたのかな。人形だったかもね」


「そうかも知れない。だが、そうじゃない可能性もある。とにかく、当分はおとなしくしてよう」


 朝倉も、声をひそめ答えた。




 もっとも、駐車場から離れ自宅に近づくにつれ、朝倉の心は落ち着いてきた。そう、あれは本物ではなかったのかも知れない。

 仮に本物の死体だったとしても、果たして自分たちを殺そう……などと考えるだろうか。アクション映画でもあるまいし、まさか自分たちのような何の力もない一般市民を消したりはしないだろう。

 しかし、それは甘かった。


 ・・・


「やあ君たち、何の用です? 下らない用事だったら、大根おろしで指をおろしてもらいますよ。僕は電話が嫌いなんです」


 スマホを手にすると同時に、西村陽一(ニシムラ ヨウイチ)はそんな物騒なセリフを吐いた。

 見た目は、ごく普通の青年だ。年齢は三十代前半、安物のスーツを着ている。髪は綺麗に刈り揃えられているし、顔つきも知的で温和なものだ。

 一見、会社の若手をまとめるリーダー的存在……という雰囲気だが、中身は真逆である。実のところ、この男は裏社会の仕事人なのだ。

 体つきも引き締まっており、無駄な肉は付いていない。この男、仕事以外の時間のほとんどを、情報収集とトレーニングに費やしている。酒やギャンブルや風俗といった娯楽には、全く興味を示さない。

 業界でも、変わり者として知られていた。もっとも、仕事は完璧にこなす。




 そんな西村だが、次の瞬間に声の調子が変わる。


「えっ、あのバカボンが! 何考えてんだろうね……まあいいや、それは緊急事態だ。とりあえず、俺も今から現地に行くよ。バカボンは帰らせてくれ。それじゃあね」


 そう言うと、スマホを切る西村。


「何があったんですか?」


 聞いたのは成宮亮(ナリミヤ リョウ)だ。

 洒落たハットを被っており、高級ブランドもののスーツを着ている。体つきはしなやかで、目鼻立ちが整った端正な顔立ちだ。愛想もよく表情も豊かで、クラブのナンバー1……とまではいかないが、ナンバー5か6あたりには位置するホスト、という感じだ。


 しかし、彼の横に立っている青年は真逆の雰囲気を醸し出していた。

 彫りの深い顔立ちは、外国人もしくは外国人の血が混じっていることを窺わせる。肌は浅黒い色だ。身長はさほど高くないが、鍛えぬかれた体つきなのは黒のトレーナー越しにも見てとれる。

 短髪に鋭い顔つきは軍人を連想させるが、同時にあどけない雰囲気をも漂わせていた。先ほどから突っ立ったまま、西村に鋭い視線を送っている。

 なんとも不思議なコンビだが、実のところ成宮は、裏の世界の情報屋である。西村も一目置く存在だ。

 

 今、西村は彼の事務所に来ていた。面白い話はないのか聞きに来たところ、逆に話の方から飛び込んで来たのである。

 聞けば、環境大臣である田中健太郎からの依頼だというのだ。彼の「やらかし」の後始末である。


「詳しい内容は言えないんですが、とある人物がプライベートで、友人と一対一で酒を飲んでいたらしいんです。ところが、帰り道に口論になって殴ったら、友人は倒れて頭打って死んじゃったらしいんですよ」


「なるほど、ありがちな話ですね」


 成宮は、ウンウンと頷いた。

 実のところ、路上による喧嘩での死亡は珍しいことではないのだ。

 その死因のトップは、パンチでもキックでも武術技の発勁でもない。硬いアスファルトや壁に頭を打ち、脳挫傷で死亡することだ。

 喧嘩をしたことのない人、あるいは運よくそうした事態に遭ってこなかった人ほど、そのリスクを軽視しがちである。


「で、とある人物は銀星会に泣きつきました。ところが、銀星会も今夜は忙しくて、急に出せるのが組員にもなってないチンピラふたりだったそうです。そんなわけで、指定した駐車場で死体を引き渡し一件落着……と思いきや、ここで想定外の事態が起きました」


 そこで、西村は芝居がかった大袈裟な動きをし始めた。悲劇の主人公のように、頭を抱え片膝を着いた。


「なんということでしょうか。途中で死体がずり落ちて地面に落下し、その模様を見ていた奴らがいたんです。チンピラはすぐに追っかけたんですが、目撃者は近くの飲み屋に逃げ込みました。その後、飲み屋には数台のタクシーが停まり、客は続々と帰っていったそうです。これ、明らかに警戒してますよね。となると、その飲み屋にいた客全員の口を塞がないといけなくなりました。面倒くさいですが、これも仕事ですからね」


「しかし、そのとある人物さんも相当なバカですね。死体運んで駐車場まで行ってる時点で、酒気帯び運転な上に死体帯び運転じゃないですか。事故おこしたら、一発アウトですよ。かなりの大物のようですが、その辺のリスクを計算できなかったのですかね」


 言いながら、成宮はニッコリ微笑んだ。とある人物が誰なのか、何となく見当はついているらしい。  

 対する西村も、表情ひとつ変えず答える。


「彼らは、電車と同じなんですよ。敷かれたレールの上なら、高速で走れます。しかし、レールから外れたら終わりなんですよ。今回も、一歩間違えればアウトな状況でしたが、思ったより早く片付きそうです。目撃者は、劇団員らしいんですよ」


「劇団員?」


「はい。芝居がどうとかいう声を聞いたとか。いずれにせよ、あとは店に言って聞き出すだけです。まあ、二日もあれば終わるでしょう」






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