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罪芝居  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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エピローグ

 事件から、三ヶ月が経った。

 田中健太郎は、未だ無実を訴え裁判中である。しかし、増田信夫殺害の件だけは有罪が確定するであろう。

 銀星会は、以前とは比べ物にならないほど弱体化している。構成員が大幅に減り、さらに殺人や死体遺棄の罪で逮捕された者たちもいる。縄張り(シ マ)も減らされ、構成員たちもどんどんと抜けていっている。解散も時間の問題では? と噂されるほどだ。




 情報屋の成宮亮は、今日も事務所にいた。スマホをいじりながら、隣に立っているレンに話しかける。


「なあレンよ、朝倉は死んだ……それが、大半の見立てなんだよな。警察も、そう見ている。だがな、お前はどう思うんだ? 奴は死んだと思うか?」


「俺、あいつは死んでないと思う。あいつ、どこかで生きてる気がする」


「そっか。実は、俺もそう思うんだよね。ま、今さらのこのこ顔を出すほど、あいつもバカじゃないだろうけどな」




 同じ頃、伊左坂はとある劇団の稽古場にいた。若い役者の卵たちを相手に、己の演劇論を語っている。


「いいか、お前ら。俺の動画チャンネルを見とけ。これは、決して宣伝じゃねえんだ。今は亡き天才俳優・朝倉風太郎の演技をよく見て欲しいんだよ。あれは、もはや演技じゃねえ。憑依なんだよ。あれができてこそ、初めて本物の役者と呼ぶに相応しい者になれるんだ。テレビに映ってる十把一絡げの役者になりたくないなら、絶対に見ておけ」




 そして、朝倉が崩壊させた廃ビルに現れた者がいる。それもふたりだ。

 廃ビルは……いや、もはやそう呼ぶことすらできない。今や、完全なる瓦礫の山だ。ここでの死者は、二十人以上と言われている。未だ、はっきりしていない状態だ。

 当時、この廃ビル爆破事件は大変なニュースになった。なにせ、ひとつのビルが土台から綺麗に崩れ落ちていったのだ。最初は事故かと思われたが、後にビルに仕掛けられた爆薬によるものと判明する。

 また、ビルの残骸からは大勢の死体が出てきたが……その全員が、銀星会の構成員である。しかも、拳銃を所持していた形跡があるのだ。

 警察は、これを好機と捉えたのか銀星会事務所の捜索に乗り出す。結果、さらに大勢の構成員を逮捕した。


 銀星会を崩壊に追い込むきっかけとなった、廃ビルの残骸……その惨憺たる光景を見ながら、語り出したのは正岡だった。


「あのふたりは死んだ。死体こそ発見されてないけどな、あの状況で生きていられる奴はいない……警察は、そう見ている」


「いや、あのふたりは生きてるよ」


 言ったのは山野である。彼女は、なぜか自信たっぷりの表情であった。


「それ、本気で言ってるのかい?」


「形あるものは、いつか必ず滅びる。偉い政治家も、巨大な組織も、時の流れの中では風の前の塵と同じさ。田中健太郎も銀星会もまた、その力を失い滅びようとしている」


 そこで、山野は正岡を見つめた。


「けどね、あのふたりが分かち合った想いだけは、どこの何者にも消せはしない。幾万の夜が過ぎ、城が廃墟となり、大地の形が変わるほどの時が経ったとしても、ふたりの絆は永遠だ……あたしは、そう信じているよ」


「あんたらしくもねえセリフだな。でも、俺も奴らは生きているんじゃねえか……そんな気がするんだよ」


「あんたもかい?」


「ああ。俺の上役のキャリア小僧は、死んだと判断したけどな」


 言った後、何かを思い出したような表情になった。


「あっ、そういえば朝倉から来た手紙には、なんて書いてあったんだ?」


 そう、朝倉が廃ビルに立てこもる直前、山野へと手紙を出していたのだ。封筒には、便箋が入っていたきりだったという。


「ここだけの話だよ。便箋には地図が載ってて、矢印の場所に行ってみてくれって書いてあったよ。倉庫みたいな場所さ」


「行ったのか?」


「行ったよ。そしたら、五百万入った封筒があったよ」


 途端に、正岡の表情が歪んだ。


「なんだよ……あの野郎、俺にもさんざん迷惑かけたのに、一銭もよこしやがらなかったな」


 ボヤく正岡を、山野は鼻で笑った。


「これも、日頃の行いの差だろうね」


 ・・・


 その頃──


 とある田舎道を、車椅子に乗った男が進んでいく。車椅子を押しているのは、まだ若い女だ。顔右半分に包帯を巻いており、左手にも包帯を巻いている。どうやら、手首から先はないらしい。そして、背中には人形を背負っている。ツギハギだらけの顔の、可愛げのない人形だ。

 男の方は、火傷痕の目立つ顔をマスクとサングラスとつばの大きなハットで隠している。

 そう、このふたりは、朝倉とハクチーであった。




 歩いている途中、不意にハクチーが口を開く。


「朝倉、今までハクチーにいっぱい嘘言ってたな」


 その言葉に、朝倉はクスリと笑う。

 今まで、ハクチーには多くの嘘をついてきた。その中には、彼女を守るための嘘も確かにあった。だが、自分を守るための嘘も数多くあった。

 今さら、言い訳などしても仕方ない。


「フッ、今ごろ気づいたか」


「どうして嘘いう?」


 ハクチーの無邪気な問いに、朝倉は考えてしまった。

 なぜ、人は嘘をつくのだろうか。誰もがハクチーのように強く優しく生きられれば、嘘をつく必要なんかないのだ。

 そう、人は弱いから嘘をつく。ただ、それだけでもない気はする。


 俺は、何のためにハクチーに嘘をついていたのだろうな。


 わからないので、こう答えるしかなかった。


「さあ、どうしてだろうなあ」


「また、そうやってごまかす。今度ハクチーに嘘ついたら、もう朝倉とは遊んでやらない」


 その言葉に、朝倉は思わず苦笑した。もし、ハクチーが自分の前から姿を消したら……その時は、どうなってしまうのだろう。


「おいおい、そんなこと言うなよ。これからも、俺と遊んでくれよ」


「じゃあ、これからはハクチーに嘘つかないか? 約束するな?」


「わかった。約束する。それによ、もう嘘つく必要もないしな」


 そう、今さらハクチーに嘘をつく必要などない。もはや、隠し事をすることもないのだから……。

 そんなことを思った時、朝倉は彼女にまだ言っていないことがあったのを思い出した。


「俺、本当は朝倉って名前じゃないんだ。蒲郡(ガマゴオリ)って名前なんだよ」


「ガマゴオリ?」


 訝しげな表情をするハクチーに、朝倉は説明する。


「ああ、本当の名前は蒲郡哲也(テツヤ)っていうんだ。けどさ、なんか言いづらいし読みづらいだろ。だから、役者を始めた時、芸名は朝倉風太郎にした。俺の好きな映画の主人公から、もらった名前さ」


 そう、朝倉風太郎の名字・朝倉は……映画『蘇った銀狼』の主人公・朝倉からもらった。さらに、名前の風太郎は……映画『銭のバトル』の主人公・蒲田風太郎からもらったのである。

 どちらも貧乏な家庭に生まれており、あらゆる手段を用いて上流階級へとのし上がっていく姿が鮮烈に描かれていた。若き蒲郡少年は、その主人公の生き様に痺れていたのである。

 だが、今になってわかった。上流階級など、どうでもいい。

 今の自分は、ハクチーと一緒にいられればいい。他は、何もいらない──


「まあ、んなこたぁどうでもいい。俺の本当の名は蒲郡哲也だって覚えておいてくれ」


「それ、言いづらい。朝倉は朝倉のままでいい」


 ハクチーは、あっさりと即答した。彼女にとって、朝倉の本名などどうでもいいのだろう。

 朝倉は、クスリと笑った。ハクチーにとって、朝倉は朝倉……それ以上でも、それ以下でもないのだ。

 それが、とても嬉しい──


「そっか……ハクチー、ありがとな」


「いえいえ、どういたしまして」


 ニッコリと笑い、ハクチーは車椅子を押していく。ふたりは、誰もいない田舎道を進んでいった。ハクチーの背中に背負われた人形も、心なしか笑っているように見えた。






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